62、赤き女神が強さを求める理由3



 死んだかと思ったら、神に再利用された。

 元女騎士はぺらぺらと「えころじー」やら「りさいくる」やら、意味のわからない単語を並べる人物を前に思う。

 なんか思ってたのと違う、と。


「……神ってのはもっと偉そうで、背中とかに羽根がはえてるもんじゃないのかい」

「いやいや、人もぞれぞれ。神もそれぞれってだけ」


 元女騎士が神という者の見た目を知ったのは騎士になって、初めて聖堂に足を踏み入れたときだった。豪奢なステンドグラスに描かれた、厳かながらも美しい姿を今だって思い出せる。神というのは人とは違う、気高い存在なのだと認識した日。


「――でね、何もないところから魂を作り出すってすごい大変でさ、ほら創作だってゼロから何かを生み出すのはすごいことって言うじゃん? あれと同じ同じ」

「……」

「こっちとしては早く手伝いがほしいのに、一々そんなことしてられないんだよ。だから君を女神としてスカウトしにきたわけ」

「……」

「あ、スカウトっていう言葉の意味は――」

「……いや、いい。大体わかった」


 自称神の言うことを要約すると、つまりはこういうことだった。

 新しくできた世界の神となったが、自分ひとりでは手が回らない。だから女神となって手助けをして欲しい。


「どう? 戦いの女神が嫌ならほかの候補も考えるけど」

「別に、文句はないよ。戦うのは嫌いじゃないしね」

「なら決まり。名前はどうする? 生前のものを使うこともできるけど」

「……いい。勝手に決めとくれ。にはもう、必要ないものさ」


 しかし神に対するイメージがガラガラと崩れていく音を聞きつつも、彼女は目の前の人物を疑うことはしなかった。それどころか元女騎士は怪しげな神の言うことをあっさりと受け入れる。

 その理由は、らしくないと思いながらも、「これ」はおよそ人の手の届く存在ではないと認識したから。長年戦ってきた元女騎士の勘は、国最強の王を下し国を滅ぼした女に囁いたのだ。

 、と。



 そこから先はあっという間の出来事だった。

 神からの提案に頷いたかと思いきや、あれよあれよという間に異なる世界の女神に生まれ変わり、生前にはない力を授かった。しかも転移者と呼ばれる、異世界の人間を勝手に呼び出せる特典までついてきた。

 生前の名を捨てた元女騎士に「ガネット」と名付けた神は言う。


「生まれたばかりだと信仰も安定しないと思うし……それにほら、ひとりだと色々寂しいでしょ?」


 余計なお世話だ、と思った。こちらは人間の汚い部分を見て、絶望しきっているのだ。何を今さら寂しがることがあるというのだろう。

 だが、信仰がなければ死ぬというのであれば仕方がないことである。実際、女神として生まれたばかりの彼女を「女神」と認識し信仰してくれる種族はいない。


「へえ、これが転移者ってやつかい。弱っちそうだねえ」


 彼女は興味半分で呼び出した転移者を眺める。気に入らなかったらすぐに始末してやろうと思いながら。


「ひょろひょろしてるし、何だいその真っ黒な服は。首までつまって、暑苦しくないのかい」

「…………」

「というかなんだい。その『死ね』だの『キモイ』だの書いてあるのは呪いの類いかい? にしたって服に直接書くことはないだろうに」

「……こ」

「ん? 血の匂いがするね。あんた、どっかに怪我でも――」

「殺さないでくださいお願いします!」

「…………」


 ガネットが初めて呼んだ転移者は、それはもう弱弱しかった。身体はガリガリで傷だらけ。背を丸めた体勢は貧相な体格をよりみすぼらしく見せ、極め付きは目が合った瞬間の土下座だった。

 土下座の概念がない国で暮らしていたガネットであったが、首をさらけ出し、地面に伏せるその姿勢がどんな意味をもつかくらいわかる。

 そしてその姿勢を迷いなくとった転移者に対し、思う。

 こいつは自分が最も嫌う、弱者なのだと。

 

「な、なんでもします! 掃除でも、洗濯でも――な、殴ってもいいです! 死なないくらいなら……慣れてるので……」

「……そうかい」


 ああ、殺さなければならない。弱きは罪だ。弱いが故に群がり、弱いが故に間違いを犯す。戦いをしたくないがために悪知恵を回し、他者を卑怯な手段で引きずりおろすことにためらいがない。

 そう思った。だから始末しようとした。こんな弱者を傍においておくことなどできないと判断して。

 だというのに。


「お願いします……っ! 死にたくない……!」


 どうしてこの転移者の目は、今は亡きあの子を思い出させるのか。

 似ても似つかない顔。声も髪も、何もかもが違う。なのに。


「……勝手にしな」

「えっ、え?」


 何かを企んだら、すぐに始末しよう。そう思った。けれど転移者の青年は何を企むこともなく、それどころか言った通りガネットの世話をやく始末。明日どうにかしよう、明日の朝に片をつけよう、そう考える日々ばかりが過ぎていき――


「なあ」

「ん? なんだよガネット」

「いや、坊やはいつまでも弱っちいまんまだなと思ってね」

「し、しょうがないだろ。争いごととか、苦手だし……」


 気がついたころには、もう取り返しがつかないところまで深く、潜られていた。青年はガネットが多くを無くしたことを、ガネットは青年が家族と同世代の他者によって虐げられていたことを知った。呼ばれる直前に命を絶とうとしていたが、実際に死の間際に立たされて恐ろしくなったこと、そして青年がここ以外に帰る場所などないということも。


「だって元の世界に帰ったら、きっと俺、殺されちゃうだけだし」


 後からやってきた他の女神が信仰の力を得るべく、国を作るために動き出していると知ったのは、青年のその言葉を聞いてから数日後のことだった。



 ガネットも国を作ることにし、そのために領土を争って他の女神と戦った。ただの人よりも強く、しかし何かを策略するほどの知恵を持たない獣族を彼女は好み、民として迎え入れた。青年からの進言で、強い人間も少しだけ民にした。

 より強い国を、より強固な国を作った。皆が戦えるよう制度を作った。動機を作った。より強い者は国を守るための「真の戦士」にした。


 青年には能力を与えた。本当は戦うための力を授けたかったが青年が拒んだため、生き抜くための能力を選ぶ。その代わり、新たに呼んだ転移者には戦いに長けた力を授けた。


 こうして戦えない青年を玉座に据え、国は完成する。国名は一番初めに真の戦士となった者の名を使った。

 強さのみに意味があり、強き者に敬意をはらい、最も強い女神に首を垂れる。弱者は間引かれ、徒党を組む前に淘汰される。


 皆が戦いを知る強き国。その正体はたったひとりの青年弱者を守るための国。


「ここにいれば、坊やは死なない。この中なら、誰もあたしには逆らわない。女神のお気に入りに手を出す奴はいない」

「……うん」

「この国はどこにも負けないし、あたしも誰にも負けたりしない。だから――坊やらしく、安心して生きればいい」


 間違えるものか、二度も失ってなるものか。

 我が子に似た眼差しをもつ青年を前にガネットは、子を亡くした女は、思う。

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