第15話 ノーズマン

 町長の名前はグルム・ノーズマン。

 たしかに顔の真ん中でデンと存在感をアピールする鼻が特徴的だ。


「つまり責任を取れと?」


 町長の家。

 と言ってもあばら家だ。

 そもそもこの街の建物はすべてがボロ屋。

 盗賊、というかほとんど山賊を相手に生計を立ててた街なだけに、いつ略奪されてもいいように最低限のインフラしか整えてないんだろう。

 そこで出されたボロ屋に似つかわしくない不自然に高級そうな紅茶に手を付けずに、ノーズマンを威圧するように問いかける。


「へぇ、まぁ言い方はあれですが、そういうことになりますかのう」


 この町長、一見するとただの偏屈そうな老人だが、なかなかの食わせ物だ。

 腰が低いわりには譲歩しない。

 背中が曲がってるくせに目つきは鋭い。

 ぼかした言い方をしてくるが主張は大胆。

 これくらい狡猾じゃないと盗賊を相手にしてる街の町長は務まらないってわけか。


「盗賊を相手にせず、まっとうに商売をすればいいのではないか? さいわい、ここは領境。互いの領を行き来する御者も多いだろう」


「いやはや、ごもっとも……。ですが、御者というものはケチでしてなぁ。そんなものを相手にしたところで今の暮らしを維持するわけには……」


 つまり生活のランクを下げたくないと。

 でもそんなに生活のランク高いか、ここ?

 あ、いや、でも家がボロいだけで身につけてるものとかは意外としっかりしてるんだよな、ここの住民。

 この茶も高級そうだし。

 毒入ってたらヤバいから手を付けてないけど。

 となると、こいつらの得てる所得って意外と高かったりする?


「今の暮らしとはどの程度のものだ? 税はどうしている? それらはちゃんと書面で提出しているのか?」


「ええ、それはもちろん。カタル様、そしてお父様にもにしていただいてますゆえ。しっかりと報告させていただきております」


 ん?

 なんか引っかかる言い方だな。

 もしかしてカタルってこの荒くれの街に元から一枚噛んでる?

 そして、カタルの父ルフスも。

 とりあえずカマをかけてみる。


「そうか。そういえば、オレがここに来るのは何年ぶりだろうなぁ?」


「へぇ、三年ぶりかと」


 カタルが最後にここに来たのは三年前。

 その時になにをした?

 贔屓ってどういうことだ?

 そして、ルフスはどう絡んでる?

 カマかけ続行。


「三年か。その間で随分と変わったよなぁ、この街も」


「へぇ、カタル様のおかげで」


 深々と頭を下げるノーズマン。

 ピキーン。

 ここだ。

 秘密の部屋でエレナにしたような理不尽な逆ギレ。

 それをするチャンスがここだ。

 オレが社畜時代に上司から理不尽なキレ方をされ続けてきた経験。

 その経験が、オレのキレポイントを見極める力を研ぎ澄ます。


「その恩人のオレに向かって『責任を取れ』だと?」


「うっ……」


 さしものクセモノ町長も一瞬言葉をつまらせる。


「オレのおかげで貴様らは三年間も美味しい思いをしてこられたのではないのか? それを今後も甘受したいだと? もしかして貴様らの繁栄は永久に続くとでも思ったか? こんないびつな構造がこの先ずっと続くとでも?」


「そ、それは……まったくもってそのとおりです……」


 ノーズマンの鼻の頭に脂汗が浮かび上がる。

 おっ、なかなかいい感じじゃないか。

 相手がへりくだるんなら、それを利用して地位の差で詰めてやろう。


「ふむ、では貴様らが今後どうしていきたいのか叩き台を提出せよ。いつまでも私におんぶにだっこでは困るのでな」


 叩き台って言葉通じるかな?

