14、どうして気軽に土下座をするのか
「あ、アオイ様? 今なんと……?」
「……ごほん。な、なんて愚かなことを。そんな、命を弄ぶような真似をするなんて」
あっぶねぇ――。思ったことそのまんま出てた。
ごほん、と咳ばらいしてから俺は外れかけた猫を被り直す。女神はマジとか言わないのだ。女騎士はぽかんとした表情でこちらを見ているが、うまく誤魔化せたと思いたい。
それにしても、三馬鹿女神の一人がそんなことをしていたとは。俺はマニュアルに書いてあったことを思い返しながら、ため息をつく。確かに女神の中じゃとりわけ乱暴者で、しかも話を聞かないとは書かれていたけれども。死人が出るのを喜んでいるようなら女神じゃなくて邪神の間違いじゃないか?
「彼が女神に対して良い印象をもっていないことはわかっていましたが……、そんなことがあったのなら当然ですね。本当に、同じ女神としてなんとお詫び申し上げたらいいか……」
「い、いいえ! そんな、アオイ様は何も……! それに、あなた様はあの女神とは違う!」
恐らくいい奴なのだろう。女騎士は俺の女神ムーブに手を振ってフォローしてくれる。まあ未開の地の蛮族のような女神と同じと思われるのも困るが。
とりあえず、ライゼの不信感の元はわかった。あいつはそもそもの女神嫌いだから、怪しい女から女神にランクアップしたところで好感度はプラスどころかむしろマイナスになると。なるほど、なるほど。
……これ詰んでないか?
「……」
「アオイ様? あの、顔色が悪いようですが……?」
正直なところ、これから神の言う通りに転移者や女神をしばきに行くにしろ、放っておくにしろ、自分の身を守るために女神の力は欲しい。だから信仰者を集める必要があるわけだが、そのためにはもちろん人が多いところに行く必要がある。
人の多いところとはつまり国なわけだが、悲しいかな国には力をたっぷり蓄えた女神が陣取っている。弱い俺が行ったところで返り討ちだ。
なら他の女神が陣取っていない国に行けばいいという声が聞こえてきそうだが、それも駄目。何故ならここらは女神三人の統治する国しかないから。
地図上は三つの国があるだけで、それ以外は本当に何もないのだ。女神どもの暴れた跡、人の住めない戦争跡地という名の荒野がだだっ広く続くばかり。もちろん凶暴な魔物だって出るから、俺一人じゃ歩くのだって難しい。
俺に尊敬の眼差しを向けている騎士たちだってシュラ王国の人間だ。頼み込んでボディーガードになってもらうにしても、シュラ王国や女神から何かしらの介入がないとも限らないし、騎士たち自体が王国の女神に寝返る可能性だってある。荒野のど真ん中、じり貧で魔物の餌になるのはごめんだ。
だから俺としては今のところの最高戦力かつ、他の国と縁がなく、他女神に寝返ったり裏切ったりする可能性のほぼないライゼを傍に置いておきたい。あいつなら大抵のものを返り討ちにできそうだし。
だが恐らくライゼは女神嫌い。そして、俺は女神。
「……おのれ女神……」
「アオイ様⁈」
憎い。前途多難にさらに多難を被せてくる女神たちが憎い。お前らのせいでこちとら漫画アニメ小説で人生イージーモードが約束されている転生美少女だというのに、がっつりハードモードだ。おのれ女神。余計なことばっかしやがって。体が女神じゃなければ口汚く罵っていたところだった。
もはや笑いがでてくるほどの詰みっぷりに俺は頭を抱え、そして天を仰ぐ。平々凡々な店員だった俺に、神は一体何を望んでいるのか。
「アオイ様、そこまで女神の所業を憂いて……」
しかし、俺の嘆きはどうやら違う形で伝わったらしい。「あの三馬鹿女神爆発しねえかな」などと宙を見ながら考えていた俺に、いつの間にか身支度をきっちりと整えた女騎士は、いきなり頭を下げてきた。
「っアオイ様、ケインが、私の部下が口にしようとした願いを続けることを、どうかお許しください!」
「へっ?」
「我が国は今も犠牲者を増やし続けています。他国と争い、そして国の中でも争い、傷つき、死ぬ。そして、それを誰も疑問に思っていない!」
なんだなんだ、いきなり。
突然のことに目を丸くする俺を置いて、女騎士は口を動かし続け、そしてついにとんでもないことを言い始めた。
「どうか、民を助けるために、シュラ王国に来てはいただけませんか!」
「……はい?」
丸を通り越して目を点にする俺。唐突過ぎて、俺の頭がまだついていけてない。
「……実を言うと、私たちがここに来たのは、ライゼ殿に接触する目的もありました。彼を追放した国で生まれた我々がというのもおこがましい話ですが、力を貸していただければと考えたのです」
待ってくれ、俺を置いて話を進めないでくれ。
そんな悲痛な叫びを挟む暇もなく、女騎士は雨上がりの川のような勢いで、俺の耳へと情報を注いでいく。
「……結果はご覧の通りです。情けなくも我々は転移者の手先となり、彼へと害をなした。情けない有様だ」
「っ、そんな、情けないなんてことは」
拳を握りしめながら女騎士は言う。頬についた傷は深く、俺が治してもまだ色を残していた。それが彼らなりに転移者に抵抗した、その証なのだと気づいて、俺は思わず「情けない」と言った女騎士の言葉を否定しようと口を挟む。
しかし、熱血教師顔負けの俺の声は興奮しきった様子の女騎士に掻き消された。
「ですが、あなた様はそんな我々の身を案じ、あろうこと敵意を向けた国を憂い、女神に怒ってくださった!」
「えっ、俺、憂いてた?」
「……あの国の女神は、もはや女神と呼べるかも怪しい。私にはわかります。真の女神とは、あなた様のような方のことを言うのだと」
「いやそれほどでも……というか、あの、カミラさん? 頭を上げてもらって……」
だが頭を上げて、という言葉をスルーし、それどころか女騎士はザっと膝を地面につける。そして俺が止める間もなく、彼女はめり込ませる勢いで額を地面へと押し付け、そして叫んだ。
地面にぶつかりくぐもった彼女の声が、それでもビリビリと小屋中に響く。
「アオイ様、その慈悲に縋ることをどうかお許しください! シュラ王国の民は確かに罪がありましょう。ですが、新しく生まれてきた命には関係のないこと! 狂った国で痛みに耐えている彼らに、どうか、どうか祝福を……!」
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