第9話 皆殺し

 朝、目が覚めてもオレはカタルだった。


(夢じゃなかったかぁ……)


 全身鏡の中に映っているオレの姿。

 銀髪イケメンマッチョ。

 おまけに素っ裸。


 ──鬼畜貴族カタル。

 どうやらオレは、本当にこいつとして生きていかなければいけないらしい。


(しっかし、こいつ本当にイケメンだな……。ガタイもいいし、気のせいか体も動かしやすい。ま、でも粗チンな分、オレの方が勝ってるんだけど……)


「ムンッ、ホッ!」


 鏡に向かってボディービルのポーズを取ってみる。


「……カタル様」


 いつの間にか背後にトワが立っていた。


「うおぉっ!? びっくりしたぁ!」


「カタル様、おはようございます。朝からごきげんなようで。それでは同衾どうきんの方を……」


「いやいや、いいっ! どうきんはいいから!」


「そうですか……」


 オレの股間に視線を向けつつ、トワは残念そうに服を脱ぐ手を止める。


「っていうか、侍女って勝手に部屋に入ってくるもんなの!?」


「はぁ。これまではそうするようにとの仰せでしたので」


「こ、今度からはノックして入るようにしてくれる!?」


「はぁ」


 思わず素が出ちゃってるオレに対し、トワは生返事で返す。


「ところでカタル様」


「なに?」


「火急の用事とのことで、お客様が来られてます」


「え? 来客にしても来るの早くない? 今起きたばっかなんだけど?」


「はい。ですがいつもの通りに、もう案内してありまして……」


「いつもの通り?」


 え、カタルってこんな寝起きで客と会うの?

 いやいや……カタルって有能だとは聞いてたんだけど……こいつ、まさか……。


『時間をめっちゃ切り詰めて行動するタイプ』か?


「あ~、忙しいわ~」なんて言いながら休日の早朝からウェブミーティングをやってるアピールをしてるような、いけ好かない意識高い系ITコンサルの顔(概念)が頭をよぎる。


(えぇ~……だとしたらさぁ……)


 こいつになりすますのって……。

 もしかすると、かなり面倒くさいのでは?


 意識高い系悪役貴族。


 え、めっちゃ忙しそう。

 なんかイメージと違うんだけど。

 ほら、もっと悪役貴族ってさ。

 こう、椅子にふんぞり返って猫撫でながらワイングラス回して「くっくっくっ……」とかほくそ笑みつつ冷酷な指示だけ出してるイメージじゃない?


「ちなみにさ……客って誰?」


「ジョシュア一家のズンドラ様とノッポル様です」


 ジョシュア一家。

 一家。

 いやいや、一家って。

 まさか『磯◯一家』とか『野◯一家』とかってわけじゃないよね……?

 どちらかと言うと『ジョー◯タ一家』とか『ゾル◯ィック一家』とか、そっちのあんまり関わりたくない方の……。


「あのさ、ジョシュア一家って……」


 嫌な予感を払拭すべくトワに確認しようとした、その時。


「あ、来られたようです」


 ガチャ!


 荒々しく扉が開かれる。


 スッ。


 痩せぎすな背の高い男。

扉の上の壁にぶつける寸前に、最小限な動きで頭を振って部屋に入ってくる。


 ガンッ!


 すると、その後から入ってきた大男が派手な音を立てて頭を壁にぶつけた。


「いたっ! クソっ、またやんけ……! ったく、毎度いつもいつもほんまにぃ……」


 え? やんけ? ほんまに?

 関西弁?


「ケケケのケ。いつもボーッとしてるからぶつけるザンスよ。ミーのように華麗な身のこなしを身につければノープロブレムざぁます」


 え、こっちはこっちでなんか全体的にノリが古い……昭和……?


「あ、ごめん、だ……」


 誰?

 そう言いそうになって踏みとどまる。

 カタルの中身がオレであること。

 それを悟らせてはいけない。

 特に、こういう得体のしれない連中には。


「……どういう要件だ?」


 どうにか言い直す。

 カタルっぽい威厳のある振る舞いに……なってるはず、多分。

 とはいえ、あいにくオレは今まさしく絶賛素っ裸中。

 威厳のカケラもあったもんじゃい。


(うむ……でも、こんな格好で一体なにがどうしたら威厳ある振る舞いになるのかサッパリわからん……)


 とりあえず、オレは粗チンをぶら下げたまま偉そうに腕を組んで突っ立ってみる。

 さらに、渋い顔をして、二人の闖入者ちんにゅうしゃをギロリと睨みつける。

 さしものヤカラっぽい二人も、オレの堂々とした粗チンパラダイスっぷりに動揺を隠せない模様。


「……」

「……」


 こうしてオレたちが無言のまましばらく睨み合い膠着状態に陥っていると。


「カタル様……お体が冷えますので」


 と、トワが肩にローブをかけてくれた。

 ナイス、トワ。

 間が持たなかったぜ。

 オレは、威嚇するかのように大仰にローブに袖を通す。


「へぇ、旦那。それが……」


 ローヴを着終えると、二人はやっと要件を伝え始めた。


 話の内容は、ブラックスパイン領へと戻ってくる途中の行商人の荷馬車が盗賊に襲われたということだった。

 おお、行商人。荷馬車。盗賊。

 一気に異世界らしくなってきたぞ。

 で、どうするか。

 その対応を、領内の治安を担当していたらしいカタルに聞きに来たとのこと。


(治安……って、こんなチンピラみたいな連中が治安を担当? え、こいつらの方がよっぽど治安悪くないか?)


