9、暴発、女神パワー

「……ええ、黙っていてごめんなさい。私は癒しを司る女神、アオイといいます」

「ほっ、本当に女神様なんだぁっ!」


 接客で鍛えた表情筋を駆使しながら、俺は頭で準備していた通りの言葉を口にする。自分で言っていて鳥肌がたつが、そこは我慢だ。


 最も信じてもらいやすいこの状況で女神であるということを強調する。正直、心が男のままだというのに女神のロールプレイをするのは死ぬほど恥ずかしいが、信仰が得られなければ本当に死んでしまうので背に腹は代えられない。


 そんな俺の葛藤など知らないアルルのキラキラとした視線が痛い。体は本当に女神だから嘘はついていないはずなのに、大きな罪悪感が俺の胸を締め付ける。なんだろうこの子供の夢を裏切っているような気分は。


「えっと、ええっと、じゃあお姉ちゃ、じゃなくて女神様っ!」

「いいえアルル、今まで通りでかまいませんよ」


 こんな子供に様付けで呼ばせるとかいたたまれない。無理。


「お、お姉ちゃん。あの、お願いしても、いい?」

「はい。なんでしょう、アルル」

「あっ、あのね。ポールの、怪我をね、その」


 女神だとわかって緊張しているらしいアルルに俺はニコリと渾身の女神スマイルを送ってから、言葉の続きを引き取る。


「ええ、大丈夫。ポールをここに連れてきてくれますか?」

「……! うん!」


 返ってくるキラッキラの笑顔。眩しい。

 子供は素直でいいなあ、なんて思いながらぱたぱたと小屋から出て行くアルルの背を見送っていると、今まで黙っていた低い声が俺に話しかけてきた。


「……本当にお前は女神なのか」

「ええ、そうです」

「信じられん」

「ですが、あなたは間近で私の『祝福』を見たのでは?」


 そう返すと眉間に皺を寄せたままライゼは押し黙った。やはり実際に癒しの祝福で怪我が治っている身では、反論しづらいようだ。


「オレたちに近づいた理由は」

「少なくとも、あなた方に害をなすことではありません。ここで捕まるのは正直なところ、想定外でした」


 お前が勝手に捕まえたんだろうが、と大声で言ってやりたかったが女神はそんなことしないのでぐっと堪え、女神として答える。


「なら、何が目的なんだ」

「……あなたはもう見ているはずです。私が何を成すためにいるのか」

「っ、まさかお前、他の転移者共のことも――」


 最後まで答えず、意味深な笑みだけを返せば大男は腕を組んで押し黙った。どうやらこれ以上の追及はしないらしい。べらべら話すとボロが出そうだったから、納得してくれるならありがたいことだ。


 もしかしたら俺の豹変ぶりに引いているだけなのかもしれないが、そこは考えないでおく。好きでこんな話し方してるわけでもないのに引かれたらメンタルがひしゃげそうだ。


 これからも話しづらいことを聞かれたらこの意味深フェイスで乗り切ることにしよう。沈黙の中そう考えていると、ぱたぱたと近づいてくる増えた足音。


「連れてきたよ!」

「お、おい本気かよアルル。こいつが女神って」

「もう、これから治してもらうのに失礼なこと言わないでっ! お姉ちゃん、お願いします」

「はい、わかりました」


 にこにこ顔のアルルとは違い、ポールはこちらに胡散臭いと言いたげな眼差しを向けてくる。まあ仕方がない。俺だって目の前に自称女神がいたら頭か宗教団体を疑う。


 手っ取り早く信じてもらうには実際に体験してもらうのがはやいだろう、と俺は特に何も説明せずにポールへと手のひらをかざした。


「『女神アオイの名において――』」


 服の下から覗く、あちこちにある痛々しい擦り傷や赤黒い痣に俺は顔を顰める。口の端も切れてしまったのか、乾いた血がこびりついていた。手当とは言っていたが、包帯や絆創膏などの物資はないのか、緑色のペーストがあちこちに塗られている。青臭い匂いからして薬草なんかをすり潰したものなのだろう。


 まったく、あの転移者め。初めてということもあってすんなり帰してしまったが、二、三発ビンタでもお見舞いしておいた方がよかったかもしれない。

 せめて早くきれいに治るように、と俺は力を込めて念じる。


「『――汝に、祝福を与えん』」


 だが、そこで力を込めたのは迂闊だったらしい。


「……ん?」

「え、えっ⁈ なになにっ、何なの?」

「っ、お前、ポールに何を」

「いやいやいや知らん知らん知らん! なにこれ怖っ!」


 祝福を口にした途端、前と同じように光り始める俺の手。しかしそれはあっという間にライゼの火傷を治した時とは比べ物にならないほどの強さで輝き始める。マニュアルに書かれていた祝福の光、なんて可愛いものではない。小屋全体が白い光に呑まれる光景は、まるで小さい太陽だ。


 光の中、ライゼが焦って腰を浮かすのだけかろうじて見えたが、何が起きたかなんて俺だって知りたい。こちとら火傷を治した時と同じように、祝福を使っただけだ。そりゃ、多少は治りが早くなるように考えはしたが、それだけでこんなことになるとは思えない。


 前と変わったことと言えば――


「――あ」


 そこまで考えた時、俺は思い出す。女神パワーを見て「女神様」と言ってくる騎士たちと、アルルの尊敬の眼差しを。そして、マニュアルに書かれていた力が増す条件を。


「っく、やはり怪しい女など信用するべきではなかったか!」

「い、いや、ごめん! こんなつもりじゃなくって!」

「この期に及んで言い訳か!」

「そうじゃなくて、えっと、ちょっと力加減ミスったかもっていうか……」

「――は?」


 信仰が集まると、女神は強くなる。だとすると女神だと認知されて信仰パワーが溜まった今、少なくとも前よりはパワーアップしているというわけで。なら、力加減もまだわからないのに、プラスして「早く治りますように」なんてさらに力を込めたら。

 何が起きるのかわからない状況に、額をおびただしい量の冷汗が流れていく。


 ひょっとして俺、やらかした?


 そんな言葉が頭に浮かぶのを最後に、女神の祝福は一際強い光で小屋全体を包み込んだ。

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