六杯目 抜け出せない、喪失感

 温かな日が続き、日中は少し、汗ばむ程だった。

 だが、ここ数日は一気に冷え込みはじめ、やはりもう、季節は冬なのだと、思い知らされる。


――――あの日も、寒い日だったな…。

 

 会社へと向かう電車内で、流れゆく景色をぼんやりと眺めながら、蘇る、記憶。

 

 あの日、私が別の選択をしていたら、今とは違った未来が、あったのだろうか。

 今もまだ、幸せな日々が、続いていたのだろうか。

 今もまだ、陽太が隣に、居てくれただろうか。

 皆それぞれ、傷みを抱えて生きている。それでも、向き合い、乗り越えているだろう。でも、この傷みと、どうやって向き合えば良い……?

 もう、何度繰り返しただろうこの問いに、答えるのは他でもない、自分だとわかっているのに。


「紗羽。お昼行こう」

 仕事が一段落し、廊下に出ると、琴葉が待っていた。

「うん、行こう」

 琴葉と休憩時間をとるのは、すっかり当たり前になっていた。琴葉にも、随分と心配をかけたし、迷惑もかけた。

 きっと、今でも…。

 

「そうだ、紗羽。これ、見て」

 食事をしなから、琴葉は、ある情報誌を私に見せてきた。

「紗羽に見せなくちゃって、思ったの」


 そのページには、かつて陽太と行っていたカフェの近くの、大きなクスノキのある公園が掲載されていた。

「この公園、陽太くんと、よく行っていた場所じゃない?」

 沈痛な表情で、琴葉は言った。確かに、カフェの帰りは、よくこの公園に寄っていた。

 あの日以来、足を運ぶことは、無くなってしまったけれど。公園以外の場所も、全てそうだ。

 陽太が居ない現実を、痛い程、感じるから。

 クスノキの写真と共に書かれた文章を読み進めると、近々、マンション建設予定により、予定地内にある公園も、閉鎖することが決まったと書いてあった。

 無くなってしまうんだ、あの場所……

 胸の奥が、キリキリと痛くなり、スーツのジャケットの襟を、無意識に、ギュッと掴んでいた。

「紗羽。行ってみたら…?」

 琴葉の、柔らかい声と手が、私の固く握った手の上に、重なった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る