第18話 ドボルとの対決

 来てしまった、領境りょうざかい

 オレたちは早朝まだ薄暗い中を出発し、趣味の悪いゴテゴテとした漆黒と血の色の貴族服を引きずりつつ山登り。

 で、山頂で日の出を眺めて乙な気持ちになったりしながら茶をズズズ。

 それから下ること約一刻。

 けいの刻からの刻に移り変わる頃。

 オレたちは、まだダラダラと朝飯を食べているオフ感満載のダラズ領の軍隊のいる場所まで来てしまっていた。


「この石碑より向こう側はダラズ領となります。超えないように注意してください」


 左耳の後ろにあるほくろが特徴的な山男、ボブがオレに告げる。


「ああ、わかった」


 軽く返事をすると、オレはスゥと大きく息を吸い込む。


「ブラックスパイン領のカタル・ドラクモア・ラインハルト様がはるばる来てやったぞ! 責任者、出てこぉ~~~~~~い!」


 昨日一晩寝ずに悩んで決めたこと。

 それは、相手が軍隊だろうがなんだろうが、まず先生パンチをカマしてマウントを取り続けようということだった。

 マフィアの代理戦争なんかまっぴらゴメンだ。

 知ったこっちゃない。

 だから論点をズラしてズラしてズラしまくって。

 とにかくマウント取り続けて勢いで押し切って生きて帰る。

 その後のことなんかどうにでもなるだろ。

 そもそも状況を理解しきれてないんだから、きれいになんて収められるわけがない。

 カタルのキャラを活かして勢いで押し切らさせてもらうぜ。


 一瞬の静寂の後、ガチャガチャと騒がしく金属音が鳴り響くと、中からレーズンジャムをベトベトに塗りたくったパンを咥えた小汚い男が出てきた。


「くっちゃくっちゃ……な、な、なんでカタルがここに……! くっちゃくちゃ……滅びろ滅びろ滅びろ滅びろん! この悪魔めぇぇぇぇ!」


 小汚い男は手も口の周りもジャムでベトベトにしながらオレへの敵意を剥き出しにしつつヒョロヒョロと走り寄ってくる。


「誰だ、貴様は! 名を名乗れっ!」


「な、な、な、なんだとぉカタルぅぅぅぅ! 貴様、どれだけ私をコケにすればぁ……!」


 プルプルと体を震わせる男。

 パンくずがポロポロと落ちて、それを野ねずみがかすめ取っていく。


「カタル様、わかっておいでとは思いますがダラズ領の領主、ドボル様です」


「ドボル! 貴様ドボルだったのか! 薄汚さ過ぎてわからなかったぞ! どこかの物乞いが出てきたかと思ったではないか!」


 ドボルって誰?

 まぁ、知らないけどオレにはこのまま押し切るしかない。

 でも物乞い使いはさすがに言い過ぎたかな?

 いや、カタルのキャラならセーフ?

 ああ、もうごちゃごちゃ考えるの面倒くさい。

 早くおうちに帰って防音室でキチゲ解☆放してぇ~。


「ももも、物乞い……? 言うに事欠いて、この私を物乞いだとぉぉぉぉぉぉん! 我が領、我が父、そして私が一体今までどれほどの辛酸を舐めて領地を守り抜いてきたか……! 貴様が知らぬはずもあるまいんっ!」


 うん、知らない。

 だってオレ、カタルじゃないから。

 そしてオレは偶然にも、このドボルの地雷を踏み抜いてしまったっぽい。


「ぎゃぁぁぁあ! 殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇ! 憎き怨敵カタルを今この場で血祭りに上げろぉぉぉんっ!」


 薄く不潔なロン毛を振り回し、ドボルは地団駄を踏んで叫ぶ。


「ドボル様! お気持はわかりますが、今カタル様に手を出してしまうと本格的な戦争になってしまいます! どうか今日は予定通り、軍事演習を行うだけにしておきましょう!」


「ぐぬぬぬ……! ぶるゎぅぐるるるん……! カタルぅ~……! 貴様、自分は殺されないとわかって、わざわざ私を嘲笑いに来たわけかぁ~……! くそっ、ちくしょうっ……! せっかく毎日毎朝毎晩、貴様の藁人形に釘を打ち込みまくった成果が実って、今ここでこの手でこのまま貴様を始末してやれると思ったのにぃぃぃぃん!」


 え、藁人形とかこわ。

 めちゃくちゃ恨まれてるじゃん、カタル。


「貴様との間に何があったなど、もう覚えててもおらんっ! くだらぬ過去に囚われた亡者よ! 私怨で貴国の領民たちを争いに巻き込むつもりか!? この尊きダラズ領の戦士たちの未来のためにも、今すぐにこの馬鹿げた挑発をやめて家に帰るべきではないのかっ!?」


 さっきの様子からしても、この兵隊たちもイヤイヤ付き合ってるっぽい感じに見える。

 なので、ダラズ領の軍隊ごと味方につける!

