第16話 テムトの襲撃者
日が傾きかけている。
今は三時頃だろうか。
この世界では昼の三時のことを
「なぁ、今は兎の刻くらいか?」
さっそく覚えたばかりの言葉を使ってみる。
「はい、もうすぐそれくらいかと」
いつものようにトワが無表情で答える。
「
ダラズ領との領境までの案内役、小男のボブ・グランドンが付け足す。
ボブ・グランドン。
一見ドワーフかと
でも、この世界にドワーフは存在しないらしい。
エルフ共々おとぎ話の中の存在だそうだ。
残念。
でも魔法もレアながら存在してるらしいこの世界。
亜人種たちだってどこかに存在しててもおかしくない。
せっかく異世界に来たんだ。
会ってみたいぞ、亜人種。
というか、エルフ。
「しかし、本当に街で一泊してからでなくてよかったので? 明日の朝に出発すれば、日をまたがずに済みますが」
ボブがモゴっとした話し方で尋ねてくる。
「構わん。ここには盗賊団と親しい者も多かったのだろう? オレを恨んでるやつも多いはずだ。そんなとこで一晩明かすよりは、山の中の方がよっほど安心できる」
「はぁ、そうですか……。ま、私はあくまで道案内であって護衛ではないので、そこらへんよろしくお願いします……」
自分の身は自分で守れということか。
「うおりゃぁ! 友のかたき! 死ね、カタルぅ!」
言ってるそばから早速町民に襲いかかられた。
ガッ。
突き出されたナイフを華麗に
手首を掴んで腕を脇で挟む。
相手の突っ込んでくる勢いを利用して一回転。
ドシーン。
そのまま地面に組み
「ぐがっ……! カタル……! てめぇのせいで……!」
「ふん……死んだ盗賊団の友人か。貴様の傷ついた心は理解した。だが、賊は賊だ。綺麗に一生を終えられる身分ではないことは、お前にだってわかるだろう? それが、たまたま一昨日だったというだけのことだ」
「なにを……!」
「いいか? 悪人なら短く太く生きろ! 永久に栄える悪など存在しない! 引き際を嗅ぎ分ける力も悪には必要! ただ、お前の友人にはその力が欠けていただけだ」
秘技論点ずらし。
肉体的にマウントを取って、さらに精神的にもマウントを取る。
こういうガテン系DQNには、これが有効な気がする。
ほぼヤンキー漫画の知識だけど。
「引き際を嗅ぎ分ける能力……たしかにそうかもしれねぇ。盗賊団は分断されつつあった……。たしかに、もう限界だったのかもしれねぇな……」
え?
分断?
こいつ、なんかまた気になること言い出したんだけど?
だが……せっかくいい流れが出来てるんだ。
とりあえず、ここは乗っていこう。
「そ、そうだな。あれ以上放置していたら、もっと酷い惨劇を生んでいたに違いないからな。わかったら、もうオレを恨むことはやめて……」
オレの言葉を
「なぁ……一つ聞かせてくれ。鬼畜と名高いあんた、極悪残虐非道な悪人貴族カタルも、やっぱり太く短く生きるつもりなのかい?」
太く短くもなにも、すでに死んでるとこから始まってるからね、オレのカタル人生。
そんでカタル人生も始まって三日で五回殺されかけてるからね。
太く短くどころか、極細極短で終わりそう。
「フッ……当然っ! この世に悪の栄えた試しなし! ならばッ! 一時でも輝いてみせようではないかっ! このカタル、
「一時の輝き……それが悪……」
「ちなみにカタル様は昨日一日で四回暗殺されかけています」
トワがさり気なくアシストを入れる。
「なっ……! そんなに死が近くにあるからこそ、ここまで悪に染まることが出来るのか……! なんてこった……オレも友人もとんだ甘ちゃんだったぜ……! 鬼畜貴族カタル、噂に
男がガックシと地面に膝をつく。
「だが、安心せよ! この街は生まれ変わるぞ! まずは住民の税を十年間免除! そして公共事業もジャブジャブだ! これからここは商業と土木の街として栄える! さぁ、貴様も悪人の端くれならこの機を逃すな! 膝をついてる場合か! 顔を上げよ!」
心身ともに叩き潰して、新たな希望を与えてあげる。
うん、これって、洗脳完了……ってこと?
「税が無料だって……!? しかも公共事業ってことは、これから労働者がたくさん集まってくる……。なら、その元締めになれば楽して大儲けじゃねぇか! こうしちゃいられねぇ! カタル様、盗賊団を壊滅してくれてありがとな! オレは悪として、これから新しい一歩を踏み出すぜ!」
男はキラキラと顔を輝かせながら駆けていった。
「さすがカタル様。噂通りの素晴らしい体術で」
ボブが朴訥とした口調で褒めてくる。
「カタル様、起きられてから頭はボーッとされてますが、お体は以前より冴えてらしゃいますね」
おいおいトワ、一言多くないか?
でも、この体は本当に動かしやすい。
そこにオレの持ってるサブミッションの現代知識が加わり、今のように屈強な男が襲いかかってきても簡単に撃退することが出来る。
「ハハハ、この程度なら朝飯前よ。何人かかってこようが問題はない」
「カタル様、あまりそういうことは口にされないほうがよろしいかと」
「なになに構わん。この程度の相手なら脅威ではない」
「はぁ、そうですか」
「言っときますが、私はほんとにただの道案内で、護衛ではないので」
「構わん構わん」
あまりの好調さに、トワとボブに軽く答えるオレ。
そしてその後、兎の刻がだいぶ過ぎて日が赤く染まり始めてきた頃。
「ゼェゼェゼェ……」
さらに襲いかかってきた七人の町民を撃退し、オレたちはようやくテムトの街を抜けたのだった。
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