68、犯人はお前か?
「なっ……き、消えたって、一体どういうこと――うわっ!?」
いなくなったって、どういうことだ。アルルの身になにかあったのか。あの子は無事なのか。
寝起きの頭にわっと押し寄せるのは幾つもの嫌な考え。俺はその考えに突き動かされるようにシーツに手をついて起き上がろうとする。が、慌てるあまり目測を誤った小さな手はベッドの端からずり落ち、つられるように身体ごと落下した俺をライゼがもはや慣れた手つきで受け止めた。
「順を追って説明する。だから一旦落ち着け」
「あ、わ、悪――すみません」
「……気持ちは、理解できるがな」
片腕一本でベッドへと座らされ、体調に問題がないかと聞かれて頷くとライゼはゆっくりとこちらを落ち着かせるような口調で説明を始めた。
曰く、ライゼが目を覚ました時にはもういなかったとのことらしい。
「恐らくだが、アルルは夜中に移動した可能性が高い」
「な、なんでわかるんです?」
「ポールが言うには寝る際にはいたという。それに、早朝に動いたのならオレが気づく」
ガネット騒動収束後、アルル含め追放者仲間たちは洞窟から城の空き部屋へと住み家を移していた。城の部屋にも限度があるためさすがに個人部屋とまではいかなかったが。確かポールとアルルは同室だったはず。
一番初めに異変に気付いたのはポールだったという。
「寝る前には確かにいたんだ! なのに、起きたらあいつ、いなくて。先に起きてんのかなってキッチンとか食堂とか見たけど……やっぱりいなくって」
一度は城のどこかにいるだろうと思ったポールだったが、朝食の時間になっても彼女は現れず、一向に姿を見せないアルルに不安に駆られてライゼに相談したところ、行方不明という事態が発覚したとのことだった。
「ほかの者にも聞き込みをした。だがやはり今朝、アルルを見た者はいなかった」
「じゃ、じゃあやっぱり昨日の夜に――」
昨日の夜。その時、自身の口から出た言葉に頭の片隅がじくりと痛んだ気がして額を押さえる。閉じた瞼の裏で、ベッドの上で見た景色がぼんやりと浮かび上がった。熱に浮かされたそれはおぼろげであやふやで、しかしどうしても思い出さなければいけない気がして、俺は輪郭のはっきりとしない記憶を必死で辿る。
夜。うすぼんやりと見える天井。暗い部屋。扉から射しこむ光。そしてアルルの――
「あ、ああああっ!」
「どうした?」
「お、わた、私、会ってるんです! 昨日の夜、アルルと!」
「……なんだと?」
俺はなるべく詳細に覚えていることを話した。昨日の夜中にアルルが訪ねてきたこと。悲し気な声で、何かを話していたこと。そして俺はその内容を覚えていないこと。
「……そうか」
「…………すみません。せっかく手がかりになるかもだったのに、覚えてないなんて」
一部始終を聞いて短く答えたライゼを前に、俺はうつむく。思えばあの時、俺は異変に気付くべきだったのだ。気遣いをするタイプのアルルが、どうして真夜中に尋ねてきたのか。その意味を考えるべきだった。
惰性で返事をせず、ちゃんと起き上がって話を聞けていたのなら。失踪先がどこかわかったかもしれない。いや、そもそも訪ねてきた夜に俺が引き留められていたのなら、こんなことには――
「……あまり強く噛むな。傷になる」
「っ!」
かけられた声にはっとなって口を開く。気づかぬうちに強く唇を噛んでしまっていたらしい。意識すると、下唇がジクジクと痛んできた。
「先がどうなるかなんて誰にもわからん。お前に責はない」
「でも」
「……アルルのためにも気に病むな、と言っている。下ばかり向いていては気づけるものも気づけん。そうだろう?」
励ましの言葉に顔を上げれば、こちらを真剣に見ているライゼと目があう。そうだ、下を向いて起きたことを嘆いている場合じゃない。後悔しているこの間にも、アルルはどこかで寂しい思いをしているかもしれないのだ。
「そう、ですね。私は私に、できることをしないと」
俺は両の手で頬をベチンと挟み、ライゼに向かって頷く。後でいくらでもできる反省会は後回しだ。気合いを入れ直して背筋を伸ばせば、仏頂面だがどこか満足気な顔をしたライゼの尾がパタリと揺れる。
「……それに、まったく目星がついていないわけではない」
「え?」
「もし仮に、アルルが何者かに連れ去られていたとして。誰にも気づかせずにそんな芸当ができそうな奴には心当たりがある」
そして続いた言葉に、目が丸くなるのが自分でもわかった。こいつは悪い冗談やハッタリを言うようなタイプではない。ごくりと喉が鳴り、思うよりも先に「それは一体誰なんだ」と言うために口が勝手に形を作る。
しかし「それは」までが声になった瞬間だった。コツコツ、と控えめに扉をノックする音が響く。
「お取込み中申し訳ありません。言われた通り、お連れしま――」
「入れ」
聞こえてきたのはケインの声。そしてそれを急かすようにライゼが答えれば、若い騎士の慌てた返答と共に勢いよく部屋の扉が開く。奥に見えた人影に、自然と視線が吸い寄せられた。
見えるのは、ふたり。小さな影と、それに隠れるように佇むもうひとり。
「お前であれば、誰にも気づかれずに動くことは可能だろう」
ライゼの鋭い眼光が扉の奥へと注がれる。
「オレの目を欺いた、その異能ならば」
それはガネットの後ろで肩を跳ねさせた、サトルの姿を射抜いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます