3、クソガキ転移者、襲来
「っ、ライゼお兄ちゃん! ポール、ポール見なかった⁈」
しかし、新たな一歩を踏み出そうとした俺の声は突如として飛び込んできたアルルの声に掻き消えた。
「どうした、アルル。ポールに何かあったのか」
「一緒に薬草摘みにいくはずだったのに来なくって、それでおじいちゃんたちに聞いたらずいぶん前に家を出たって……!」
その一言に、俺は目を丸くする。
アルルは青い顔を泣きそうに歪めながら、よろよろとケモミミ男に近づき、服の裾を握りしめる。普段のはきはきとした彼女とは違い、その声はか細く震えていた。
どうやら俺たちが話し込んでいる間にポールの姿が消えたらしい。
「どうしよう、ライゼお兄ちゃん。ポールのやつ、ひょっとしたら外に行っちゃったかもしれない」
その一言にビリ、と男がまとう空気が張りつめるのがわかった。見ればケモミミ男の瞳孔が猫のように細く絞られている。
「何だと?」
「あいつ『頼りになる証拠を見せればいいんだろ』って息巻いてて。私もそういう意味で言ったんじゃないって話したんだけど……っ、ねぇどうしよ、どうしよう! ポールが!」
「……状況はわかった。必ず見つけるから、今は少し――」
落ち着け、と言おうとしたのだろう。しかし、男の手はアルルの肩に置かれる寸前で固まっていた。その目は彼女の方を向いておらず、ある一点へと向けられている。
同じように固まった俺の耳に、聞き覚えのある叫び声が届く。
「っクソ! 離せ! 離せよこの野郎!」
ポールの声だった。しかし状況がおかしい。彼は森の中から現れた何人かの騎士の一人に首根っこを掴まれた状態で、必死に手足をばたつかせている。迷子を届けにきたという暢気な雰囲気ではない。どう見たって人さらいだ。
しかし、俺が驚いたのはそこだけではない。
「やだ。マジでまだくたばってなかったわけ?」
騎士たちに守られるようにしながら現れたのがどう見てもがセーラー服姿の女子中学生で、その上威圧感をだしまくっているケモミミ男に対し、命知らずとしか思えない口調で話しかけてきたのだ。
「――――っが⁈」
「……そこまでよ。あたしの部下を離して、ザコ犬」
全く目が追いつかない。駆けだしたことすらわからなかった。
土ぼこりが巻き上がったと思った瞬間だった。いつの間に距離を詰めたのか、気が付けばケモミミ男が片手で騎士の顔面をわし掴み、宙づりにしている。俺は緊張に痛くなり始めた心臓を抑えながら、目の前で起きたことを凝視することしかできない。
グルル、と獣の唸り声のようなものが男から聞こえてくる。こちらから顔は見えないが、それでも鬼のような形相をしていることは簡単に想像できた。男が発する怒気が空気を揺らし、肌をビリビリと刺す。
店に来た態度の悪いヤンキー崩れが一番恐ろしいと思っていた俺だが、今のあいつに比べたらヤンキーたちの凄みなんて赤ちゃんのようなものだった。あいつの顔がこっちに向いていなくてよかったと心底思う。正直ちびりそうだ。
だが、セーラー服の上に何故かマントを羽織った女子中学生はケモミミ男を前に平然としていた。騎士が宙づりにされている中、彼女は手のひらを暴れるポールへと向けている。
「動かないでね。 ちょっとでも暴れたらこのガキはまる焼きにするから」
「……っ、転移者か」
「へぇ、よくわかってんじゃん。ワンコのくせに」
まる焼きという単語にポールの体が凍り付き、その様子を女子中学生がニヤニヤと眺めながら何かを握るような動作をした。その瞬間、信じられない光景が目に映る。
テニスボール大の火の玉。それが中学生の手のひらに浮かんだのだ。
「あたしの異能は火。すっごいでしょ?」
「ひ……っ! ぅ、あぁぁぁぁぁぁっ⁈」
「ポールっ!」
「ちょっとぉ、暴れないでよ。加減間違えてじゅーっとしちゃうかもしれないでしょ?」
異能。マニュアルによれば異世界からやってきた人間に女神が与える特殊な能力のことらしい。
ごうごうと燃え盛る火の塊を近づけられて本能的恐怖にポールが叫び、今にも彼の肌を焼きそうな距離に、アルルが悲鳴を上げた。異世界転移者と呼ばれた女子中学生はそれが面白いイベントにでも見えているようで、顔全体で歪んだ笑みを作る。随分悪趣味な子供だった。
「やめろっ!」
「ん? やめてほしいなら、わかるよね?」
「……っ、何が目的だ」
「とりあえず……ザコ犬、おすわり」
火の玉をちらつかせながら女子中学生が地面を指し、騎士の顔面を掴んだままの男へ顎をしゃくる。背中越しにケモミミ男、もといライゼが歯を食いしばるのが見えた。
「あははははっマジで座ってんの! ウケる! このガキがそんなに大事なわけ?」
ライゼは乱暴に騎士を放ると、指図された通りにその場に膝を付く。その様子に女子中学生は満足そうだ。
「……何の意味もなく来たわけじゃないだろう。早く目的を話せ」
「そりゃそうよ。誰が好き好んで戦争跡地になんか来るもんですか。あんたらみたいに国から追い出された奴らじゃあるまいし」
マニュアルによれば三馬鹿女神が国を作るため土地を巡って争った「祈りの戦争」。
