第7話仕事を手伝ってあげて・・そして突然の別れ
「あなたに決定です。少し変なところもあるけどもういいや。気にしないことにします。」前田さんは私のところに言いに来た。
「決定ってなんのこと。何が決まったの?」私は聞いた。
「そうやって、いつまでもとぼけていてください。」そう言って前田さんは去っていった。
前田さんは私を結婚相手として意識していたらしい。
しかし、前田さんの言葉を片っ端から忘れてしまう私には何のことだかわからなかった。
次の日、前田さんが仕事のことで行き詰まっているようだった。
私は前田さんのアシスタントにあるプログラムのリストを出してくれるように頼まれた。
「もう頼るのは高田さんしかいないんです。」とアシスタントの子は言った。
プログラムを出し方を教えてあげたが、それは芳しいものではなかった。
オフィスの反対側で前田さんが声をあげた。
「そんなはずないよ!何かの間違いだよ!!」
「だから高田さんに聞かないとわからないんだってば。」
「せっかく出してくれたのに、あなたのリストおかしいですっていうのかよ。」
私は、あることに気が付いて、二人のところに行った。
「リスト出た?粗利の数字、おかしくなかった?」
「原因がわかるんですか?」
「多分、RPAのせいだと思う。」
「RPAって何ですか?」アシスタントが聞いた。
「そっちの部署じゃ呼び名が違うのね。こちらのRPAはそっちの何だろう?」
「よし、大竹に聞いてみよう。」
「まって。初めに安く売っておいて、後から仕入れ値をメーカーに下げてもらうシステムがあるでしょう?」
「DPAだ!当り前じゃないか。なんで気づかなかったんだ。」
前田さんは叫んだ。
私は「DPAっていうの?それ。このリスト、単に売値と仕入れ値を表してるだけだから。」
アシスタントは「DPA?なるほどわかりました。じゃあ後はDPAの価格を調べて・・」
「どうやって??」と前田さんが言った。
「ちょっとプログラムのマニュアル貸して。」と私が言った。
そしてDPAのナンバーがリストに出るようにプログラムを書き換えてあげた。
「これなら、調べられるでしょ。」
「後はDPAのファイル見せてくれる?」
「これが悶着の種なんですよ。。」
「悶着の種?それはいったい・・。」
ファイルはランダムにされていて、客先もDPAナンバーもバラバラだった。
「これでどうやって後から調べるの?」
「一から調べているんです。ファイルする時間がなくて、来た順なんです。」
「だめだ。そんなの。これはファイリングとは言わないよ。」
と私が言った。
「じゃあ、ついでだからDPAのファイルもプログラムしてあげる。」
私はDPAのファイルを受け取り、「これも気に食わないからファイリングし直すね。」と言った。
そしてプログラムをして、ふと思いつき、もう一つリストを作った。
ファイリングの方は、顧客順のDPAの大きい順に並べ直すのを後輩に手伝ってもらった。
プログラムのリストが出たところで、「これを使って調べてみて。」と言った。
「それからこれは前田さんに・・。客先の別の工場から同じ商品が欲しいって言われることがあるでしょう?」
「あります。あります。よく、あります。」と前田さんが答えた。
「そんな時、あらかじめメーカーがどこまで譲歩するかわかれば価格交渉に使えると思って。」
「ソートの位置変えただけなんだよ。プログラムって便利でしょう?」
リストを見た前田さんは「俺、こんなのがずっと前から欲しかったんだ。」
「そう。じゃあ使ってね。」「ありがとう!」と前田さんは言った。
すると後輩の大川さんが「ちょっと見せてくださいよ。いいなぁ。俺にもこんなのがあればなぁ。」と言ったので「出してあげようか。」と私が言った。
「お手間取らせるのはちょっと・・。」と遠慮したので、「取らせるほどのお手間でもないからいいよ。やってあげるよ。」と言った。
それでも大川さんは「いやぁ。出すの、難しいですか?」と聞いてきた。
「難しくないよ。もう出来てるんだもの。あとは社員番号を入れ替えるだけ・・」
「それなら俺にも出来ますよ!」ということで自分で出すことになった。
出てきたリストを見て「これさえあれば大丈夫だ。」と言ったので私は「役に立ちそう?」と聞いた。
すると大川さんは「家宝にします。」と言った。
私は思い付きで作ったものが大いに役に立ったようで嬉しかった。
「あなたは今、うちの部署の長年の問題を解決したんですよ。」と前田さんが言った。
しばらくすると、前田さんの売り上げは見事に利益が出ていることが判明し、問題は解決した。
「俺、利益が出ていなかったら、会社を辞めろって言われていたんです。」
前田さんは今にも泣きそうな姿でつぶやいた。
私は「なんでそんなことになっていたの?」と聞いた。
「いつも大口たたいているから、まずはお前から調べろと言われて・・。」
「私のせいなんだわ。いつも粗利で利益率が高ければいいと言われていたのを、個別で税前で利益が出ていなければ意味がないってこのリストを作ったの。10,000個を一件で売るのと一個ずつ10,000件売るのが同じ経費の理由ないでしょう。」
「情報システムが絶対に不可能だといったことがどうしてあなたに出来るんですか?」
「発想の違い。このリスト見たら、こんな簡単なことで良かったんだって言うと思うよ。私はプログラムのマニュアルに載っている項目しか使えないの。件数カウントっていう項目を使って作ったの。」
ここで後輩の大野さんが「できました。」と言ってDPAのファイルを持ってきた。
「ごめんね。全部やらせちゃったね。」「さぁ。ファイルも出来たよ。ファイルするときは顧客別のDPAナンバーの大きい順にファイルするだけ。調べるときは顧客別のDPAナンバーの大きい順にみて行けばいい。」
「なるほど。こうすればいいんですね。」とアシスタントの女性が言った。
ファイルを見ていた前田さんが「完璧。」と言った。
後日、本社で前田さんのチームの会議が行われ、問題点が追及されたようだ。
「俺、会議でヒーローになってしまいました。」
「良かったじゃない。」
「ちっともよくありません。こんなの俺の実力じゃないもの。俺はあなたに命救ってもらったんですよ。」
「そうなの?でも結果オーライじゃない?」
「今回のボーナスで最高評価してもらったんです。あなたにも還元しないと。」
「お礼なんていいよ。」
「欲しいもの。いっぱいあるでしょう?言ってみてくださいよ。」
「自分で買うからいい。」
そんなやり取りをして、私は申し出を辞退した。
しばらくして、前田さんの大阪行きが言い渡された。
でも、前田さんは固辞した。
「断ったら、全く別部署に回されることになりました。でも、場所は新宿です。新宿なら会えますよね。会おうと思えばの話ですけど・・。」
けれども、私はそのことも忘れてしまった。
前田さんに連絡することはなかった。
そして私は松川さんに執着していくことになる。
この一連の出来事も発病後に頻繁にフラッシュバックしていくことになる。
フラッシュバックの中にはこうした良い思い出のものもあるのだ。
恐怖のフラッシュバックもあるが、これだけよく覚えているのはフラッシュバックのおかげでもある。
こうした良い思い出のフラッシュバックの時は、うっとりしたような恍惚の状態になった。
脳内のドーパミンが過剰に分泌されるせいで脳が興奮状態になるのだった。
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