第5話花火大会の夜。私の異変に気付く彼

あれから、前田さんと度々飲みに行くようになりその都度送ってもらった。

しかし二人の仲は進展しないままだった。

ただの同僚としての付き合いが続いた。

誘ってくるのはいつも彼の後輩で、「前田さんに頼まれたので、今日飲み会に付き合ってもらっていいですか?」と聞いてきた。

そんなある日、横浜で花火大会があった。

そこに誘われて皆で車に便乗し、出かけて行った。

そこで二人で花火を見ている時、前田さんが言った。

「いつまでこうしているんですかね。何か楽しいことに誘ってくださいよ。」

私は「私に楽しいことなんかないよ。やってることなんて憂さ晴らしばかりだから。」と言った。

「楽しそうに見えますよ。いつも海外に行ってて。」

「帰りの飛行機でね。いつも落ちちゃわないかなって思ってる。暗いよね。」

「驚いたな。なんでそんなこと思うんです?」

「だって、人生楽しいことなんて何もないもの。死ぬ理由がないから生きてるだけ。」

「あともう少し嫌なことがあったら消えちゃうかな。」

仕事に辟易していて人間嫌いになっている私はそんなことを言った。

前田さんは何か考えているようだったが、意を決して言った。

「あなた、壊れてますね。でもあんなことでどうして簡単に壊れちゃうんですか?」

「何のこと?」

「やっとわかった。とぼけてたんじゃないんだ。記憶が消えてるんだ・・。」

前田さんは独り言を言った。

そして「今から聞くことで、余計刺激しちゃうかもしれないけどどうしても気になるので聞きますよ。」と前置きして息を吐いた。

「レイプされたことありますか?」

「ない。」と私は答えた。

「良かった。でもじゃあなんでそんなにやけくそなんですか?」

「どうしてだろうね。昔からどうでもいいと思ってる。」

「じゃあなんでそんなに仕事を頑張っているんです?あなた見てるとイライラするんですよ。損ばかりしてて・・。」

私は仕事が増えるたびにやり方を工夫して定時で帰れるようにしていた。

するとさらに仕事を増やされていた。

その繰り返しだったのだ。

「本当に嫌になったらそのうち消えちゃうかもね。」

「人生なんてそんなものでしょ。」

すると前田さんが青くなって「俺、一人になって考えなきゃならないことがあるんで失礼します。」「帰りは大野の車に乗ってください。」と言われた。

私はわけがわからないまま、後輩女性の大野さんの車に乗せてもらった。

「けんかでもしたんですか?」と大野さんが聞いた。

「そうじゃないんだけど、何か機嫌を損ねたみたい・・。」と私は言った。

これは想像だが、一人になった前田さんは私との今までのことを必死に思い返していたのだと思う。

私の育ちを知らない前田さんは、私の記憶障害を自分一人のせいだと思い込んでいた。

そして、その理由のわからなさが余計に私に対する執着に変わっていったようだった。

逆に私の方は、前田さんとの会話はするそばからみんな忘れてしまっていた。

だから、前田さんが私に執着していることにも気づかずにいたのだった。


次の日、前田さんは昨日の私との会話について同僚の人たちと話しているようだった。

「えっ?高田さんがそんなこと言ってたのか?」

「自殺願望があるようなんだ・・・。」

遠回しに聞こえてくるオフィスの会話にも私は特に気にならなかった。

皆が私を見ていたが、仕事でそれどころではなかったのだ。

前田さんは私には告白してこなかったが、私に好意を持っていることを同僚たちには公言していたようだ。

それで、私が近づく男の人たちには、自分が好きだから手を引くようにと頼んでいたみたいだった。

私は前田さんとは違うタイプに惹かれていたが、その人からは相手にされなかった。

「俺のところに来たってだめだよ。俺はある人を見守っている。その人が幸せになるのを見届けるまでは誰とも付き合わない。」

「その男はすごい悪い奴なんだがそれでもそいつが一番似合うと思うからそいつと一緒になるまで見守っているんだ。」

私が好きになった松川さんはそう言った。

松川さんと前田さんは同郷で年も近かった。

彼らが繋がっていることは、私は病気になるまで知らないままだったのだ。


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