その結果、戦火でボロボロになり、その上魔力濃度が狂ったせいで動植物が凶暴化し人が住めなくなった大地のことを「戦争跡地」と呼ぶらしい。中学生の話を聞く限り、どうやら今は人間を捨てるためのゴミ箱として使われているようだ。女神たちはどれだけ問題を起こせば気が済むのか。
跪いた男を見下しながら女子中学生は「でもマジで驚いたわ」と続ける。
「シュラ王国から追い出されて数年、死んじゃうどころか他の国の追放者まで匿っているなんてね。おかげで噂になってるわよ。追放処刑になったとしても助かる可能性があるって。……困るのよねぇ、罰が罰として機能しなくなっちゃ」
「お前、シュラ王国の差し金か」
「そうよ。偉大なる我らが女神、ガネット様からのお願いなの。いい加減目障りなあんたを始末しろって」
「……あの性悪女に何を吹き込まれたが知らんが、オレはあの国に手を出すつもりは」
女子中学生の言葉にライゼが話をしようとした、その時。突然、俺の耳は炎が吹き上がる音をとらえた。そしてパッと光が散った瞬間に、頬を撫でる熱風。
奴が、手の中の炎をライゼに向けて放ったのだ。火炎放射器から放たれたような勢いの熱量が膝をついたままの男へと襲い掛かり、アルルが鋭い悲鳴を上げる。
「――ガネット様、よ。ザコのくせに、失礼な態度とってんじゃないわよ」
何かが焦げる様な嫌な臭いが鼻を掠めて、俺は思わず檻の格子を掴んだ。だが、俺の最悪の予想を反し、ライゼは一足早く飛びのいたようで、顔面へと浴びせられた炎は男の丸太の如き腕を舐めただけにとどまっている。火傷としては十分痛そうではあるが、それでも想像していたスプラッター展開よりはかなりマシだ。
だが安心するも束の間、俺はライゼの様子がおかしいことに気が付いた。仏頂面な奴らしくなく目を見開いており、呼吸も荒い。命の危機を察知した野生動物のように、全身の毛が逆立っている。
「お、おい、大丈夫か……?」
「あ、ごめーん。
全身をじっとりと汗で濡らしたライゼが、食いしばった歯の間からヒューヒューと息を吐く音を聞きながら、わざとらしい声色で女子中学生は炎を放った手をぶらぶらと振った。俺は頭の中で、マニュアルで見た「種族」の項目を思い出す。
獣族は動物の第二の進化系と言われ、時折見られる動物的行動から獣に近いとされる種族だ。姿は二足歩行の動物そのもので知性はあるものの、どちらかといえば動物的本能に忠実。人間より筋肉が発達しており力が強く、そして性格が種族的に短気で粗野な傾向にあるせいか、この種族への差別はかなり根強いのだとか。
そんな種族の弱点。それが本能的恐怖を強く煽る「炎」だ。
「あんたみたいに半分人の血が流れていても、怖いのは怖いんだ。やっぱ所詮獣は獣ってことね」
「……っ、お前の目的はオレなんだろう。その子供は関係ない。離せ」
「あ、兄貴……」
「あら駄目よ。この子はあたしの大事な『盾』なんだから」
女子中学生は再び手をポールへと向けながら言う。盾という単語に反応してライゼの額に青筋が浮かんだ。
「あんたがただのザコ犬ならここまでしないけど、人間の頭を持ってんのは厄介だってガネット様も言ってたし。用心よ、用心」
「抵抗はしない」
「そんなこわーい目で睨んでるくせに?」
ライゼを無力化する人質を手放す気はないのだろう。俺たちの前に現れた異世界転移者はニヤニヤと笑いながら話し続ける。
「変に暴れられても困るし? この子を助けたいなら命令に従ってもらうわよ」
「……何をさせる気だ」
「簡単よ。あんたには、自分の手で死んでもらう。それだけ」
空気が凍り付く。中学生が口にするとは思えない単語に、俺の喉がヒュッと音を立てた。
「こいつを助けたいなら明日の朝、あたしらが来る前に森の外で死んで。そしたらこいつも他のやつも見逃してあげる。でも約束を守らなかったら、そうね……」
罰ゲームでも決めるかのような軽い声色で、女子中学生は話を進めていく。彼女は少し首をひねると、良い遊び方を思いついたと言いたげな、無邪気な笑みを浮かべた。
「あんたの目の前で一人ずつ殺していくってのはどうかしら?」
「――――ッ!」
「強いのもあんたしかいないんでしょ。ならここの連中を全員捕まえてぇ、一人ずつあんたの前で死なせるの。暴れたら困るから毎回一人は人質とって、あんたは最後から二番目にまる焼きにして殺してあげる!」
「……外道が」
「すっごくすっごく痛くして、苦しませる。そんな可哀そうなことしたくないでしょ? なら、約束は守ってよね」
蝶の羽を楽しそうにむしり取る子供のような、何が悪いのかわかっていなさそうな笑顔。その表情に俺はうすら寒いものを覚えずにはいられなかった。
女子中学生はそれだけを伝えにきたのか言いたいことを並べると、射殺しそうな視線で睨みつけるライゼに背を向けて森の外へと歩いて行く。もちろん、ポールも一緒にだ。鼻歌交じりに去っていく彼女の背を、ここにいる誰も追いかけることができなかった。
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