 と思っていたら。


「それなのですが、実は前々から思っていたことがありまして……」


 お、ちゃんと通じたみたい。

 しかもちゃんと対案まで出してくれた。

 ラッキー。

 オレはな~んにも知らない、な~んにも状況を把握してないのに。

 しかし……これと同じようなことを日本時代の上司もやってたと思ったらなんか腹が立ってくるな。

 あいつら、部下を捕まえて毎日こんなに気持ちいい思いをしてたのか……許せん、ぐぬぬ……。


「カタル様、町長が怖がっておられますので」


 トワが声をかけてくる。

 どうやら、昔を思い出したオレが鬼のような形相をしていたらしい。


「早く言ってみろ。オレの貴重な時間を無駄にするな」


「へ、へぇ……この街が地理的に優れているのは、たしかに事実です。ただ、治安があまりに悪すぎるわけで……」


 要約すると。

 盗賊が根城にしてたこの街の印象が悪すぎる。

 だから大々的に治安を整えて、ちゃんとした交易の中継地として機能させてほしい。

 ということだった。


「なるほど、では街道を整えて建物を建て直そう。あ、トイレもきちんと作れよ。もちろん下水道も。仕事のない者はそこで働くがいいだろう」


「あ、ありがとうございます……! これでなんとか、この先もやっていけ……」


「それから今後十年間、この街は税金免除だ」


「ええっ!? ほ、本当ですかっ!?」


 ノーズマンの鼻がヒクヒクと痙攣する。


「あぁ、楽市楽座だな。交易の中継地点なんか商売人しか通らないから、金に目ざとい連中ならきっとここに居を構えるはずだ。街もきれいになって新しい店も増える。すると、ここに仕入れに来るやつも増えるだろうし、売りに来るやつも増えるって寸法だな。人と物さえ増えれば、その街の発展は間違いなしだ」


「さすがのカタル様……! 相変わらずの天才的発想力で……!」


「こっからダラズ領ってのはどうやって行くんだっけ?」


「へぇ、山を超えて参ります」


「山を……。う~ん、それ面倒じゃない?」


「は? と、言いますと?」


「トンネル作ろうよ、トンネル。そしたら公共事業で十年くらいは安泰だろ、ここも。税も免除だし、きっと各国から労働者が集まってくるぞ。交易の中継地点兼飯場町。うん、間違いなく栄えるな。ついでに鉱石でも採れてくれりゃいいんだが」


「ト、ト、ト、トンネル……とは……?」


 あ、この世界ってトンネルもないんだ?

 トンネルって爆薬で穴開けながら彫り進むんだっけ?

 まぁ、爆薬くらいどうにかなるでしょ。


「山に穴を開けるんだよ。向こう側まで。行き来が楽になるぞ」


「山に穴を……!? そんな……いや……さすがカタル様の発想は神をも恐れぬ奇天烈なもので……」


「カタル様。一つ問題が」


「なんだ、トワ?」


「この山のこちら側七割はブラックスパイン領なのですが、向こう側三割はダラズ領のものです。向こうにも許可を取る必要があります」


 えぇ~、なにその微妙な領境。

 あ~……でもあれか。

 どのみちオレはダラズ領の軍隊にも交渉しに行かなきゃいけないのか。

 なら、ついでにトンネル工事の了承も取ってくるか。


「よし、それじゃあ今から許可を取りに行くぞ。トワ、支度をしろ」


「はい」


 最初はどうなることかと思ったが、案外トントン拍子でいきそうだな。

 なんだ意外と楽勝じゃないか、悪役貴族って。

 そう思って町長の家から立ち去ろうとしたところ。


「いやぁ、しかしこれでまたこの街も安泰ですな。カタルさまがご自身でお作りになった盗賊団を滅ぼした時にはどうなることかと思いましたが、ここまで考えてのことだったのですな。いやはや、まったく素晴らしいご慧眼けいがんでいらっしゃる」


 …………ん?

 今、なんて言った?


 カタルが?


 盗賊団を?


 作った?


 え、オレ、カタルが作った盗賊団を自分で壊滅させちゃった……ってこと?

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