第19話 盗賊団騒動の結末

 ブチッ──!


 オレの中で何かがキレた。

 気がつくとボブを組みし、腕を逆手に取っていた。

 ボブの腕は曲がるはずのない方向へと曲がってだらんと垂れている。


 なんだ?

 なぜボブが?

 そんなことはどうでもいい。

 トワは?

 トワはどうなった?


 視野が狭い。

 周囲の声がよく聞こえない。

 ああ、自分の鼓動の音が鬱陶しい。


 無愛想なトワ。

 すぐに同衾してこようとするトワ。

 それを断ると、すねたようにいじけるトワ。

 ほんの三日間一緒に過ごしただけの無表情な侍女。


 なぜだ、なぜオレはこんなにも動揺している?

 オレはカタル。

 血も涙もない冷血非道、鬼畜のカタルだぞ?

 ……いや、違う。

 オレは、殿沢風太。

 死んだカタルの体に転生した──。

 日本人だ!


 次の瞬間、急にクリアになった頭に声が飛び込んできた。


「今だっ! やれッ! ドブっ!」


 声の主はボブ。

 ドブ?

 誰?

 そう思っていると、石碑の裏の茂みからボブが飛び出してきた。


 は!?

 ボブは今オレが取り押さえて……。

 あ……ボブじゃなくて、あれがドブ?

 ……双子!


 とっさに立ち上がり迎え撃とうとする。

 総合格闘技の全盛期の時代を生きてきたオレだ。

 それほど興味はなくても、おのずとグラウンドのイメージは湧く。

 その湧いたイメージをカタルの鍛え上げられた肉体が現実へとトレースする。

 そうやってこれまでの襲撃者たちを返り討ちにしてきた。

 今だって、不意はつかれたが大丈夫。

 ボブだろうがドブだろうがまとめて叩きのめしてやる。

 そう思って立ち上がろうとした。


「あっ──」


 体が重い。立ち上がれない。

 ボブが、オレの体を掴んでいる。


「くっ──! 離せ──ッ!」


「今だァ! やれぇぇぇぇぇぇ!」


 迫りくるドブ。

 あっという間に距離が縮まる。

 そして、もうあと一息というところ。

 ヤバい。

 終われない。

 こんなところで。

 何も知らない、わからないまま。

 嫌だ。

 あぁ……せめて。

 せめて、もう一度あのマイ防音室に……!

 オレは、カタルの体に全力を注ぎ込む。


「ぐぉおおおおおおおお!」


 ドンッ──!


 ボブそっくりの男、ドブの放った刃は。

 オレの持ち上げた、ボブの体を貫いていた。


 ドッ──!


 そのままボブの体を押し付け、ドブを地面に叩きつける。

 オレとボブ、その二人の重さで押さえつけられたドブは、粘着シートに貼り付いたネズミのようにバタバタと手足を振り回す。


「ボブゥゥゥ! なんで……! 貴様ァ!!」


 気持ちが先走って言葉にならない。


「ボブっ! お前最初っから……! くそっ……! 昨日お前を褒めたのに……! 昔のオレをお前の中に投影してさ……! それが……それなのに、こんな……!」


 昨日、トワがボブを見下すような仕草をした時にイラッとした。

 昔の自分が馬鹿にされているようだったから。

 だから気にかけた。

 褒めたし、いい気分で仕事をしてもらえるように気も遣った。


 なのに、こいつは最初からオレを殺す気でここに連れてきてたんだ。

 テムトの街で八人に襲いかかられた時もそうだ。

 助けもせず、ずっとこいつは考えてたんだ。

 どうやったらカタルを殺せるか、って。

 その結果がこれ。

 オレの意識がダラズ軍に向いてる瞬間に後ろからズドン。

 仮に失敗しても、双子の二段構えでさらにズドン。


 オレの中がボブに対する怒りで満たされていく。

 すると、そのボブが弱々しい声で話しだした。


「カタル様……私の天蓋張り、褒めていただいてありがとうごぜぇました……」


「はっ!? 貴様、何を言って……」


「私、生まれて初めて人から褒められて……嬉しかっ……ガフッ! ガフッ、ガフッ……!」


 ボブが弱々しく咳き込む。

 咳に混じり、口からは赤黒い血が吐き出される。


「な……なんだよ、それっ! オレたちを襲っといて、ありがとうだって? ふざけてんのか、てめえっ!」


「ボブっ! 貴様、何を敵とごちゃごちゃ喋っている!? それより早くこの体をどけろっ! どけんかぁぁぁぁぁ!」


 オレのドブの体に押しつぶされたドブが叫ぶ。

 そのドブに、ボブが弱々しく語りかける。


「ドブ……オレたちゃ終わりだ。オレらが今まで一回だってナバ様に褒めていただいたことがあるか? 糞みてぇな領主と血も涙もねぇボス……。そんなのがカタル様相手に口火を切って、オレたちゃこれからどうなるよ……? なぁ、ちゃんと考えろドブよ。ここらがオレたちの幕の引きどきよ……。悪人なら太く短く生きろ、だろ?」


 悪人なら太く短く生きろ。

 たしか昨日、テムトで襲撃してきた男にオレが言った言葉だ。

 あの時の説教がボブの心を動かしてたっていうのか?


「るせぇぇぇぇぇぇ! 兄弟の中で一番落ちこぼれの貴様が今まで生きてこられたのは誰のおかげだと思ってる!? いいから早くその体をどけろぉぉぉぉぉ!」


 ナバ様?

