第2話就職して病気が発症するまで

会社に就職した私は、給料を猛然と貯め始めた。

ある日母に「こんなに貯金してどうするの?」と聞かれた。

「家を出るために貯金しているの。家を出てほしいと言い続けていたでしょ。」

「そんなことは認めない。貯金を取り上げるから。」と言われた。

私は、「出て行けと言われるから出ていくのに何がいけないのだ。」と言い返した。

その頃には父は単身赴任から戻ってきており、弟も国立の大学に入り家計に余裕が出来ていた。

父が私に「もうお母さんにうるさいことは言わせないからお嫁に行くまで家にいなさい。」と言われた。

私は母が私に干渉しなくなるならと渋々了承した。

こうして、母は仕事には干渉しなくなり家を出て行けと言うこともなくなった。

しばらくすると突然、大学の授業の場面がフラッシュバックしてきた。

それは法学の授業で子が親を殺す「尊属殺人」についての場面で、虐待されていた子供が親を殺した事件を扱ったものだった。

私はその時、子は親を選べないのだから普通の殺人より罪が重くなるのは法的におかしいと主張していた。

それが、いつもの私と違いものすごく興奮していたので友人に止められていた。

そのことは当時は全く忘れていたのに、突然何度も繰り返し思い出された。

私が主張して倒れそうになったことも当時は覚えていなかった。

これが最初の記憶の障害だった。

「どうしてあんなに興奮していたの?」と友人に心配されていたことも覚えていなかった。

それがどうして今になって思い出されるのか、それもものすごく臨場感をもってフラッシュバックしてくるのか、しかも卒業してから一年もたってからなのか不思議でならなかった。(今は尊属殺人は削除されている。)

私はそれが親への憎しみが引き金になって起こることなのだと後から知ったのだ。

それは、私の解離性障害(多重人格)の最初の発作だった。

まだ鳴りを潜めていたその病気は着実に私を蝕み始めていた。

そうした状態でも、一時的な思い出の一つだと思いなおして私は仕事を続けていた。

しかし、仕事でも記憶障害が起こり始めるのだが、それはまだ先の話である。


解離性障害について、ここで解説しておきたいと思う。

これは意識や記憶などに関する感覚をまとめる能力が一時的に失われた状態である。この状態では、意識、記憶、思考、感情、知覚、行動、身体イメージなどが分断されて感じられる。例えば、特定の場面や時間の記憶が抜け落ちたり(健忘=けんぼう)、過酷な記憶や感情が突然目の前の現実のようによみがえって体験したり(フラッシュバック)、自分の身体から抜け出して離れた場所から自分の身体を見ている感じに陥ったり(体外離脱体験)する。こうした症状が深刻で、日常の生活に支障をきたすような状態のことである。

これが多重人格として認識される場合もあるが、医学的には認めていない医者も多い。

私は5番目のサリーという本を読んで、自分と共通するところがあると思ったが人格が複数現れることは、本人の妄想として認識されることが多い。

私も病気がひどい時期は自分を横から見ているような幽体離脱したような感覚になったが、主治医はその症状も統合失調症の一つだとして共感してはくれなかった。


解離性障害と統合失調症の違いは、妄想や幻聴が聴こえることなどである。

統合失調症は比較的新しい名称である。

過去には精神分裂病と呼ばれていた。

精神が分裂するというと、いかにも恐ろしいイメージを持つが、これは統合失調症に顕著な幻覚や妄想の症状を指している。

また、統合失調症においては自らが病気にあるということを認識しにくくなる。

そして再発してしまうと一生治らない場合もある病気である。


だが、私はまだその病気のことは全く知らずにいた。

仕事に忙殺されて、自分の精神の不調には気づかなかった。


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