 名付けて!


『なぁ、みんな~? そう思うよなぁ~!?』作戦!


 これはオレが小学生時代にされて一番嫌だったいじめだ。

 ただイジメられるだけならまだいい。

 関係ないクラスメイトまで巻き込んで「なぁ、みんな~? 殿沢が悪いと思うよなぁ~!?」なんて言われて、オレがひそかに好きだった咲希ちゃんまでがなんとなく頷いてた時に感じたショック。

 敵じゃない、むしろ自分の側だと思ってた相手が敵側に寝返った時の絶望。

 こいつを味わってもらうぜ、ドボル。


「おおお、覚えてない……? 覚えてないだとっ!? 子供の頃からあんなにっ! こんなにっ! そんなに嫌がらせを受けてきたというのにっ! それを全部覚えてないぃぃぃぃぃぃん!? ぐぬぬ……ぶぬぎゃぉうんぐががぁ……! キャァ~タァ~ルゥ~……貴様だけは絶対にぃん……!」


 あらら。

 このドボル、本当にカタルにいじめられてたんだ。

 なんか、オレとかぶる部分があるな。

 日本時代のオレだって決して見た目がいいわけじゃなかった。

 清潔か不潔かでいったら不潔な方だっただろう。

 そして、いじめられてたし、親からもいないもの扱いされてたし、仕事もストレスしかなかったので不満は溜まりに溜まってた。

 オレはキチゲを解☆放してそんなツラい中でもどうにか生き延びてきたが、このドボルはどうやらカタルへの憎しみを糧に生きてきたようだ。


 ザワザワザワ……。


 ダラズ領の軍隊たちがざわめき立つ。

 そらそうだろう。

 オレたちがここを訪れたときにもダラダラ朝飯を食ってた奴らだ。

 その後の統制も取れていない。

 領主が「カタルを殺せ」と言っても従わず、逆に諫めるような奴ら。

 つまり──奴らにドボルに対する忠誠心などない。


「領主ドボルよ! 民あっての領! 民こそ領の宝ぞ! それを私怨で使い捨てるようなこと、天が許してもこのカタルが許さぬっ! それでも、もしっ! 貴様がこれ以上くだらぬ挑発を続けるというのであれば……」


 兵士たちの士気がシナシナとしおれていくのを感じる。


「ぎゃぁぁぁぁぁ! ギャァァァァァんっ! 貴様ら! なんだその顔はッ! 私の怨敵が今、目の前にいるのだぞんっ! なんで動かないっ!? ちゃんと給金払ってるだろうがぁぁぁぁ! ぎゃおぉぉぉぉぉん! ぐぁぁぁぁぁ、カタル滅びろ滅びろ滅びろ滅びろ滅びろぉぉぉぉぉん……!」


 ギトギトの髪を振り乱し、ガチガチガチガチと奥歯を鳴らしながら、もはや言葉にもなってない呪詛を繰り返し叫ぶドボル。

 ダラズの兵士たちは、そんなドボルの姿を見て完全に引いている。


(どうやら、もう決着は着いたみたいだな)


 でもオレは、ドボルに少し同情もしてた。

 同じ、元いじめられっ子として。

 そして、こうも思った。


(う~ん、こういうドボルみたいな奴にこそ、キチゲ解☆放は布教すべきだと思うんだよなぁ)


 布教。

 妙に押しの強い修道女エレナが言っていたブルリベ教会、だっけ?

 協会だと思ってたら教会だったんだよな。

 おまけにオレが教祖に祭り上げられるし。

 ともかく、あれがこういうドボルみたいな権力者を取り込むのに使えるんじゃないか?

 はぁ……っていうか、まずはオレがキチゲ解☆放してえよ……。


 そんなことを思っていると。


「──! カタル様っ!」


 ドンッ!


 トワに突き飛ばされた。


「ちょ、トワ……?」


 振り返ると。


 トワが、ボブ──案内人のボブ・グランドンに。


 刺されていた。

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