第20話 カタルのこれから(トワ編)

 あれから、目を覚ましたトワと二人でテムトの街へと戻った。

 鬼気迫るオレたちの雰囲気に飲まれてたのか、今回は町民も襲撃してこない。


「カタル様!? どうされました!? ボブは……!?」


 町長ノーズマンを無視して御者を叩き起こす。

 そして馬車を飛ばし、深夜を迎える前にラインハルトの舘へと帰ってきたのだ。


「帰ったぞ! 消化によいものを用意しろ! それから体を拭く桶と手ぬぐいもだ! トワがオレをかばって怪我を負った! 今すぐ医者を呼べ!」


 オレはトワをお姫様だっこで抱えてズンズンと中へと進む。


「あの、カタル様。私、自分で歩けますが」


「ええい、やかましい! お前はこの偉大なカタルの命を救ったのだ! だからこれくらいされて当然なのだ!」


「はぁ、そうですか」


「そうなのだ! だから今日くらい、いや明日くらいまではゆっくり休むといいのだ! お前の部屋では狭いだろうからオレの部屋で休むといい!」


「はぁ、ではお願いが」


「なんだ!? なんでも言ってみろ!」


「一緒に寝てほしいのですが」


「な……! お前、それは……」


言ってみろとカタル様がおっしゃったのでは?」


「言ったは言ったが、その……!」


「天下のカタル様が約束を破ると?」


「や、破らんっ! だがしかし……!」


 ジーッ。

 胸の前で手を組んでオレの顔を見つめてくるトワ。

 殺されかけて頭に血が上ってたから勢いで行動してきたんけど……これ……あれ……? なんかオレ……とんでもないことしてね……?

 舘に戻ってきて気が抜けたからか、急に腕の中のトワにリアリティーが増してくる。


「だがしかし、なんでしょう? あ~、具合が悪くなってきたかも。カタルさまが一緒に寝てくれないとこのままぶつけた部分が悪化して死ぬかもしれないです」


 真顔の棒読みで冗談を言うトワ。


「ぐぬぬ、こいつ……! わ、わかった……このカタルに二言はない……」


「え? 声が小さくて聞こえなかったのですが、もっとはっきり言っていただいても?」


「ああっ! 今夜! オレは! トワと寝る! いいか!? その代わり一晩で治せよ! 飯もちゃんと食うんだぞっ!」


 オレの照れ隠しの大声が舘中に響き渡る。


「ひそひそ……やだ聞いた? カタル様、けが人のトワを一晩中犯しまくるんですって……!」

「やはり鬼畜ね……! なんと恐ろしい……!」

「これでもしトワが死んだら……」

「きっと裏庭の幽霊みたいに化けて出るわね……」

「そういえば今日も出てたらしいわよ、幽霊……」


 侍女たちがあることないことはやし立てる。


「だぁぁぁあ! うるせー! とっとと飯持って来い! それから親父には明日報告するから黙って待ってろって伝えとけ! いいなっ!」


『は、はいっ……!』


 オレの剣幕に恐れをなしたように侍女たちは散り散りに走り散っていく。

 しばらく進むとカタルの兄ヘンリーが壁にもたれかかって引き攣った笑みを浮かべていた。


「よう、カタル。大変だったみたいじゃないか」


「我が兄よ、オレは急いでいるのだ。冷やかしなら後にしてくれ」


「ま、まぁそう言わずに……」


 なんだか落ち着かない様子のヘンリーの前をオレはツカツカと通り過ぎる。


「あっ、おい、ちょっと待って……」


 追いすがるヘンリーを無視して進んでいくと、後ろでヘンリーが妻のヴェロニカにドヤされている声が聞こえた。

 オレに兄の威厳を見せつけろとでもけしかけられてたんだろう。

 あいにく今のオレにそんなものに付き合っている暇はない。


「あれ、お兄ちゃんどうしたの? トワちゃん抱えちゃってさ。もしかしてラブラブ? 今日一緒に寝るって叫んでたよね? トワちゃん妊娠チャンス!? 子供で来たらボクとも姉弟だねっ、がんばっ!」


 今度は弟のアレクが現れた。


「えぇい、うるさい! 子供は早く寝ろっ!」


 真顔のまま頬を染めているトワに気づかぬふりをしながら、オレは寝巻き姿のアレクの前を通り過ぎる。


「あぁん、つれないんだからぁ~! お兄ちゃん、もっと遊んでよぅ~」


 意味深なニュアンスの言い方をするアレクの前を通り過ぎ、やっとオレは自分の部屋へとたどり着いた。


 ドカッ!

 ポイッ!

 ボフッ!


「ハァハァハァ……」


 背後には蹴り開けられた扉。

 眼前にはベッドに放られたトワ。

 三日間しか過ごしていない悪趣味なカタルの部屋だが、無事に戻って来られてホッとしてる自分がいる。

 大体オレは四日前までただの派遣社員だったんだぞ。

 こんな一日に何度も暗殺されるような生活に急に慣れろって方がおかしいだろ。


 コンコンコンっ。


「今度はなんだっ!?」


「あ、あの、いえっ……! お食事を持ってきました……! ここに置いておきますので……はい、すみません、ごゆっくりお休みくださいませ……!」


 そう言って侍女が慌ただしく走り去っていく。


(なんか八つ当たりみたいになっちゃったな……)


 申し訳ないな、と思う。

 だが、暗殺されまくる身にもなってみてほしい。

 神経がピリピリ尖りまくって、そりゃこんな物言いにもなるよ。

 ……もしかして、カタルもただそうやってピリピリ気を張り詰めてただけの奴だったのかもな……。

 いや、そんなはずはない。

 なんせ盗賊団を作って麻薬運搬ルートを確立するような純然たる悪だ。

 間違いなく悪者、悪役貴族だ。

 オレとは違う。


「カタル様」


 ベッドに潜り込んだトワが声をかけてくる。


「お食事を食べさせてくれないので?」


「食事か、そうだな。食べさせてやるとしよう。今日は世話になったからな」


 入り口に置かれたワゴンへと向かった、その瞬間。

 トワに腕を掴まれた。

 振り返る。

 トワは一糸まとわぬ姿になっていた。


「なっ……! おまっ……!」


「カタル様。食事とは、こっちのことでございます」


「んっ……んんっ……!!」


 口をふさがれる。

 何が起きたのかわからない。

 息苦しい。

 そして唾と汗くさい。

 あたたかい。

 いや、熱い。

 オレはトワの体を押しのけ──。


 られなかった。

 押し切られた。

 数時間。

 いや、数十分。

 もしかしたら数分かもしれない。

 数秒ってことはないはずだ。

 ベッドに入ってからの時間。

 わからない。

 何もわからないまま、一瞬で時間が過ぎ去ってた。

 現実感がない。

 もしかしたら夢なのかもしれない。


「スゥ……スゥ……」


 オレの隣。

 カタルの逞しい腕の中で寝息を立てるトワを見る。

 うん、夢ではない。

 トワは、充足感に満ちた顔でぐっすりと眠っている。

 寝息が顔にかかってくすぐったい。

 オレはトワを起こさないように頭を持ち上げると、そっとベッドを抜け出した。


 わからん。

 この状況をどう捉えていいのかわからん。

 そうだ、地下室……。

 オレのマイ防音室へ向かおう……。


 初めて女性を経験した夜、オレは裏庭へと向かってフラフラと歩き出した。

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