47、女神の加護と、その意味は

「なんと、これが永遠の命!」

「死することなくガネット様のお力になれるなんて……!」

「夢のような話じゃねえか!」


 賛美、そして歓喜。

 すべてが聞き取れたわけではない。が、ガネットのことを歓迎していることは内容を聞かなくてもわかった。

 降り注ぐ声が、こちらを見降ろす顔が、喜びに満ちている。

 それら賛辞の声をシャワーのように浴びている女神が、たった今、国民を殺めたというのに。


「……イカれてんのか?」


 ライゼの生まれ故郷だとわかっていても、俺はその異様な光景を前にそう呟くことを止められなかった。

 だって、こんなのおかしいだろ。


 俺は目の前の女神を見る。奴は心の底から楽しそうな笑顔を浮かべ、赤く染まった手を上げて、国民からの賛美に答えている。その姿は信仰を失って弱っているようにはとても見えない。


 永遠の命のからくりは解き明かされ、その残虐な面が露わになった。ここにいる国民全員が、それを見ていたはずなのに。

 誰もが疑問にすら思っていない信仰を捨てていないとでもいうのだろうか。

 

「ガネット様ぁ!」


 状況が飲み込めず呆然とする中、聞こえてきた声に俺はハッとなってコロシアムの壁を見上げる。声が降って来たのは俺たちが落ちてきた、ガネットの攻撃を受けた辺りだ。

 壊れた壁の穴から、白い毛並みがこちらに身を乗り出すようにして手を伸ばしていた。その姿は今にもコロシアムの中央に落ちてきそうに不安定だ。


「シュネ!?」

「……あいつ」


 なんだってそんな危ないこと!

 見覚えのある白ギツネの姿に俺が驚き、ライゼが訝しげな声を上げた。眉間に皺が寄っているであろうことなんて、見なくてもわかる。

 だが、当のシュネは俺たちのことなど気にもしていない様子だった。

 夢に浮かされているかのようなふらふらとした手つきで、腕をガネットへと伸ばしている。


「ガネット様、お願いします。兄さんに、永遠の命を……!」


 そして聞こえてきた頼りなげな声に俺は耳を疑った。


「っ、な、何言ってんだよ、シュネ!」

「欺いた罪は負います! どのような責め苦も喜んで受け入れます! だからっ、どうか」

「あれは永遠の命なんてもんじゃない! お前も見てたろ、バルツが殺されるところを!」


 ガネットに熱い視線を向けるシュネに、俺は必死で叫ぶ。

 たった一度の死を消費して、女神の操り人形になることの何が良いというのか。あのバルツの結末を見て、どうしてそんなことが言えるのか。

 正気に戻れ、と俺はシュネに叫び続ける。

 お前たちが必死で望んだものは、こんなものじゃないだろうと。


 が、しかし。そんな俺の叫びなど聞こえていないような顔で、シュネは言う。


「祝福さえあれば兄さんは生きられる。また生きて、戦える!」

「……は?」

「ワタシがしてきたような意味のない生を、続けずに済む!」


 その言葉はまるで、戦うことだけが自分たちの存在意義だとでも言いたげで。


「加護ってのを知ってるかい」


 囁くようなガネットの声が、まるで蛇の毒のように俺の頭にまわる。


「あたしたち女神は人間から信仰を得る代わりに、人間に与えられるものがふたつある」


 ひとつは祝福、と血で染まった赤い指を立てながらガネットが言う。乾ききっていないバルツの血が人差し指の先端を伝って、ぼたぼたと地面に垂れた。


「そしてもうひとつが、加護さ」

「加護……?」

「おやおや本当に知らないってのかい。そんな分厚い神の説明書を持ってるくせに」


 呆れたように肩を竦めるガネットを前に、俺は頭の中で覚えたマニュアルのページをめくる。

 項目は女神のページ。内容は確か、祝福の半分もなかった気がする。祝福の説明文に気をとられていたら読み飛ばしてしまいそうな、ほんの二行ほどの文字。

 内容は確か、


「……ガネットっ!」

「なんだい、ちゃんと知ってるじゃないのさ」


 ガネットが手を上げるとそれを合図にしたように、今まで大人しかったバルツがこちらに生気のない目を向けたかと思うと凄まじいスピードで突進してきた。


「うがぁぁぁぁぁっ‼」


 俺を抱えた状態でライゼが飛び上がり、振り下ろされたバルツの腕を間一髪のところでかわす。渾身の力で地面へと叩きつけられたバルツの腕は耳を塞ぎたくなるほどの酷い音をあげ、通常ならばあり得ない方向へと曲がっている。しかしもう感覚もないのか、当の本人はそんなことなど気にもしていない様子だ。


「とんでもねえ力だ! ほれぼれしちまう」

「ガネット様のお役に立てる上、あんなこともできるようになるなんて」

「彼はもう恐れることなんてないんだ! ただ純粋に戦うことのみに集中できる!」


 そしてそんな戦い方に引くどころかうっとりとした声をあげる国民たち。

 ライゼが俺に問う。


「おい何なんだ。あいつの言う、加護というのは」

「……加護ってのは女神が使う能力の一種だ」


 俺は忌々しいガネットのニヤケ面を睨みつけながら、マニュアルの内容を説明する。


 自身の信仰者に女神が与えることのできる力。それが加護。内容は女神によって異なり、信仰者に思考や体調の変化など、様々な影響を及ぼす。

 使用用途としては女神が信仰者を守るため。もしくは、


「……あの神、なんてもん与えてんだよ!」


 信仰者を使いやすいように、ため。


 俺の怒りを嘲笑うかのようにガネットが頬まで裂けるような笑みを浮かべ、屍人形と化したバルツが再び腕を振り上げた。

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