第10話帰り道での遭遇・・そして無言電話
母に電話をすることを禁じられたとき、こんなことを言っていた。
「恵美子はもう治っているんです!どうしてそんなこと言うんですか。あなた誰なんです?名前を名乗りなさい!!」
「前田なんて名前、恵美子の口からきいたこともない。とにかくもう電話しないでください。」
階下でそんなやり取りが聴こえてきたが私はすぐに忘れてしまった。
保険の営業で半年が過ぎ、冬が近づいていた。
「・・さん!」「・・さぁん!!」帰宅ラッシュの中そんな声が響いていた。
そして最初の角を曲がるとき「高田さん!!」と聞こえ、私は振り返った。
そこは直進と右折の道の途中で、前田さんはどちらに私が進んだのかわからなかったみたいだった。
「前田さん?まさかね。。」私は後戻りはせず、そのまま階段を下りて行った。
次の日からも仕事は続いた。
私はそこそこの成績を上げていたが、やはり歩合の仕事というのは性に合わなかった。
それに、必要のない人に保険を売りつけるのも気が進まなかった。
ある日、営業先の人が転職し、その転職先にも営業に行くことになった。
「女の子を集めて合コンしてくださいよ。」
私は見込み客である岡山さんに言われて合コンをセッティングすることにした。
同僚に付き合ってもらい、渋谷で待ち合わせをした。
そこに現れたのが工藤さんだった。
工藤さんとは前職が同じ業界で話が盛り上がった。
話し上手な工藤さんのおかげで楽しく合コンできたのだった。
そしていつしか、工藤さんと付き合うことになった。
工藤さんは「お互いに年も年だし、結婚を前提にお付き合いしましょう。」と言ってくれた。
私はプロポーズを真正面からされたことがなかったので舞い上がってしまい、「私で良ければよろしくお願いします。」と言った。
そして、私は前職の会社での方針がわからず疑問に思っていたことを経営企画にいた工藤さんに解説してもらっていた。
工藤さんに経営の話をしてもらうのが楽しくて、いつもデートは話題に事欠かなかった。
それに株式投資や金投資などの話も新鮮だった。
前の会社では競馬やパチンコの話しか聞かなかったからだ。
工藤さんは私よりも年下だったが、それを感じさせなかった。
ある日、素敵なお店に連れて行ってもらい、「好きなものを選んで。」と言われた。
そこは宝石商で工藤さんは金投資をしていたのだった。
私は見る宝石に圧倒された。ジュエリーショップと違い値段がうんと高かった。
そんななかでもカジュアルに付けられそうな指輪を見つけ選んだ。
「これがいい。」
「こんなのでいいの?予算の1/3もいってないよ。もっとじっくり選んで。」
「等価交換できるからお金はかからないんだよ。遠慮しないで。」
「これがいいの。ありがとう。」
その年の年賀状に前田さんのいたA社の同僚の女の子に結婚するかもしれないと書いて出した。
するとA社では大騒ぎになったそうだ。
誰と結婚するのかみんな噂で持ちきりとなった。
しかし、相手はわからずじまいだったと後輩の大野さんが教えてくれた。
翌年になって無言電話が頻繁に掛かるようになってきた。
誰からかはわからなかったが、私以外の人が出るとすぐに切れてしまい、私が出ると無言のまましばらく繋がったままだった。
そして私は保険の営業をやめ、派遣社員として商社で働くこととなった。
そのビルは、またしても移動したA社の向かいのビルだった。
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