 ……ナバ一味のナバ?

 糞みてぇな領主ってのはドボルのことか?

 ってことは、やはりこいつらはダラズ領の手先……。


 ザッ──。


 考えを巡らせていたオレの視界が影で覆われた。

 顔を上げる。

 影の主は、ドボル。

 オレを憎んで憎んで憎みまくっている男、ドボル・ハマル・ダラズが目の前に立っていた。

 

(やべぇ……! こいつらがドボルとグルだとしたら──! 手を放してこっちを迎え撃つか!? いや、でもそうしたらドブが……!)


 どちらを選んでもオレに待ち受けてる運命は──。

 死。

 おまけにドボルの後ろには軍隊が控えてる。

 これは──詰んだ、か……?

 血の気が引く。

 覚悟を決める。

 ああ、こんな終わり方をするくらいだったらエレナにもトワにも手を出しておくんだった。

 この期に及んでそんな下衆なことを思う自分に嫌気が差す。

 見上げたドボルの顔つきは歓喜と興奮に打ち震え、醜悪に歪んでいた。


「ムヒっ……ムヒヒヒヒッ……カァ~タァ~ルゥ~? まさか貴様が私の前でそぉんな姿を見せる日が来るとはなぁ~? そいつらがどこの誰かは知らんが感謝感激雨あられっ! 今まで神など信じたことはなかったが、確実にいるっ! 神はっ! ここにっ! いや、むしろ私こそがきゃみっ! さぁ~、カタルぅ~? 私の積年の恨みを思い知るがよい……ハァハァ……」


 ヌラリ。


 ドボルが腰からレイピアを抜いてオレに向ける。

 くそ……ここまでかっ……!

 トワ……トワだけはせめて無事でいてほしい。

 エレナ……聖母のような美少女にも関わらずキチゲを溜めまくってたあの子のこれから先も心配だ。

 あぁ、カタル……!

 てめぇの残したわけわかんないしがらみの数々を憎むぜ……!

 そう思ってギュッと目を閉じた時。


「ドボル様! よくお考えください!」


 ダラズ領の兵士の声。


「たとえあなたが事故だったと主張されても、王国の寵愛を受けるブラックスパインの御曹司カタル様をここで死なせたとあっては責任の追求からは逃れられませぬ! 最悪、お家の取り潰しもありうるかとっ!」


 ピタッ。

 ドボルの手が止まる。


「お、お、お家の取り潰し……ぃぃぃん……んんんん……!」


「ドボル様! 思い出してください! 先代のドツボ様がいかに苦心してダラズを存続させてきたかを! それをここで途絶えさせてはなりませぬ! どうか! どうか今一度熟慮のほどをっ!」


 ガチ……ガチガチ、ガチガチガチガチガチガチ!

 ドボルが激しく歯を噛み鳴らす。

 そしてドボルの顔は苦痛に歪み、百面相のように変化していった。


「ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬ……憎きカタルが……今、目の前で首を晒してるのとうのに……! 手を出せない……手を出してはいけないだとぉ……!? あああああぁぁぁ! でも我が父ドツボの築いてきたダラズを潰すわけにはぁ……! ぐぁ! ぎゅあっ! ぎゃぁっ!」


 ドボルは自分で自分の顔を殴りまくる。


「ハァハァ……わかった……わかったぞカタル……。いつでもお前を殺せるということがぁぁぁ……! そうっ、別に今でなくてもよい。今はただ運によって転がり込んできただけのチャンスだったが、きっと今後また必ず貴様を地獄に叩き落す機会を得るはず。なぜならっ! 私はきゃみに愛されているということがっ! 今日っ! 証明されたからだっ!」


 晴れ晴れとした表情で天を仰ぐドボル。


「ということで……隣領ブラックスパインからの客人カタル・ドラクモア・ラインハルトに害をなす賊二人をひっ捕らえよっ!」


「ハッ!」


 ダラズの兵士たちがボブとドブを取り押さえる。

 オレに肩を貸そうとした若い兵士を跳ね除けてオレは尋ねる。


「トワ……トワは!? トワは無事なのか!?」


「安心してください。すでに我々の軍医が介抱しています。気を失っているだけです。傷はありません」


「そ、そうか……感謝する……」


 張り詰めていた緊張が一気に解ける。

 指が震えていることに気づいた。

 もう片方の手でギュッと掴んで震えを押さえる。 

 兵士に連れられていくボブとドブが目に入る。

 ボブは左耳の後ろに大きなほくろが。

 ドブは右耳の後ろに大きなほくろがあった。

 それを見た瞬間、オレはスッと平常心を取り戻す。

 そうだ、オレにはまだやることがある。

 オレは再び冷酷で慇懃無礼な鬼畜貴族、カタルモードへと戻る。


「ダラズ領主ドボル! まずは寛大な処置を感謝する! 私の連れを介抱してもらったことにも礼を言おう! ただしっ! その二人は我々を狙った貴国の襲撃者! 二人を裁くのは私達だ! 今すぐ二人の身柄を引き渡せっ!」


 眉をひそめ、いぶかしげにこちらを見つめるドボル。


「そこ」


「えっ?」


「超えてる、領鏡。これはこっちの領内で起こった事件。だから、こっちで裁くのが当然」


 ブラックスパインとダラズを区切る領鏡の石碑。

 いつの間にか、オレはそこを超えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る