第27話主人の異変と夫婦の危機

それは突如として起こった。

私は車で駅まで主人の送り迎えをしていたのだが、迎えの要請をしなくなった。

そして歩いて帰ってくるようになったのだ。

駅までは2キロはある。

でも、当時の主人は会社でのストレスがひどくなると歩くことで発散することがあった。

しかも、帰宅してもそのまま書斎にこもってしまうのだった。

夕食も食べようとせず、口もきかない。

私は私の病気の時の負い目もあるので、咎めなかった。

でも、体が心配だった。

それで書斎に主人の様子を見に行くと、床に倒れていた。

慌てて、声をかけると目を開けて一言「うるさい」と言った。


「ご飯も食べずにこもっているから心配で・・・。」

「いいから一人にしてくれ。」

もともとショートスリーパーの性質だがここのところ眠りも浅いようだった。

会社の愚痴は言わないので、何が起こったのかわからない。

しばらくは静観するしかないようだ。

「とにかくご飯は食べて。そのあとは好きにしていいから。」

でも、主人は書斎からは降りてこなかった。

私は自分の病気の時の主人の心境を思って悔やんだ。

私自身、冷たくしていた時があったのでおあいこだと思った。


翌日も主人は歩いて帰ってきた。

今度は夕食には手を付けたが、食べ終わると書斎にこもってしまった。

息子も異変に気付いて、「パパどうしちゃったの?」と心配していた。

そんなことが1週間ほど続き、帰りの連絡をしてくるようになった。

「迎えに来てくれる?〇時に駅に着くから・・」

私は飛び上がって喜んだ。

何かが解決したのだろう。

駅に迎えに行くと、普段通りの主人に戻っていた。


主人は社内の業務監査をする部署にいた。

そして、ある部署の不正の証拠を見つけていた。

公金を横領していた社員がいたのだった。

そのチームの陣頭指揮は主人がとっていた。

「横領していた人が〇んでしまったんだ。」と主人は言った。

「俺は相手を追い詰めすぎるなと言ったんだけど、部下がつるし上げたみたいで・・。」

「俺は責任を取らされて査問委員会にかけられてたんだ。」

「監督不行き届きってやつでさ・・。」

「でも、事情が考慮されて訓戒処分で済んだ。部下は会社を辞めたよ。」


全国を飛び回ってあらゆる営業所に抜き打ち検査をして証拠をあばいたり、無駄な業務を指摘したりするハードな部署に主人はいた。

「奥さんには恨み言を言われたよ。『人〇し』ってさ・・。」

辛い仕事だと思った。

それなのに私はとんでもなく迷惑をかけ続けていたのだ。

「会社でも家でも問題だらけで辛かったでしょうね。本当にごめんなさい。」

「恵美子ちゃんは病人なんだから仕方ないよ。それに今回は俺の問題だし。」

こんなに激務の人を私は病気で追い詰めていたのだ。

自分が情けなくて仕方なかった。

「とにかく、決着はついたからさ。ところで今日の夕飯は何?」


主人の精神力の強さに恐れ入った。

この部署では鬱になる人も多かった。

精神に変調をきたす人が出るたびにその肩代わりも主人はやってきていた。

強い精神力がなければ勤まらない部署だった。

でも、頭痛持ちの主人はストレスや低気圧で頭痛が来るとき薬を常用していた。

それが、ある臓器を蝕んでいたのだった。

それは沈黙の臓器と言われている腎臓だった。

頭痛が普通の薬では治まらないことが多いので、脳ドックへは通っていたが、腎臓は尿たんぱくが多少出るくらいで、自覚症状はなかったのだった。

まだ私たちは本当の病気の怖さを知らずにいた。


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