48、追い詰められて投げられて

「があぁぁぁぁぁっ!」


 おかしな方向へと折れ曲がったバルツの腕が、鈍器となって俺たちに襲い来る。似たパターンの攻撃だが、威力は強力だ。ライゼは舌をうちながら跳躍し、落ちてくる腕の下から離脱を図る。

 が、ライゼが右へと避けたその瞬間だった。


「ぐ、ぅ、ううううっ!」


 地面に打ち付けられる寸前、腕の動きが変わる。コロシアムの大地に叩きつけられようとしていた腕は、すれすれのところでピタリと動きを止めたかと思うと、


「ああああああっ!」

「なっ……!」


 突然、横を薙いだ。腕をバット替わりにして、それをまるでフルスイングするかのような動作で。前置きのない、同じ生物とは思えない動きにライゼの目が見開かれ、一瞬反応が遅れるのがわかった。

 バルツの手が唸りをあげながらこちらへと突っ込み、ライゼの身体がその衝撃に空を舞った。


「がっ……!」

「ライゼ!」


 共に吹き飛ばされる俺にもバルツの重さと衝撃は伝わってきた。痛みがないのは、俺を抱えるこの腕の持ち主が咄嗟に庇ってくれたからだろう。

 衝撃と痛みをもろにくらったであろう声に、俺は焦る。


「おいっ! 大丈夫か!?」

「……口を開くな。舌を噛むぞ」


 よかった。俺が心配していたよりも傷は深くないらしい。

 心配など後にしろと言いたげな口調にホッとしている間に、ライゼは吹き飛ばされながらも体勢を立て直し、砂埃をあげながら着地する。


 もうもうと立ち上がった煙の中、倒れずに立っているライゼに周りの連中がわっと沸いた。楽しそうに手を叩いている奴までいて、その様子にライゼが苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。


「いい見世物だな」

「……気にすんな。どいつもこいつも、加護で調教済みなんだろうよ」


 恐らくはあの馬鹿女神の加護が原因だろう。本来はこんなことで楽しむような悪趣味な連中ではない、と思いたい。

 俺は諸悪の根源である女神に目を向ける。フーッフーッと息を荒げるバルツの後ろに立った奴は、ニタニタと余裕ぶった笑みでこちらを眺めていた。整ってはいるが、ムカつく顔だ。


「……まだ余裕がありますってか。はっ、気に食わないねえ。本当、神も面倒な奴を寄越したもんだよ」


 俺の視線に気づいたガネットが更に笑みを深め、手に斧を出現させる。見るだけで重々しい黒塗りの斧は、ガネットの手の中に軽々とおさまっていた。


「ならその余裕、いつまで持つか楽しませてもらおうじゃないか!」

「がああああああっ!」


 ガネットが笑いバルツが吠え、その様子にコロシアムの熱気が一気に膨れ上がる。その瞬間、ガネットの姿が視界から消えた。


「おらあっ!」


 途端、上から降ってくる声。それに驚いて見上げれば、さっきまでバルツの後ろにいたガネットが太陽を背にしながら斧を振りかぶっているところだった。

 いつの間に、なんて言う暇もない。俺たちに向けて光すら吸い込む黒い刃が振り下ろされる。


「くそっ!」


 刃から逃げ出そうとライゼが駆け出す。が、立ちふさがるバルツの影がそれを阻んだ。筋力の増した両の手を広げ、俺たちの前に立ちふさがる。

 真上にはガネット。前にはバルツ。後ろには堀。

 逃げ場なんてない。


「お、おい、どうするっ!?」


 そんな時、俺の口から出たのは解決策でも打開案でもなく、情けなくもライゼに縋り付く言葉だった。

 命の危機に心臓は胸から飛び出そうなリズムで鼓動を奏で、冷汗がじっとりと身体をぬらす。頭には「どうしよう」ばかりが浮かび、ろくな考えが出てこない。


 どうすればいい。どうすれば俺たちは助かる?


 そんな答えが都合よく転がっているわけもないというのに、死の恐怖を前にした俺の脳みそは何度も同じことを検索し、エラーを吐き出す。

 本当に、どうしようもない。

 俺という人間は、結局どこまでいっても何もできないやつなのだ。

 転生しても、神から特殊な能力を与えられても、何も――。


「なあっ! お――」


 そんな時だった。

 返ってこない答えにライゼの顔を見上げた瞬間、揺らいでいない金色の目が、視界に入る。

 それはこんな絶望的な状況を前に少しも陰っていない。

 少しの勝機も見逃さないとぎらつく金の目は、あのクソ女神ガネットの言葉を借りて言うのであれば、そう。

 本当の、真の戦士の目つき。


「ライゼ、おま、え――――っ!?」


 何かをする気だとわかり、それを問おうとした。が、口から出た声は吹っ飛んだ視界に驚いて間抜けに間延びする。

 何だ、今、何をされた?

 混乱する視界の中で、ぐんぐんとライゼの姿が小さくなっていることだけがわかり、俺は今いる場所が奴の腕の中でないことを知る。

 風を切る音がうるさく、伸ばされた身体が冷たい。


 そして背中から地面に落ちる数秒前。俺はようやく、自分がということを理解した。

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