第18話妄想か現実かわからない夜

その夜は普段通りに主人が帰ってきた。

「先にお風呂に入ってて。すぐに食事の支度をするから。」

私は下ごしらえしてあった食材を料理し始めた。

ポテトサラダにレバニラ炒めと餃子。それにご飯とお味噌汁。

一通り作り終えたころ、主人がお風呂から出てきた。

「梅酒もそろそろできたころだと思うから飲んでみる?」

「いいねぇ。」

「おつまみにルイベも出すね。」

「ルイベって何だっけ?」

「イカのはらわたの凍らせたやつ。」

「私も梅酒飲んでみようっと。」

夕食は普段通りに終わった。

「後片付けは明日やるね。お休みの日だし・・。」

私はそう言って寝室に入っていった。

普通の新婚生活の夜だった。

真っ暗な中、「お待たせ」と声が聴こえた。

そして布団の中に入ってきた。

「無抵抗やがな。」

「なんで関西弁?」

主人は東京生まれの東京育ちだ。

「おっと。なんでもない。」

「え、恵美子ちゃん愛してるよ。」

「最大限優しくするからね。」


「何もかも理想通りだ。」

「やっぱり見たい。」

そう言って寝室の常夜灯をつけた。

「そんなことしたら・・。」

「全て計算済みだ。」

「えっ?」

気が付くと逆光の中立ち上がってこちらを見ていた。

「俺の顔、見える?」

「見えない。真っ黒で・・。」

「俺には恵美子がよーく見える。」

「おまえ、きれいなぁ。」

私は裸で膝立ちになっていた。

「何してるの?」

「お前を眺めてる。」

「やだ。恥ずかしい。」

「隠さないで。目に焼き付けるから・・。」

私は覆っていた手を下ろした。

そして立ち上がろうとしたら、肩を押さえつけられた。

「だめ。」

「どうして?」

「ショックを受けるといけないから。」

そして「もういい。気が済んだ。続きしよう。」

そう言って常夜灯を消して真っ暗にした。

「なんで真っ暗にするの?」

「この方が恥ずかしくないだろう?」


そして愛し合っている時、私は彼の頭を抱きしめた。

「あれぇ?どうしてこんなに髪が硬くなったの?」

「髪が硬い?俺、そんなこと床屋に言われたことない。普通だろ・・。」

「だってあなた、猫みたいにやわらかい毛のはずなのに・・。」

「それに量もなんだか増えたような・・。」

「ばれたか。ばれちゃしょうがねぇ。」

「ここまで来て途中でやめられないよ。最後までさせて。なぁ・・。」

「おまえは何も考えずに俺の腕の中にすっぽりはいってろ。」

「おまえは頭が弱いさかい。なんでおまえが頭が弱いんだ。こんなに賢いのに・・。」


そして息が止まるくらい抱きしめられて、離れて行った。

寝室から出て行って、すぐまた戻ってきた。

「こんな馬鹿馬鹿しいことは終わりだ。」と言って電気をつけた。

煌々とした光の中に立っていたのはまぎれもない主人だった。

「早く服を着て!」

「リビングには絶対裸で出てきちゃだめだよ!」

「わかってるよぉ。」と私が言った。

そして、タンクトップとショートパンツのベビードールのようなパジャマを着てリビングに出てきた。

「じゃーん。これでいい?」

「ちょっと問題あるけど、まぁいいだろう。」

「問題って何の問題が?」

「ねぇ。どうしてさっき『おまえ』なんて言ったの?」

「おまえ・・。嫌じゃないの?俺は言わないな。」

「恵美子ちゃんは恵美子ちゃんだ。『おまえ』なんてまるで昭和のオヤジじゃないか。」

「今日は何かが変だ。」私が言った。

私たちは下の名前で呼び合っていた。

『あなた』と『おまえ』なんて呼び合ったことはなかった。

私は主人の髪を触った。

「やっぱり柔らかい。猫の毛みたいだわ。」


主人はそれには答えず、話題を変えた。

「ところで、投資はもう始めた?」

「まだ。わからないことがあって・・。」

「まだ始めてないの?何がわからないの?」

「日経平均って銘柄を入れ替えたでしょ?電気関係ばかりになったって本当?」

「あぁそうだよ。基幹産業だからね。」

「経済の実態を表しているって言えるの?めちゃくちゃ偏ってるじゃない?」

それからも様々な株談義をして主人が舌を巻いた。

「6か月だろ?6か月でなぁ・・。」

「何が6か月?」

「俺が恵美子ちゃんに株の勉強するように頼んでからの期間。」

「それなら6か月じゃないよ。」

「もっと前からやってたの?」

「最初は予算と実際の支出がどれくらいか調べることから始めたから・・株に手を付け始めてからは3か月くらいだよ。」

「たった3か月!」

「たったっていうけどね。私だってそんなに暇じゃないんだよ。家事と家計簿付けとか予算との乖離とか調べたりして・・。」

主人は首を振った。

「たった3か月でもうそんなにわかっちゃったの?これだから天才型の人は・・。」

「わかってないよ。勉強すればするほど次々に疑問が湧いてきて今じゃ何が何だかわからなくなってるよ。」

「いいや。一番大切なことがわかってるじゃないか。握手しよう。」

私はなんだかわからないまま主人と握手した。

「これでもう大丈夫だ。最初から損しないで株式投資出来るなんてことがあるのか?でも恵美子ちゃんならあるかもしれない・・。」

「私に損させたいの?」

「損しないと普通は学ばないからだよ。だから俺の金を運用してほしいんだ。」

「いやだ。やるなら私のお金でやる。」


私は眠気を感じて「今何時?」と聞いた。

「もう夜中の2時だよ。」

「私、もう寝るね。」

「今日はもう疲れただろう。ゆっくりお休み。」


私は寝室に入って横になった。

そして間もなくエレベーターホールの方から「わぁぁぁ!!」という叫び声が聴こえた。

私は驚いて玄関へ行きドアノブに手をかけた。

すると主人が「開けちゃだめだ。恵美子ちゃんのためだよ!」と言った。

私はドアノブを離しリビングに戻ろうとした。

すると外から「恵美子!恵美子!」と言う悲鳴のような声が聴こえた。

「俺をこんな恐ろしいことに巻き込みやがって!深追いするからだ。もう相手は決まっているのに・・。」

そんな声も聴こえた。

主人が「思った通りだ。俺、なんともない。これで恵美子ちゃんの価値が変わるわけじゃない。傷つくのはあっちのほうだろう。」とつぶやいた。


こうして幻想のような夜は更けていった。

私は翌日には忘れてしまったが、後にこの夜のことがフラッシュバックしてきて私を苦しめるのだった。







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