26、見た目は可愛い美少女だから恥ずかしくない!

「わ、わからないのも無理はありません。あいつはどう見えているのかわかった上で利用している節がありますから」


 驚きの事実に黙り込んだ俺をフォローするようにカミラは言葉を付け足す。思えば、今の俺の方がどう見ても年下だろうに「お姉さん」なんて呼び方をしていたのも、子供に見せるためのやり方だったのだろう。


「子供のフリをしてるってことですか? でも、どうして?」

「あいつ曰く、『子供のフリは油断させるのに最適』だそうで」


 子供のフリをして相手を油断させたところを倒す、とかそんな話なのだろう。獣族は短気で粗野、とマニュアルには書いてあったが、ビノはなかなかどうして計算高いらしい。

 カミラは頭が痛そうに額に手を当てる。


「いつか痛い目を見るぞと、忠告はしているのですが」


 確かにわからないうちは上手くいきそうだが、バレたら色々と面倒そうな気もする。騙した側の恨みも買いそうだ。

 猫系犬系を小馬鹿にしていたビノの姿を思い出しつつ、俺はうんうんと頷く。


「……しかし、まさか奴よりシュネの方が先とは。まだ信じられません」


 カミラが目を伏せ、まつ毛の淡い影が白い頬に落ちる。まるで絵画のようにきれいな憂い顔だった。


「シュネさんも、その、闘技場に?」

「いえ、シュネは戦うことが難しいので、試合には出ていません」

「でも、義務なんですよね。国民全員の」

「シュネのことはご両親が隠していたんです。子が生まれることは隠せませんでしたが、双子だということは国も知らないでしょう」


 驚く。生まれからして隠していたということか。それこそ、国からすらも。


「今、ビノが双子だと知っているのは私と、ビノとシュネくらいでしょうね」

「……ご両親は?」


 カミラは沈痛な面持ちで言う。


「闘技場での傷が原因で、ふたりとも亡くなりました」


 心のどこかで「やっぱり」と思っていた返答に俺は眉を顰めた。この国に闘技場が、馬鹿女神がつけた傷はあまりにも深い。


「本当はビノにも試合には出てほしくないんです。本選はまだしも、決勝は互いを殺し合うまで続けられますから」


 勝てば勝つほど死が近づく、国公認の競技。この世界に来てからというもの、生前のスポーツがいかに安全で、安心して見ていられる競技だったのか思い知らされる。


「それなのに、あいつは必ず優勝するんだって聞かなくって……そんな悪だくみをする頭があるのなら闘技場の義務が免除される騎士になればいいと言っているのに、聞きもしない」


 マニュアルに書いてあった通りの話だった。シュラ王国の人間は闘技場の義務免除という特典から、ほとんどが成人すると騎士になるらしい。筆記試験やら剣や弓の技能試験があるとのことで、そのせいであまり頭がよろしくない獣族の合格者はゼロ。そもそも試験を受けようとする獣族自体が稀なのだとか。

 でも確かにビノなら合格できそうな気もする。


「……どうしてそんなに拘るんでしょうか」


 不思議な話だった。自身の両親を殺した競技を憎むことはあっても、率先して出たいだなんて思うんだろうか。

 俺がそう問えば、いつもまっすぐなカミラがらしくなく視線を逸らした。まるでわかっているけれど認めたくない、とでも言いたげに。


「……理由は、わかってます。あいつは勝者の特権である女神の祝福が欲しいんです」

「祝福?」


 そんなにもったいぶるもんでもないだろう、とさっきまで祝福を振りまいていた俺は思う。それとも戦いの女神の祝福とやらはそんなにすごいものなのだろうか。殺し合ってでも欲しいと、そう思わせるぐらいには。


「戦いの女神、ガネットの祝福。それは」


 そのときだった。


「っひい! やめ、やめてくれっ!」

「キャンキャン騒ぐな! な、なあ別にあのチビとは知り合いってわけじゃねえんだ」


 悲鳴、そして下手に出るような声。

 近い。


「ただ昼間にちいっと喧嘩を吹っ掛けられてな、それで探してるってだけで、っ⁉」

「きゃっ!?」


 何か柔らかいものを殴る、鈍い音。それが続けざまに二発、三発。

 アルルが怯えたように耳を塞ぎ、ポールと身を寄せ合っている。


「……」


 無言のまま立ち上がったのはライゼだった。昼間の俺のように顔や身体を布で覆い隠した状態で、洞窟から出ようとする。


「ラ、ライゼ殿。あなたは追放された身。騒ぎになっては」

「様子を見てくるだけだ。すぐ戻る」


 ケインが果敢にも立ちふさがるがなんの障害にもならなかった。ライゼは疾風のような素早さで洞窟から飛び出していく。


「ライゼ殿!」


 騎士たちが呆然とする中、慌ててカミラが立ち上がり、その後を追う。もちろん、俺も後を追った。あいつは俺にとっての命綱なのだ。何か起こされて動けなくでもなったりしたら俺が困る。


「アオイ様、どうかここでお待ちを!」

「いえ、私も行きます」

「しかし! あなたの身に何かあってからでは……」


 しかし次こそはと意気込んだケインに止められる。想定通りだ。だが俺だってここで引き下がるわけにはいかない。


 今からしようとすることを考えると眩暈がしそうになる。「本気か?」と心の中から正気を疑う声がする。だが、やるしかない。やるしかないのだ。覚悟を決めろ、俺。


 両手を合わせ、顔の横へと持ってくる。想像するのは店に置いてある雑誌で見た「彼氏をイチコロ! ポーズ特集」。小首を傾げ上目遣いにケインを見つめる。自分で自分がやっていることに鳥肌が立つが我慢だ。


「……心配なんです! どうしても、駄目ですか?」


 俺の男としての自尊心がもだえ苦しみながら胸を掻きむしり血涙を流して「殺してくれ」とのたうっているが、無視をして、俺は必死にケインへと願う。こうしている間にもライゼが何かやらかしているのかもしれないのだから。


「……っぐ」


 ケインが胸を押さえた。もうひと押し。


「お願い!」


 俺は美少女、俺は美少女、俺は美少女、俺は美少女。

 そう繰り返して言い聞かせないと頭がおかしくなりそうだった。だってそう考え込んでいないといい歳した生前の俺がぶりっ子おねだりポーズをしているのが頭に浮かんできてしまうからだ。思い出す脳の部位を今だけ切り取りたい。


 ケインがよろよろと後ろに後ずさった。その顔は赤く、目はきょろきょろと辺りを見渡し明確に迷っている様子が見て取れる。大丈夫だろうか。俺は野郎に惚れられるなんて展開は御免なんだが。


「わ、かりました。っですが、俺も着いて行きますからね! 危なくなったら問答無用で戻っていただきますので!」


 胸を押さえてから数秒後、ケインは咳払いをしながらそう答えた。まだ顔は赤いままだが、騎士らしくキリリとした表情を作っている。

 羞恥心を捨てた俺の勝利であった。


「っありがとう! ケイン!」

「うぐうっ!」


 それがわかった瞬間、もうこのポーズを維持しなくていいと理解した俺の表情筋がだらしなく緩む。その途端、今度は両手で胸を押さえて蹲ってしまうケイン。持病だろうか。身体は大事にしてほしい。


 申し訳ないが今は構っていられないと蹲ったケインの前を通りすぎ、俺は外へと急ぐ。もちろん俺自身が妙なことに絡まれないようにこっそりと足音を忍ばせて。

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