29、ムキムキのお説教
「何故あそこにいた」
「いやあのですね、その、あなたのことが気になりまして」
戻って早々、俺はライゼに正座をさせられている。それはもう早かった。戻って数秒だった。
「すぐ戻ると言ったはずだが?」
「だ、だってあなた喧嘩っ早そうですし……何かしそうですし……」
チラチラとカミラが見てくるがライゼの説教は止まらない。仁王立ちの状態での圧が重く上からのしかかってくる。
「見つかったらどうなっていたか、わかっているのか」
「うえええ……すいません……」
正論のオンパレード過ぎて正直ぐうの音もでない。のこのこと出て行ってあわや見つかりかけたのは事実なのだ。
「ら、ライゼ殿。アオイ様にそのような態度はどうかと」
「大体、お前たちが女神だなんだともてはやすからこいつがつけあがるんだ」
ケインからの助け舟をあっさりと転覆させながらライゼは鼻を鳴らす。ありがとな、ケイン。こうなった状況はお前のせいでもあるけど。
「しかし、アオイ様が素晴らしい女神様であることもまた事実ですし」
「やかましい。こいつは女神である以前にただの女なんだ。危険に飛び込むような真似は注意して当然だろう」
なんか親みたいなこと言い出した。
しかし思ったところでそんなこと言う勇気は俺にはない。今だってお叱りを受けて俯くのが精いっぱいだ。なんて威厳のない女神。
「大体お前は」
「ライゼ殿、そのあたりで。今回の件は私や私の部下にも落ち度があります」
「……カミラ、しかしだな」
続く説教に更に項垂れた俺の前に白い手が差し出される。
「それに結果はどのようなものであれ、アオイ様の行動はあなたを心配してのものです。その御心を多少はくみ取っても良いのではありませんか?」
「カミラぁ……!」
にこっとほほ笑んだその顔に思わず飛びつきたくなった。神様女神様カミラ様だ。阿保女神なんぞ蹴り飛ばして、彼女を据えた方が絶対にいい。
ありがたく手を掴んで、俺はその場に立ち上がる。
「ありがとうございます、カミラ!」
「いえ、このたびは私の部下が付いていながら恐ろしい思いをさせ、申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げるカミラ。本当に、どこまで人間ができているのだろう。女神共に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。特に闘技場で殺し合わせるのが好きですなんて公言している馬鹿女神に。
「……それに、差し出がましいとは思いましたが、早く彼らから事情を聞いた方がいいと思いましたので」
ちらり、と灰色の目が彼女の背後へと向けられる。そこには騎士たちに取り囲まれ、文字通り借りてきた猫状態の猫系たちの姿。
大怪我をしていることを考えるとあそこに放置しておくわけにもいかず、話を聞くことも兼ねて連れてきたのだ。
「そうですね。ビノさんのことも気になりますし」
俺は最も怪我が酷い犬系の元にしゃがみ込むと、手をかざす。猫系が「何しやがる気だ!」と毛を逆立てたが、それも騎士たちの剣に阻まれると大人しく黙り込んだ。
「『女神アオイの名において、汝に祝福を与えん』」
「えっ……なっ、め、女神!?」
目を真ん丸にする猫系が見守る中、俺は動かない犬系に祝福をかける。毛皮の間から覗く痛々しい切り傷が俺の祝福でみるみるうちに塞がっていくのを、猫系は息を呑んで見つめていた。
あらかた血が出ている部分は塞ぎきって、俺は額の汗をぬぐう。やっぱり祝福は消耗が激しいし、疲れる。怪我を治す、なんて奇跡を起こしているのだから当たり前なのかもしれないが。
「ほら、あなたも」
「えっ、えっ? オイラも?」
「怪我をしてるでしょう。ほら、さっさと出す!」
戸惑う猫系の腕を半ば強引に引き、額に手をかざす。
思った通り、殴られたときに深く切ってしまったのだろう。どかした手の下には瞼の上にぱっくりと開いた傷痕があって、血がダラダラと流れていた。さっきから押さえていない方の手でしきりに目を擦っているものだから、気になっていたのだ。
「あ、あんた、一体……」
「一応、女神です。まだ駆け出しですけどね」
すっかり塞がったのを確認して、俺は手を下ろす。これでようやく落ち着いて話をすることができそうだ。
「教えてください。バルツというのは、一体」
「アオイ様っ!」
しかし切り出そうとしたところで猫系が土下座をした。この世界の住民は感極まると土下座をするのがブームなのかもしれない。
「オイラっ、オイラはこんなお優しいお方になんてことを……!」
「え? あ、今そういうのいいので、話をですね」
「こっちはあんたを売っぱらおうとしたっつーのに、こんな、こんな慈悲を」
続いた大声に俺はさっと立ち上がった。猫系が呆けた顔をしているのを無視して、後ろを向き、両手を上げる。
「駄目です! 駄目ですよカミラ! ステイ!」
「……今、売っぱらうと……? 売っぱらうと言ったか……貴様……?」
「今怪我治したばっかなんですから! ライゼも、ちょっと止めてください!」
思った通り幽鬼のようなゆらりとした立ち姿で今にも剣を抜こうとしているカミラを押しとどめながら、俺は何故か後方腕組みで見物をしているライゼに助けを求める。
「そいつのような阿呆にはいい薬になる」
だが奴ときたら鼻を鳴らしてそんなことを言う始末だ。どっから目線で話してんだこいつ。
「祝福、祝福が無駄になっちゃいますから! カミラ!」
「……アオイ様の……祝福が無駄に……?」
「そう! そう! 無駄になっちゃう! だから剣をおさめて? ねっ?」
必死になってそう言えばカミラはようやく剣を仕舞ってくれた。まだ顔は不服そうなままだったが。
「……いいか。今回はアオイ様の慈悲の元何もしないでおいてやるが、今後少しでもアオイ様に妙な真似をしてみろ。毛の一本すらこの世に残れないと思え」
「にゃっ! にゃいっ!」
全然許してはないっぽいが、まあいい。こちらは話を聞ければいいのだ。
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