第6話痴話げんかを聞いて・・再びなくなる記憶

「結婚したら、子供は欲しいですか?」昼休みの時、前田さんは聞いてきた。

「仕事と子育ての両立は難しいだろうね。」と私は言った。

「やっぱりそうですか。それならマンションの上と下で住むというのはどうですか?」

「嫌だ。そんなの不経済でしょ。」

「あなたに経済観念なんてあるんですか?」

私は買い物依存症気味で海外旅行にも頻繁に行っていたが、ボーナスの半額は貯めていた。

家にもお金は入れていた。

前田さんはそれを勘違いしていたのだ。

「じゃあ、結婚のメリットを教えてくださいよ。」

「知らない。自分で考えて。」

そこで食い下がるのを諦めて、去っていった。

後にその話を仕事仲間の女性にしたら、「プロポーズされていたの?」と驚かれた。

しかし私は結婚観に対する一般論を言っているのかと思っていた。

時代は男女別姓法が話題になっており、そのことについても聞かれていた。

「高田武志じゃゴロが悪いですよね。」と前田さんが言った。

今にして思えば、結婚を意識していたのかもしれない。

だが、付き合ってもいないのに、結婚なんてという気持ちがあった。

後輩の女性にも別姓法について聞かれた。

「自分の苗字って大事にしたいと思いませんか?」

「別に高田なんて苗字いくらでもいるからいいでしょ。」

「夫婦の力関係にも関連がありますよね。」

「同じ姓になるのに抵抗がある人同士が夫婦としてやっていけるの?」

「覚悟が必要なんじゃない?」

私が言うと、「それでも、結婚にはメリットが必要なんじゃないですか?」と食い下がった。

「結婚ってメリットデメリットでするものなの?もし片方が病気にでもなったらメリットがなくなったからと言って別れるの?そんなのだったら、最初から結婚なんてしないほうがいいよ。」

私が一気にいうと、前田さんがそばで聞いていて、「わかりましたよ。どうしてそうなっちゃうのかな・・。」と独り言を言った。

「結婚はこの人となら苦労しても構わないと思えるような人が現れてからするものだと思う。」私が言って話は終わりになった。


明くる日、私と同じグループの中林さんが前田さんのところへ行った。

「生理が来ないの。責任取って。」

前田さんは冷たく言い放った。

「出してねぇよ。お前の勘違いだろ。」

「お前がしつこく誘ってくるからだろ。知らねぇよ。」

私はたまたま前田さんの席のそばを通った時だった。

「お前みたいな公衆〇所のような女、誰が一緒になるかよ。」

前田さんの同僚が目で合図した。

私が廊下を曲がろうとすると、前田さんが追いかけてきた。

「お前に関係ないだろ。」

「あなたは会社の女の子をなんだと思っているの!」

前田さんがたじろいだので、私はきびすを返してトイレに入ってしまった。

「あの軽蔑しきった目。あの目ににらまれたら・・。俺知らない。」

前田さんの同僚が言った。

「俺も知らない。」と松川さんが言った。

前田さんが焦って、私の後輩の大野さんに様子を見に行くように頼んでいた。

そして私はトイレに入った後、頭の中でプチっと音がして一連の出来事をわすれてしまった。

トイレから出てきた私は「何?」と言った。

みんな驚いており、大野さんは「高田さん大丈夫ですか?」と聞いた。

皆に私の記憶障害がわかった瞬間だった。

「まただ。」と前田さんが言った。

そして中林さんをつかまえて、「高田さんに余計な事言うなよ。とにかく俺はだしてないからな。」と言った。

ほどなくして中林さんは「やっぱり来たからいい。」と前田さんに言いに行った。

「ほら見ろ。だから言ったじゃないか。」

私の方を見ながら前田さんは悔しそうに言った。


それからしばらくして中林さんは本社へと移っていった。

私のことを少しでも理解しようと前田さんは私と近しい中林さんを誘ったらしい。

でも、前田さんに気のあった中林さんは前田さんを誘惑したのだった。

このことがあった後は、前田さんは皆に私のことを好きなことを公言するようになっていたようだ。

しかし、私は前田さんの言葉は聞くそばから忘れてしまい、意識することはないままだった。


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