第14話 トワと馬車の中

 領境の街テムトは荒れ果てていた。

 街の住民の風貌も全員荒くれ者っぽい。

 しかも彼らは、オレたちが街に入った時からずっと刺すような目で睨んできている。


「なぁ、トワ……? オレたちってもしかして歓迎されてない?」


 ガタゴト揺れる御者の引く馬車。

 一緒に乗っているトワにおそるおそる聞いてみる。


「でしょうね。この街にお金を落としてた盗賊団が壊滅されたんです。みんなピリピリしてて当然でしょう。どうにか生きて帰れることを祈るばかりです」


 えぇ……。

 いきなりそんなヤバいとこに送り込まれるとかさぁ……。

 まだひのきの棒しか持ってないのに中ボスに挑まされるのようなものだろ……。

 マジで無理ゲーすぎ、オレのカタル人生……。


「で、オレはここでなにをすればいいんだっけ?」


「はぁ……馬車の中で何度も言ったではないですか」


「ごめん、寝てて」


「まったく……。盗賊団が壊滅したことによってテムトの酒屋、宿屋、雑貨屋、風俗店などの経済も壊滅。おまけに隣のダラズ領は、こちらの通達なき武力行使に対して不服を申し立てています。向こうの軍隊が山の麓に集結してるとの噂もあります」


 ツラツラと表情一つ変えずに話すトワ。

 おぉ、わかりやすい。

 もはや侍女というか秘書。

 隙さえあれば同衾したがる点以外は、仕事にもそつがない。

 彼女の働きっぷりには概ね満足している。

 今回も着いてきてくれて助かったぜ。


「なるほど。街の経済と隣領との軍事ね」


 内政と外交。

 その両方をいっぺんにやってこいと。

 そんな無理難題を押し付けられたわけだ、オレは。


「いつものカタル様ならすでに指示を出されていて、街に着く頃にはもう解決してる、というような感じでしたが今回は違うので?」


 え、そうなの?

 どんだけ優秀なの、カタル。


「あ、うん。今回はまだ体調が戻ってなくてな。一応街の様子を視察してから動こうと思っていたのだ。げふんげふんっ! ほら、な? まだ咳が出てるだろう?」


「はぁ、そうですか」


 オレの迫真の演技にも、興味なさそうに答えるトワ。


「まるで別人になってしまわれたようですね、カタル様」


「ブッーーーーー!」


 なななな……!


「な、なにを言うんだトワ……。オレはめちゃめちゃカタルだよ……カタルそのものだって、あはは……。ほら、カタルっ! カタルポーズ! はい、カタル腹筋!」


 ぬぎっ。


 動転したオレが意味不明に腹筋を見せたりしてたら、トワも服を脱ぎだした。


「ストーップ! ノー同衾! 同衾ノー! ここ馬車の中だぞ、場所考えろって!」


「……やはり別人みたいです、カタル様。前までなら馬車だろうが馬の上だろうがどこでもお構いなく抱いてくださったのに」


 え、そういうことなの!?

 抱いてくれないから別人!?

 ってことは、オレがカタルになりすましてるとバレないようにするためには、トワを抱かなくちゃいけないってこと!?

 いやいやいや……マズいだろ、それは。

 抱くってさぁ……え、どうやるの?

 シンプルにやり方がわからん。

 抱くってなったら、余計偽物だってバレちゃうじゃん。

 え、詰んでない?

 抱いてもバレる。

 抱かなくても疑われる。

 あ、これ詰んでる、うん。

 とりあえずカタルっぽく誤魔化しとこ……。


「くっ……!」


 胸を押さえて苦しんでみる。


「実は、まだ毒が抜けきっていないのだ……! 今、無理をするときっと取り返しのつかないことに……!」


「そうですか、まぁカタル様も子供の頃からいろんな毒を飲まされてきたそうですからね。きっと体内で複数の毒が入り混じって累積してるのでしょう」


 え、そうなの?

 この肉体、めっちゃ調子いいんだけど?

 社畜やって家と職場の往復だけしてた頃のオレより数倍バキバキに動けるんだけど?


「そ、そうなのだ。毒が混じりまくっててドロドロのボロボロなのだ。だから……」


「では、いつ抱いていただけるので?」


「え? あ、じゃあ年が明けて後継者問題が片付いたら……」


 とっさに口開から出てしまった。

 期限と言われても、オレにはそれしか思い浮かばない。


「本当ですね?」


 ぐいとトワが顔を近づける。


「あ、ああ」


「約束ですよ」


 トワの体臭が鼻を突く。

 エレンよりも少しツンと来る、大人の匂い。


「あ、ああ、約束だ」


 ドギマギしながらそう答えると、ガバッと馬車の後ろの幕が開いた。


「あらら、これはこれは……カタル様、相変わらずお元気そうで」


 少し驚いた様子で、偏屈そうな老人が声をかけてきた。

 オレとトワは、互いに服を脱ぎかけのままもつれ合うように接近していたことに気づく。


「あ、いや、これは……!」


「町長様、お久しぶりです」


 服を直しながらそう答えるトワの首元は、少し赤く染まっているような気がした。

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