 目の前にいるガラの悪そうな二人を睨む。

 しると、二人はビッと背筋を伸ばした。

 どうやら、この顔で睨まれたら誰でもいくらかは萎縮するようだ。

 それとも。

 カタルが過去に行ってきたという鬼畜な行い数々が彼らを萎縮させているのか。


 二人の名前はノッポルとズンドラ。

 ノッポの方がノッポルで。

 プロレスラーみたいな方がズンドラ。

 見た目から名前まで全てが典型的なやられ役の悪者のような二人。

 そんな感じの凸凹コンビ。

 なんかボスは覆面を被ったボンテージ女とかがやってそう。


「で、どないしましょか、カタルはん」


「ユー! カタルはん、ではなくてカタル様、と呼ぶようにと何度も口をサワーにして言ってるざまぁすよ!」


「へぇ。ほな、どないしまひょか、カタルはん様」


「ユーゥ! 全くスタディーのないチープな脳みそザマスねっ! わざとやってるんじゃないざぁますか!? 大体その薄汚い服装はなんザマス? まったく一緒にいると臭くてたまらないざぁますわ!」


「ええねん、ええねん。臭いくらいが自然ちゃう? 人として」


「自然ちゃう、じゃないざぁますよ! 自然ちゃうちゃうざぁますよ!」


 頭が痛くなるような二人の会話。

 獣の皮をそのまま纏ったかのようなズンドラに対し、ノッポルは行き過ぎたスペイン貴族のようなぴっちりブーツ&ピチピチタイツという出で立ち。

 なにからなにまで対象的なこの二人の話は、ことあるごとに言い合いへと発展する。

 そして、その発展した話は、毎回要領を得ずに終わる。


 う~ん、とりあえず昨晩エレナにした感じでやってみることにするか。


「で、どうしろと? 今までと同じような対応ではダメなのか? いちいちオレに報告に来なければならないほどの事案か?」


 よくわからない時は、雰囲気でそれっぽく叱ってみるに限る。

 これも、オレがIT企業派遣社員だった時代に正社員の上司からやられてイヤだったことのひとつだ。


「それが……」


 言葉に詰まるノッポル。

 うん、頑張れノッポル。

 詰まられても、オレにはどうしたらいいかサッパリわかんないぞ。


「へぇ……。なんというか、まぁ一応確認といいまっしゃろか。ほら、カタルはんが、いつも『ソウレンホウが大事』っておっしゃってたさかい」


「それを言うならホウレンソウざぁます! 報告、連絡、相談。どれが欠けてもカタル様にビッグなご迷惑がかかるざぁますよ!」


 え、この世界、ホウレンソウとかあるの?

 うわ、なんか一気に社畜感出てくるじゃん、こいつら……。

 ホウレンソウの徹底とかマジでどうでもいいからさぁ……頼むからさぁ……気楽にやらせてくれよ……。なぁ? せめて異世界くらいさぁ……。


「な、なるほど。うん、たしかにそれは大事だな、ホウレンソウは。うん。ならば……」


 ゴクリ。


 あれ? なんか適当に喋ってたら結論を言わなくちゃいけない雰囲気になっちゃったんだけど?

 ノッポルとズンドラが、息を呑んでオレの次の言葉を待つ。

 えっ、あれ……あ〜。

 どうすっかな……これ……。

 助けを求めてトワを見る。


 プイッ。


 同衾しなかったことを根に持ってるのか、トワはそっぽを向く。

 あぁ~……トワぁ〜……そんな……。

 う~ん、カタルなら……極悪非道の悪役貴族カタルなら、こんな時一体なんて言うだろうか……?


 ピコーン。


 頭に、短い言葉が浮かんだ。


 うん……そうだな……。

 鬼畜だろ……?

 多分、こんな感じじゃないのか……?



「ならば…………皆殺しだ」



 一瞬、空気が凍ってパリンと砕けたような気がした。

 ノッポルとズンドラは、先程までの陽気さが嘘のようにカチコチに固まっている。

 トワも目を見開いてこちらを見ている。


 え……なに?

 オレ、そんなにおかしなこと言った?


「は、ははは……! ついに……ついに! カタルはんが、殺しの許可を出されはったでぇ~~~!」


「エ……エ〜クセレントっ! アンビバレぇぁントっ! カタル様! やっと次の段階に入られたということざぁますね! さっそくミー達は賊どもを皆殺しにしてユーターンしてくるざぁますよ!」


 二人はサッと踵を返す。


 スッ……ガンッ!


 またしてもノッポルは直前で扉の上の壁をかわし、後に続くズンドラが頭をぶつけながらドタドタと部屋から出ていった。


「カタル様……ご正気ですか?」


 トワが若干引いた様子で尋ねてくる。


「え……すまん、トワ。今のオレの答え……どこがおかしかった?」


 やっちまった感。

 心臓がバクバクしてる。


「はい。カタル様はこれまで誓って殺しだけはされてきませんでしたので、これは今後、各方面で大騒ぎになるかと」


 …………は?

 殺しだけは……やってこなかった?

 おいおいおい、カタルさん?

 あんた、鬼畜じゃなかったのか?

 冷酷非情じゃなかったのか?


 おいおいおい……。

 つい、うっかりオレの想像する鬼畜っぷりが、本物の悪役貴族を超えちまったじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 ◆


 カレスティア暦三百四十年ノクトリス月サンディウム週ヴェンタ日。

 日中から深夜にかけてブラックスパイン領の自衛団による、領境りょうざかいに拠点を構えた盗賊団の殲滅作戦が決行された。

 これにより賊、総勢百十二人が死亡。

 また、自衛団は誘拐されていた少女一人を保護した。


 そしてこの出来事は今後、オレとブラックスパイン領を大きな動乱の渦の中へと引きずり込んでいくこととなる。

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