33、特訓特訓また特訓

 騎士というのは全員が全員体力馬鹿なのかもしれない、と思う。


「アオイ様、とうとう明日、ですね」

「……ひょう、そう、ですね」

「では、今日の走り込みはあと十周で終わらせましょうか」

「はひえ」


 涼しい顔でこちらを振り返ったカミラに、俺は膝をがくがくと震わせながら「はい」とも「いいえ」とも区別のつかぬ、八割が空気の返事をこぼす。

 まだ夜明け前だというのに額から幾筋も流れる汗はぬぐってもぬぐっても止まることがなく、頬から顎にかけて玉になり、日に照らされていない灰色の地面に水玉模様を描いていく。

 全身が熱い。


「さ、アオイ様急いでください」

「まっ、ひょ、ちょっと、休憩を……」

「いけません。日が出てしまいます」


 休憩所にと用意された木の根元に腰を下ろしかけていた俺はせめて「十」を「五」にしてくれないかと懇願するが、その要求はカミラの笑顔を前にものの無残に弾かれてしまった。


「大丈夫、あなたならできます!」

「……はい」

 百の信頼が、今は重い。



 俺だけでは心もとないからとライゼも参加すると言い出したことと、戦いがまったくのド素人の俺にカミラが稽古をつけてくれる、といったところまではよかったのだ。いやまったくよくないが、それでも何とかなるのかもしれないと希望を捨てていないわけじゃなかった。

 転生した俺の特殊能力が開花して風のように剣を振れるとか、誰よりも早く走れるだとか、体力や魔力を測定する間、そんなことを思っていた。


「……申し上げにくいのですが、アオイ様の身体能力はほとんどが子供並み、といいますか」


 開花するならパワータイプよりスピードタイプがいいなとか、今思えばしょうもないことを考えていたと思う。そもそもそれ以前の問題だったのだから。


「あ、あ、でも! 魔力はかなり質が高いと思いますよ!」

「……はあ」

「魔力を使える者はこの国にはほとんどいませんし、魔法であれば優位に立ち回れるかもしれません!」


 ただ、実戦で魔法を使う以前に俺には戦いの場に立つ体力がないという話になり、カミラとの地獄の特訓が始まったのだった。


 試合まで残された期間はなんと一ヶ月。そのため俺は早朝走り込みからの午後は魔法と剣術の訓練というハードワークをこなさなければならなかった。 

 カミラは優しそうに見えて実はかなりのスパルタだ。それに気づいたのは特訓が始まってすぐのことだった。

 俺が剣術をすれば


「飲み込みが早いですね! では追加で防御の型を練習しましょう」


 走り込みでへばれば


「アオイ様なら成し遂げられると信じております。なので後二十周、がんばりましょう!」


 と、こんな具合なのだ。ナチュラルに休むことを許さず、笑顔と信頼で全てをゴリ押してくる。

 女神としてその期待を裏切るわけにもいかない俺にとって、信頼は最大の脅し文句であり、カミラに関してはそれを無自覚で使ってくるものだからたまったものではない。


 幸いなのは美少女と化した俺の身体がそもそも筋肉痛の残らない、一晩眠れば元通りの身体であったことだろうか。これで痛みがあったらと考えると恐ろしい。これに関しては女神の身体で転生させてくれた神に感謝だ。


 しかし特訓した甲斐あって、だいぶ体力はついたように思う。少なくとも子供並みからは卒業できた、そのはずだ。


「魔法をお教えできなくて申し訳ありませんアオイ様」

「いいえ、大丈夫です。あなたも特訓に付き合って疲れているでしょう? どうかゆっくりと休んでいてください。いいですか、ゆっくりと、ですよ?」

「ありがとうございます、アオイ様。お言葉に甘え、そうさせていただきます」


 そんな地獄の体力作りに対し、魔法は楽なものだった。なんせマニュアルを見てやり方を学びつつ、練習すればいいのだから。


 洞窟の中、マニュアルの「魔法を高めるには」の項目を見つつ、俺は毎日水や火の球体を浮かせたり、土を操って泥だんごを作ったりした。それで気づいたのだが、使える魔法にもやりやすいのとやりにくいのがある。

 わかりやすいのが水と火だ。水はすぐにバスケットボール大のものを作り出せるようになったのに、火に関しては野球ボールほどの大きさを維持するのがやっとだった。


「……魔法の適正ってやつか」


 勉強や運動に得意不得意があるように、どうやら魔法にも同じようなものが存在するらしい。俺は魔法しか取り柄がないらしいのだから、そこは全種類使えるチート特典とかそういうのがほしかった。

 しかし今さらない物ねだりをしてもしかたがない。一ヶ月いっぱい、俺は黙々と基礎であるという火と水と土の魔法を練習した。体力がついたおかげでかなり集中力も持続するようになったし、かなり上達したように思う。

 それでも実践で使えるかと言われれば、不安は残るが。



「明日、なんだよね」

「……どうしました、アルル。眠れませんか?」

「うん」


 試合を翌日に控えた夜、話しかけてきたのは不安そうな顔をしたアルルだった。彼女はずりずりと掛け布を引きずってくると、俺の傍にぺたりと座る。


「あのね、お姉ちゃん」

「はい」

「明日ね、あのね」


 意を決したようにアルルが顔を上げ、その手がぎゅっと布を握る。大きな目が不安げに揺れ、瞳が俺の顔を映しだす。

 唇が一瞬動き形を作る。が、アルルは一度出しかけたそれを喉の奥に引っ込めてしまう。


「……生きて、帰ってきてね。怪我、しないでね」

「……はい、もちろんです」


 縋りついてきた身体に「いかないで」と言われている気がして、俺は震えるアルルの背を撫でる。出る方だって怖いけど、待つ方だって怖いのだ。

 手に暖かさを感じながら俺は目を閉じる。叶うことならどうか明日よ来ないでくれと願いながら。

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