第17話 盗賊団の正体

 夕暮れの山道を先導する案内役、ボブ・グランドンの左耳の後ろには大きなほくろがある。

 長い襟足がほくろを隠すかのように伸びているが、どうにも気になってチラチラ見てしまう。

 結局、街を出るまでに男女含めて計八人の襲撃犯を返り討ちにした。

 それによって発生したタイムラグによって、オレたちの予定は大幅にずれ込んでいた。


「そろそろ烏の刻です。ここから脇に入ったところに休める場所がありますから、そこで朝まで待ちましょう。いくら見知った山とはいえ、夜に動くのは危険です」


 人の足で踏み固められた道を横に逸れると、少しだけ開けた場所に出た。

 切り株などもあることから、人為的に手入れがされてることが見て取れる。


「よっ、ほっ」


 ボブは手際よく背負っていた布切れを枝にかけて折り返していくと、あっという間に簡易テントのようなものができた。


「すごいな」


 素直に褒める。

 オレが派遣社員だった時に一番されたかったこと。

 それはシンプルに褒める、ということだ。

 だから自分のところの領民がなにかいい仕事をした時には素直に褒めたい。


「……お褒めいただくようなことでは」


 呆気にとられた顔でボブが返す。


「カタル様、熱でもおありですか?」


「? なぜだ?」


「カタル様が他人を褒めることなんて今までありませんでしたので。しかも……」


 町長から道案内を押し付けられている冴えない小男を。

 トワの目がそう言っている。


「ええい、すごいからすごいと言って何が悪いのだ! じゃあトワ、お前は今のが出来るか!?」


「出来ません」


「そうだろう!? 出来ないことをボブはやってのけた、だからすごい! だからオレはすごいと言ったし、これからも言うぞ! すごい! ボブはすごい!」


「本当に……変わられましたね、カタル様」


「ムッ……なにかマズいか?」


「いえ、マズくはありません。以前のカタル様も鋭敏な雰囲気をまとって覇王然としてらっしゃいましたが、今のカタル様もなかなか親近感を持ててよいのではないかと」


 おいおい、前のカタルは覇王だったのかよ。

 それに対するオレの評価は「親近感」……。

 こりゃ暗殺の手にかかるのもそう遠くないかもな……。


「……やっぱマズいんじゃないか? 親近感は」


「私は以前よりも接しやすいので好きですよ。ただ、抱いてくださらないのが不満ではありますが」


「んっんんっ……! ゴホ、ゴホッ……」


 ボブが咳き込みながら火起こしに励む。

 あ~、すまんな、ボブ。

 前のカタル好き者なうえにトワが空気読まなくて。

 気を遣わせて申し訳ない。

 日本時代のオレもこういうアゴで使われる立場だったから、ついボブに感情移入してしまう。

 さっきのトワのボブに対する汚物を見るかのような目もちょっとイラッとしたし。


 クゥ。


「うむ、腹の虫が鳴ったぞ! なにか食おう!」


 干し肉とパンと塩コショウ。

 塩辛いそれを、ボブがその辺から摘んできた香草を浮かべたお茶に浸してふやかして食べる。

 この世界に来てから一番美味い飯。

 ラインハルト家では、療養中ということでずっと自室にトワが食事を持ってきていた。

 それらは美味いは美味いんだろうけど、なんかピンとこない味だった。

 ほら、デパ地下とかで売ってる気取った惣菜とか、ああいうちょっと違和感がある味。

 それよりもキャベツの千切りにマヨネーズをドバーってかけたほうが美味いわけで。

 気取ったステーキやチキンよりも、牛丼屋の牛めしの方が美味いわけで。

 そういうわけで、夜の帳が下りた中、三人で小さく寄り添ってクッチャクチャと気取らずに食べる干し肉の味は格別なものだった。


「テムトの街の住民はよっぽど盗賊団と密だったようだな」


 ボブから情報収集。


「へぇ。彼らがいなけりゃ成り立たない街ですからねぇ。そりゃ関わりも深くなるかと」


「実際はどうだったんだ? その、具合は?」


 盗賊団は分断されてた。

 最初に襲ってきた男が言っていた言葉。

 カタルが作ったらしい盗賊団。

 その実情を知っておく必要がある。

 さっきあれだけ褒めたんだから喋るだろ。

 オレなら嬉しくて喋る、間違いなく。


「へぇ。ジョシュア一家とナバ一味のことですね」


「そ、そうだ。で、どうだったのだ、実際のところ?」


 ジョシュア一家ってあれか?

