30、ビノを助けるにはどうしたらいい?

 

「……オイラはカル。後ろでちっこくなってるのはヤークっていいます」


 猫系改め、カルがそう言いながら自身の背後を指差す。犬系、ヤークの方はバルツたちに痛めつけられた心の傷がまだ回復してないらしく、ガタガタと頭を抱えて震えたままだった。


「バルツってのは腕っぷしの強いのを集めてる奴で、ここらじゃそいつらをバルツファミリーって呼んでます」

「で、そのバルツファミリーが血眼でビノを探してると……」

「らしいですね」


 マフィアが一般人を追いかけまわす。なんて大人げない絵面だろうとは思う。けれど、理由が理由だった。なんせ永遠の命である。数多くの創作で見たことのある、生物にとっての夢。手に入るところだったそれを邪魔されたバルツの怒りは大きいだろう。


「ったくビノの奴、去年の試合で何したんだか」


 聞けばカルは予選敗退、その後選手控室で伸びていたため、ビノとバルツの間に何があったのかまったく知らないとのことだった。まったく、肝心なところがわからない。


「カミラも知らなかったんですか?」

「ええ、去年の試合期間中、私は遠征に行っていたものですから……まさかこんなことになっているなんて」


 カミラが頭を抱えている。無理もない。幼馴染がマフィアに目をつけられているのだ。


「……次の試合で後悔することになるって、言ってましたよね。確か」


 去り際のクロヒョウ、バルツの底冷えする声を思い出しながら俺は思わず腕をさする。妙に耳に残る声なのだ。


「闘技場で何かする気なんでしょうか」

「……バルツファミリーのやり方ってのは、残忍で有名です」


 されたことを思い出しているのか、カルが正座をした膝の上で両拳を握りしめている。


「きっとビノの奴は無事じゃすみませんよ。よくてフクロだ」


 フクロ。つまりは袋叩きだということだ。それが良いということは、と考えて俺はゴクリと喉を鳴らす。マフィアの悪いやり方、なんて考えるのも御免だ。


 どうすればいいのだろう。

 俺と、少なくともカミラはそう思っていたに違いなかった。ちらとカミラの方を伺えば、彼女は額に手を当てて何か考え込んでいる様子だ。


「騎士たちではどうにかできませんか?」

「……いえ、お言葉ですがそれは悪手かと」

「というと?」

「バルツは頭の切れる男です。我々が動いているとわかれば奴らは尚のこと慎重に動くでしょう。それこそこちらが気づかないよう、さらに奥深くに潜って事を成し遂げる可能性があります」

「……は、まるで餌を咥えた魚だな」


 ライゼの言葉に俺はバルツという魚がビノという餌を咥えて水底へと潜っていく様を想像した。それこそ騎士たちの手が届かないほどの、深い水底へ。


「バルツファミリーは規模も大きい。お恥ずかしい話ですが、この人数ですと一度潜られてしまうと我々の手での捜索は厳しいものになるかと思います」


 女神から隠れて事を進める以上、捜索する人数は限られている。バルツを探し出すにしてもビノを見つけるにしても、圧倒的に手数が足りないのだ。


「じゃ、じゃあどうすれば……」


 騎士たちで捕まえるのも駄目となれば黙って見ているしかないというのか。

 しかしそんな俺の視線にカミラは力強く首を横に振った。


「いいえ、むしろ奴が闘技場で狙うと公言している今が好機かと」

「あ、闘技場で待ち伏せるってことですか?」


 俺の答えにカミラが頷く。


「はい。今であれば、奴は必ず闘技場で仕掛けてくるでしょう。ならば、そこを叩けばいい」


 確かにそれなら国中を捜索するよりも現実的だ。ビノもあのおっかないバルツも試合会場には必ず集まるだろうし、なんならその場で試合から叩き出してしまえばいい。


「なるほど、じゃあ騎士たちがその場でとっ捕まえて」

「……しかしそこで大きな問題があるんです。アオイ様」

「はい?」


 これで解決一件落着、とする気満々だった俺の気持ちはそのひと言で空振りに終わる。目をぱちくりとさせる俺を、カミラは酷く難しい顔で見下ろしていた。


「我々騎士は試合が始まった時点で外部組織としての介入を禁じられます。これは女神が決めた決定事項なのです。何者も、闘争を制限されるべきではないという」

「……ええと?」


 つまり、つまりである。カミラたちは試合に出た時点でどんな極悪人であろうと見逃す必要があるということだった。それが事前に何かをしでかすとわかっていたとしても。


「えと、介入が禁じられるってことは、つまり」

「……ビノを守るには試合に出るしかありません。


 カミラの顔を見る。本気も本気だった。冗談を言っているようには見えなかった。彼女は本心から試合に参加するしかないと、女神の主催する殺し合いに関わるしか守る道はないと、そう言っているのだ。

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