第10話 一日に四度殺される男
カレスティア暦三百四十年ノクトリス月サンディウム週イグニス日。
異世界に来て三日目。
オレはこの日、一日の間に四度殺されかけた。
まず、朝。
朝食のスープに毒が入ってた。
口に入れようと
「銀のスプーンで毒感知」ってほんとにあるんだね。
スープは、トワが庭の雑草が生えてるとこに捨ててた。
こういうことはすでに日常茶飯事なのか、毒が除草剤代わりに使われているようだ。
次に昼。
便所で粗チンから放水している途中、窓から吹き矢で狙われた。
カタルの超人的な反射能力のおかげでギリギリかわせたが、犯人は逃走。
かわせたのは、たぶん粗チンゆえに身軽だったからだろう。
元のオレの並チンだったら重心が引っ張られてかわせなかったかもしれない。
粗チンに感謝。
吹き矢には致死量の毒が塗られていた。
そして夕方。
逆上した領民が「女を寝取られた!」「誰々を返せ!」などと叫びながら襲いかかってきた。
これは普通にオレが返り討ちにした。
カタルの身体能力と、オレのうろ覚えのサブミッション知識が相まって楽勝だった。
オレに身に覚えはないものの、一応謝っとくかと思って「ごめんな」と声をかけたら領民は余計に逆上していた。
煽ってると思われたのかもしれない。
まぁ、文句は元のカタルに言ってくれ。
そして今、夜。
昨日壊滅させた盗賊団から保護した女の子に殺されかけた。
一応様子を見とこうかと厨房で食事をしてる女の子を見に行ったところ、持ってたフォークで突き刺してきた。
ビビったはビビったけど所詮は女の子の力。
カタルの肉体がとっさに反応し、少女の細い腕をひねり上げた。
なんでも盗賊団に攫われてる最中にストックホルム症候群的なものになっていて、オレを親の仇のように思ってたらしい。
う~ん、人助けをしても恨まれる男、カタル。
こいつの生活を送りながら生き延びるのって……マジでハードモードすぎるだろ。
自室。
「一日で百十二人も殺したのだから当然でしょう。カタル様に関わっていた者たちは、みんな次は自分が始末されるんじゃないかとビクビクしてますよ。いくらなんでも百十二人はやりすぎです」
今日も懲りずに同衾を申し出て断られたトワが、少し怒ったように言う。
オレはそれをベッドに横たわって聞いている。
やりすぎって言われてもなぁ。
まさか百十二人も殺すとか思わんし。
あくまで悪いのは詳しい情報を伝えなかったノッポルとズンドラだし。
オレは悪くない。決して。絶対に。
そうだな、あとは極悪非道の冷酷鬼畜なんて呼ばれてるくせに人を殺してないカタルも悪い。
勘違いするじゃん。だって。普通。
っていうか。
人を殺してもないのにあれだけみんなから恨まれてるってのも相当だろ……このカタルって男。
「なぁ、オレがこのまま療養を理由に仕事をサボれるのって……」
「全部で五日がいいとこでしょうね」
オレの今の状態は病み上がり。
ということで、仕事の話は今は全部断ってもらっている。
おかげで、今日は暗殺さえなければ穏やかな一日だった。
「つまり……意識を取り戻してから今日で三日目だから、あと二日しか休めないわけか」
「今までカタル様が六日以上お休みになったことはありません。それ以上休まれると、逆に色々勘ぐられて身辺が騒がしくなるかと」
おぉ……なんでそんなに働き者なのかよ、カタル……。
人の上に立つ立場なのに身を粉にして働くとかさぁ。
マジで一番
というわけで。
オレに残された期間は、残り二日。
それが終われば、悪役貴族としての職務に復帰。
うん、無理。
なので、その前に少しでも色々と知らなければならない。
この世界を、そしてカタルを。
ちなみに、今はカレスティア暦三百四十年ノクトリス月サンディウム週イグニス日。
長い。
長いのは長いが、要するに今は日本でいう十月三日らしかった。
カレスティア暦は、西暦。
ノクトリアス月は、十月。
サンディウム週は、一週目。
イグニス日は、火曜日。
こんな感じ。
つまり、オレがここに来たのは十月一日の日曜ってことになる。
そして、ラインハルト家の後継者発表行われるのが来年の一月一日。
その間、実に三ヶ月。
その三ヶ月の間、オレの暗殺ボーナスのリーチはずっと継続中。
てーことで。
まずは、そのボーナスを解かなくちゃだ。
もし子爵位なんか継いじゃったら、もう永遠に暗殺の輪廻に囚われそう。
そんなの考えただけで生きた心地しねぇ。
だから、まずは子爵位を継承しないようにしよう。
そして、オレを暗殺してきそうな敵を一人一人潰していく。
それが、オレなりのカタ活(カタルになりすましながらなんとか生き延びよう活動)だ。
でも、カタ活の前に……。
キチゲ解放しねぇと精神がもたねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!
ってことで!
オレは裏庭にある愛しの『マイ防音室』へいそいそと向かうのだった。
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