 オレのところに「盗賊団どうしますか?」って聞きに来た、あの凸凹コンビのことか?

 え? あいつらが盗賊団なの?

 え、だって盗賊団を滅ぼしたのってあいつらなんだろ?

 え、なになにどういうこと~?


「はぁ、それがここ最近、ナバ一味の勢力が急に増してまして。それで、あの略奪も……」


 話を聞くところによると。

 盗賊団が結成されたのは三年前。

 ジョシュア一家のメンバー十人ほどで作られたそうだ。

 根城をブラックスパインとダラズの堺の山中に築き、そこを通る行商人から略奪する。

 略奪が成功するたびに団員は増え、麓のテムトの街は栄えていった。

 そしてこの山道は危険だという噂が広まり、まともな行商人は姿を消していった。

 そこで代わりに出てき始めたのが、麻薬を取引する行商人だ。

 つまり、通常の交易路を荒らすだけ荒らして誰も寄り付かなくした後、そこを自分たちが取り仕切る麻薬交易路へとしたってわけ。

 えぇ……あまりにもたちが悪すぎる……。

 しかも、この盗賊団の立ち上げにカタルと父親の子爵も加担してるっていうんだから、もうね……。

 マジで腐敗所領ですよ、この領。


 しかし順調に麻薬取引を行っていた盗賊団にも、次第に亀裂が入り始める。

 というのも、あえて団に名前をつけず「盗賊団」と名乗っていたその匿名性。

 それが裏目に出て、当初十人で始めた盗賊団のメンバーは三年の間に百人を超えるほどに膨れ上がっていたそうだ。

 中にはダラズ領を仕切るマフィア、ナバ一味のメンバーも多く紛れ込んでいたらしく、もう誰も全容を把握しきれなくなっていたらしい。

 そんな中で起きた行商人襲撃。


 つまり、ジョシュア一家のシノギである麻薬行商人への襲撃。


 誰がやったか。

 ジョシュア一家がそんなことをするはずがない。

 となると。

 自然と浮かび上がる犯人は。


 ダラズ領のナバ一味。


 だからあんなに朝早くジョシュア一家の奴らがオレのとこに指示を仰ぎに来たってわけだ。

 要するに、あいつらが聞きに来てたのは。


『カタルの作った麻薬運搬ルートがナバ一味に襲撃されたんだけど、どうする?』


 ってことだったわけ。

 で、それに対するオレの回答が。


『皆殺しにしろ』


 その結果、百十二人が死亡。

 全員がナバ一味。

 盗賊団を殲滅させたのはブラックスパインの自衛団。

 つまりジョシュア一家を中心とした私兵軍隊。

 なので、盗賊団内のジョシュア一家の死者はゼロ。

 つまり自分たちの存在を差し引いて盗賊団「全滅」と報告してきたわけだ、あいつらは。


 え、これ……マフィア同士の全面戦争になるんじゃないの!?

 っていうか、カタルもラインハルト家も絡んでるわけだし、ダラズ領との戦争になる可能性は!?

 っていうか実際に今、領境でダラズ軍が演習してるんだよね!?

 で、今オレたちはそこに向かってると……。


 あのさぁ~。

 これさぁ~。

 オレ、暗殺されるのを待たなくてもさぁ~。

 これ、明日ダラズ軍に殺される可能性……めっちゃ高くない?


 焚き火はパチパチ。

 キジはケーン。

 ボブの作った天蓋の中で隙あらばとくっついてくるトワを押しのけつつ、オレは眠れぬ夜を明かした。

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