13、女騎士が明かす、ケモミミ男の過去
「カ、カミラ隊長……」
「ケイン、手を下げろ。それが騎士の態度か」
「あっ……も、申し訳ございません!」
肩までの灰色の髪に、それと同じ色の切れ長な目。堅苦しい口調も相まって、クールビューティという言葉がぴったりと当てはまるその姿に、俺はあの転移者の近くにいた女騎士を思い出す。
カミラと呼ばれた彼女は同じ鎧を着た若い騎士に鋭い眼差しを向けると、こちらに向って膝をついた。
「申し訳ございません。私の部下が失礼を」
「あっ、い、いいえ。少し驚いただけですし、失礼だなんてそんな……」
膝をついた女騎士に俺は慌てて普通にしてくれと手を振るが、気が収まらないのか騎士としての問題なのか、彼女は一向に顔を伏せたままで微動だにしない。別に気を使っているとかでなく、俺が落ち着かないからやめてほしいだけなんだけど。こんな状況、生前だったら通報待ったなしだ。
「部下の失態は私の失態。無礼の罰はどうか私に」
「そんな、自分が暴走しただけで、カミラさんは何も……!」
「ケイン。これ以上私に恥をかかせたくないのなら黙っていろ」
「……っ」
どうしよう。悩んでいたら雰囲気がお通夜になってる。
若い方は青ざめちゃったし、一緒にいた騎士はおろおろしてるし、女騎士は譲る気ないし。ライゼからの「どうにかしろ」の視線が痛い。アルルも心配そうにこっちを窺っているし、ポールはなんか知らんけどその場で回ってる。早く戻ってほしい。
どうしたもんか、と頭を捻る。こっちは罰を与える気なんてさらさらないというのに、この女騎士ときたら準備万端だ。別に怒ってないのに、困った。
困った俺は膝をついたままの女騎士に目を落とし、そして気づく。白い頬には色は褪せていたが鞭の痕がはっきりと残っているし、よくよく見れば傷まみれの鎧の下からはあまり清潔に見えない包帯が覗いている。さっきの若いのに負けず劣らず、どころかそれよりもずっと酷そうだ。
「……とにかく、傷の手当てを。話はそれからにしましょう」
「いえ、ですが――」
「いいから! ほら、男どもは散った散った! 見ていたら包帯が外せないでしょ!」
頑なな女騎士の言葉を遮って、立ちすくんでいる他の騎士たちを追い立てる。頭の中で「男はお前もだろ」と、極めて冷静な指摘が入るが、しょうがない。だって今の俺は美少女なのだ。
「……ずいぶんと彼から信頼されているのですね」
「ライゼがですか? ないですないです」
戸惑っている騎士たちとライゼを追い出し、アルルが回転中のポールを連れて行ってくれたおかげで、俺と二人になった女騎士はようやく汚れた包帯を解いてくれた。もちろん俺は極力見ない様に目焦点をずらしている。誘惑がないわけじゃない。誘惑に罪悪感が勝っただけだ。
的外れな女騎士の言葉に手を振りながら、俺はぼやける視界の中で祝福をかける。当然はっきりとは見えないが、肌から落ちていく薄汚れた包帯にところどころ赤黒いシミがついているのはよくわかった。この騎士も、ずいぶん手酷く使われていたらしい。
「ですが、彼はあなたを心配しているように見えましたが……」
「私を信用していないだけですよ。大方、私とあなたが二人きりになるのを不審がっていたんでしょう」
「……そうでしょうか?」
俺が出ていくように行ったとき、確かにライゼは最後まで出ることを渋っていた。だが、あれは決して俺の心配なんてしていない。絶対に、微塵もだ。俺にはわかる。女騎士は納得いっていないようだったがこれ以上膨らませるような話でもないし、ここは強引に話題を変えさせてもらおう。
自分で信用が無い無い言うのも悲しくなってきた。
「あなたは、ライゼとはお知り合いで?」
「ええ、私たちの国で彼は有名でしたので。……獣族の力と人の頭脳を併せ持つ、新たな時代の戦士だと」
「戦士? 騎士ではなく?」
「ああ、騎士制度は国が整備されてからできた比較的新しい制度でして。元々は彼のお父上のような力を持つ者が『戦士』と呼ばれ、民を守っていたらしいのです」
「ほうほう」
「今では国に仕える者を『騎士』、それ以外を『戦士』と呼び分けています」
「……それ以外って、国の民全員が戦士ってことですか? 例外なく?」
「はい。……我が国では優れた戦士として生きるのが民の務めなので、例外はありません」
なるほど、と俺は女騎士の言葉を聞きながら頷く。なかなかな修羅の国だ。戦える頭数は多い方が良い、という考えなのかもしれないが、それにしたって全国民戦士強制とは、シュラ王国のトップはとんでもない脳筋なのかもしれない。
女騎士の話によれば、ライゼはシュラ王国でかなりの有名人だったらしい。獣族は力こそ優れているものの知性は他種族より劣っており、ライゼのようなハイブリッドは、獣族が多いシュラ王国でかなり目立ったようだ。
まあ確かに暴れて手が付けられないただのパワータイプより、理性があるほうが色々とやりやすそうではある。
「お父上を超す日も近いだろうと、そう言われていました。……あの日までは」
「あの日?」
「……彼のお父上が、亡くなった日です」
絞り出すような声で、女騎士は言った。手を握りしめているのか、ギチギチと爪が肉に食い込む音がする。静かな空間のせいか、それはやけに大きく聞こえた。
「国一番の戦士と謳われたお父上は、戦いの中で亡くなりました」
「戦い……戦死ですか?」
「……闘技場です」
「闘技場?」
闘技場、と聞いてパッと俺の頭に浮かんだのはローマのコロシアムだった。民の退屈しのぎのために用意された、戦いの見世物。
「女神を喜ばせるため、という目的で作られたと聞きます。戦いの女神は血と争いを最も好むからと。真剣を用いた試合を、定期的に行うのです」
「……まさか、そこで?」
「……戦士は全員、闘技場への出場が義務付けられていて、彼のお父上も例外ではありませんでした」
女騎士の傷はすっかり薄くなりつつあった。しかし、小屋の空気は重い。
「お父上は試合の最中、観客席から落ちてきた子供を庇って……。その隙を相手選手に突かれたのです」
「っ、相手は、やめなかったんですか⁈ そんな、あからさまに事故だとわかる状況で」
「……試合は敗者の死まで続けられると、決まっています。あの女神が好むやり方が、国の決まりなんです」
闘技場、戦士、試合、ライゼの父親、そしてその死。
誰よりも強い父親が闘技場の試合で死んだと聞いて、息子は、ライゼは何を思ったのだろう。
「そのことが切っ掛けで、彼は国と女神を強く憎むようになりました。……当たり前です。自身の肉親を、見世物として殺されたのですから」
そこで言葉は区切られ、重い沈黙が落ちる。
「――っ、女神ってそんな馬鹿なことやってんの⁈ マジで⁈」
そして最後まで聞いた俺の口は耐えきれず、つい思ったことを吐き出していた。
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