12、女神、騎士にタックルされかける




「『女神アオイの名において、汝に祝福を与えん』」


 何度目かで唱え慣れた祝福の言葉を口にすれば、ほどほどの光が騎士の腕を包み込み、鞭で打たれたような痣や、まだ血が滲んでいる傷を塞いでいく。


 あの転移者の元でそこまで良い扱いは受けていなかったのか、あの女と一緒に来た連中の体は生傷だらけだった。それこそ手当はしてあったものの、あまりの多さに眉をひそめたほどだ。

 人間、下手に権力を手に入れると本当に何をしでかすかわからない。


「お、俺の、俺の腕が……!」

「痛くない! 本当に治ったんだ!」


 祝福が終わり、腕をぶんぶん振って喜ぶ騎士たちに、俺がとびきりの女神スマイルを送れば、奴らはハッとなって頭を下げた。


「あ、ありがとうございます! アオイ様。なんとお礼を言ったらいいか……」

「……しかし、なぜここまでしてくださるのですか? 自分たちは命じられたとはいえ、あなた様の住処を脅かし、刃を向けたのですよ」


 痛みがなくなった騎士たちはそのことに喜びながらも、俺に困惑の目を向けている。こいつらからしてみれば、ついさっきまで敵対していた奴が何故か親切にしてくるのだから怪しむのも当然かもしれない。


 俺はこほんと咳払いをしてから、出来る限りの柔らかな声を出す。女神らしく、女神らしく。


「……良いのです。何をしでかそうと命は等しく尊いもの。癒しの女神として苦しむ命を救うことに、ためらう必要がどこにありましょう」


 祝福の練習にもなったし、という本音はしまっておく。


 当たり前だが、何も善意百パーセントでこいつらを助けたわけじゃない。実行犯は女だったとしてもこいつらは協力者なのだ。別に怪我がいくらあろうが放っておいたってよかったが、それをわざわざ祝福を使ってまで治したのにはちゃんと理由がある。


 一つは祝福の練習台にちょうど良かったから。そしてもう一つは俺の信頼回復兼、女神としてのパワーアップ、つまりは信仰集めだ。


 ゼロから始まって、少し上がったと思ったらまたゼロになってしまった俺の信頼。こうなってしまったらもう信仰ついでにこつこつ取り戻していくしかない。アルルにまであの目を向けられるようになったらさすがに泣きそうな気がする。


 とにかく「頼れる素晴らしい女神」として見られるように振る舞い、信頼を取り戻す。あとついでに信仰も。打倒、ライゼからの冷たい視線!


「アオイ様……! なんと慈悲深い……!」

「女神様だ。彼女こそが、本当の女神様なんだ……!」


 結果は目論見通り。騎士たちは俺のことをキラキラとした眼差しで見上げてくる。野郎からの熱烈な視線なんて嬉しくないが、疑惑の眼差しよりはよっぽどマシだった。

 当のライゼは壁にもたれかかったままピクリとも動かないが、なにもすぐにあの警戒心の塊から信用を引き出せるとは思ってない。こういうのは積み重ねが大事なのだ。


 今に見てろ、ハイパー女神になって神々しさで「今までのご無礼をお許しください」とか言わせてやるからな。


 だが、計算通りと心の中でほくそ笑むのも束の間、感動したように俺を見上げていた騎士の一人が突然ガシッと腕を掴んできた。


「アオイ様!」

「声でっか、じゃなかった。な、何ですか? どこか、まだ痛いところが」

「慈悲深きそのお心、そしてそのお心が現れているかのような力! 感動しました!」

「は、はぁ……?」

「あなたが、いえ、あなた様こそが我々が求める真の女神!」

「え? あ、ありがとうございます?」


 目の前にいた騎士二人のうちの若い方は、何故か酷く感動したようで俺の手を握ったままブンブンと振ってくる。確かにこういう反応を求めてはいたが、真の女神とかちょっとオーバー気味じゃなかろうか。というか振りすぎ振りすぎ。普通に腕が痛い。俺の腕が振り子みたいになってる。


「おい、ケイン! 女神様相手に、失礼だろう!」

「あっ、す、すみません!」


 もう一人の方が慌てて止めに入って、俺の腕はなんとか肩からすっぽ抜ける前に解放された。忘れがちだが今の俺の体はか弱い少女のそれなのだ。壊れ物を扱うように、とまでは言わないが、もうちょっとていねいに扱ってほしい。


 思わず腕をさすれば、ケインと呼ばれた若い方が蚊の鳴くような声で「すみません」と繰り返した。


「申し訳ありません、アオイ様。こいつは加減というものをなかなか覚えなくて……」

「い、いいえ。間違いは誰にでもあるものですから」

「おお、なんとお優しいことか!」


 俺もさっきやらかしたばっかりだし。

 そう考えながらちらりと目を向ければ、まだ少女漫画状態になっているポールが目に入った。また何かアルルに余計なことを言ったらしく、きっついビンタで頬を腫らせている。あいつ、俺が治す前より酷い状態にならなきゃいいけど。


 そんなこちらの考えを知るわけもなく、ほっとした表情で「優しい」と口を揃える騎士二人に苦笑いを隠しつつ、俺は品のある女神らしく謙虚な答えを口にする。


「そんな、私が真の女神だなんて。他にも素晴らしい女神がいらっしゃるというのに」

「……」

「……」

「……ん?」


 だがその瞬間、何故か妙な空気になってしまった。他にも女神はいるだろう、と言っただけなのにケインは項垂れ、もう一人の方も気まずげに目を泳がせている。


 何か不味いことを言っただろうか。……まさか、俺が知らないだけで女神同士を比べる発言をするのはタブーだったとか⁈


 静まり返った中、何も言ってくれない二人を前にそんなことを考えて慌てていると、突然ケインが意を決したような表情をこちらに向け、叫ぶように言った。


「あ、アオイ様っ、お願いです。我々の国に来てはいただけないでしょうかっ!」

「はい?」

「お願いします! どうか、どうかそのお慈悲を、我が国に――!」


 いきなり何を言い出すんだこいつ。脈絡のないお願いに俺が後ずさると、ケインはその開いた距離を結構な勢いで詰めてくる。怖い。土下座のような体勢のまま、膝を高速で動かして近づいてくるからさらに怖い。


 訳のわからない状況にクエスチョンマークを浮かべる俺を置いて、縋ってくるケイン。鬼気迫るその勢いが怖くなった俺が腰を浮かせ、逃がすものかと奴が膝にタックルをしかけてきた、そのとき。


「やめろ。……醜態を晒すのも、そこまでにしておけ」


突如、見覚えのある女騎士が小屋の中に入ってきた。

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