31、女神の決意、勘違いしてません?
「……そっ、それしかないんですか!? 他、他に方法は」
「仕方がありませんね。出場はわたしひとりで。大丈夫です。部下はこの場で待機をさせますから。心配ありません」
「私はカミラの心配をしてるんですけど!?」
妙なところで思い切りのいい女騎士に、俺は悲鳴に似た声をあげる。何がどうなればそう前向きに検討できるのだろう。
「無茶ですよ! カミラ、せめてひとりじゃなくてみんなで」
「いいえ、人員は割けません。ここには守るべき者たちがいます」
「でもっ……」
「全員で参加して倒れでもしたらそれこそ本末転倒でしょう?」
それを言われてしまうと何も言い返せなくて、俺は黙ってしまう。ここには俺以外にも戦えない獣族が集まっているのだ。もちろんアルルやポール、ばあちゃんたちも。
「……御心を痛めてしまい申し訳ありません、アオイ様」
俺の前に膝をついて、カミラが言う。
「しかしこれは私のわがままなのです。幼馴染を放っておけないという、私の」
灰色の目に迷いはない。覚悟を決めた人間のそれだ。
「ですので、どうかここでお待ちを」
待つ。それはとても優しい、心惹かれる選択肢に思えた。
俺は何もしなくていい。何もせずとも、勝手に解決してくれるのだから。
任せちまえよ、と俺の中の俺が囁く。
誰かがやればいい。それは俺じゃなくてもいい。川に落ちた子供だって、お前じゃなくてもよかったのかもしれないんだぜ?
そうなのかもしれない。
「聞け、聞けるわけないじゃないですか!」
「あ、アオイ様!?」
「私だって、助けてもらったのに、カミラに全部押し付けるなんて、そんなの、聞けるわけないじゃないですかっ……!」
けれど、甘言を流し込まれても素直に頷けない俺がいた。
「私だって助けたい。ビノの、力になりたい!」
「……アオイ様」
「カミラ、これは私のわがままです。確かにあなたの言う通り、何もしないのが安全なのかもしれない」
今日一日で何度危険な目に遭ったかわからないのか、お前なんかに何ができる、ともうひとりの俺が言う。しかしそれを振り切って、俺はカミラの戸惑いを隠しきれない目を見た。
「でも私もビノを助けたい。何かできることがあるならしたいのです!」
確かにそれは俺じゃなくてもいいのかもしれない。俺以外がうまくできるのかもしれない。が、何もしない理由にはならないと、そう思った。
何より、そんな選択誇れない。
「お願いです、カミラ。私にも協力させてください」
ライゼに言われたひと言が、結構刺さっていたらしい。生前はこんなこと考えもしなかったのに、と考えもしなかった生前の自分に苦笑しつつ頭を下げる。
生前はただの人間で、死ぬ直前にしか成せなかったけれど、今の俺は女神なのだ。何かしらできることはあるだろう。それこそ、闘技場以外でビノをどうにかする手立てだってみつかるかもしれない。
「アオイ様! 顔、顔を! そ、それに危険にあなた様を巻き込むわけには」
「……おい、無暗に首を突っ込むなと」
「カミラ、ライゼ……どうか私に私を嫌わせないでください」
「っ!」
「……」
俺のひと言にカミラとライゼが言葉を詰まらせる。ライゼに関しては呆れているといった雰囲気だったが、この際構わない。
開いた隙間に俺は声をねじ込んだ。
「お願いします。私に誇れる、私でいさせてください。大事にされるばかりは、嫌なんです」
第二の人生、いや女神生だ。好きに生きて何が悪い。せいぜい満喫してやろうじゃないか。俺が俺を好きでいられるように。生前は最期しか叶わなかった理想の俺でいられるように。
「……駄目、ですか?」
返事が聞こえず不安になって、ちらりとうかがうようにして見上げれば、そこには何故か手を口に当て
てぷるぷると震えるカミラの姿。
「……アオイ様、そこまでビノのことを」
「彼のことだけじゃありません! あなたのことも心配なんです!」
「っ……なんと……!」
そして次の瞬間崩れ落ちた。もちろん膝から。膝の皿とか痛くならないんだろうか。
「カミラ!?」
「あなたの素晴らしい女神がこれまでにいたでしょうか……いいえ、いませんね」
「……カミラ? おーい」
駄目だ、完全に恍惚とした表情になってる。話を再開させるには少し待った方がいいかもしれない。
頬を赤らめ潤んだ目でぼうっと虚空を見つめるカミラの顔はちょっと目に毒な気がして、アルルの目を塞ぎにいこうかと俺が迷い始めた、そのときだった。
「アオイ様直々に戦いの場に立ってくださると、そうおっしゃるのですね」
「え」
「女神としてなんと力強いお言葉……。このカミラ、感服いたしました」
「いやあの、俺は協力はしたいっていったけど、それは闘技場以外でどうにかしたいって意味で、戦うとは」
なんだかすごい勘違いをされている気がする。
俺は慌てて訂正しようと腕を振ったが、もうカミラの耳には聞こえていないようだった。
「必ずやあなたをお守り――いや、それではあなたの誇りに傷がついてしまいますね」
「いやちょっと」
「お任せください。このカミラ、必ずや闘技場にてアオイ様のお役に立ってみせます!」
「聞いて―?」
いや俺は別に望んで試合に参加したいわけじゃないんですけど。
なんだか話が妙な方向に転がり始めた。カミラはますますヒートアップしているし周りの騎士は「流石アオイ様」モードで誰も止めないしで、どうしたらいいかわからなくなった俺はライゼへと助けの眼差しを向ける。が、奴は「知るか」と言いたげに肩を竦めるばかりだった。
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