第11話 教祖誕生

 裏庭にある秘密の防音室へと行くと、入口の前に修道女のエレナが座り込んでいた。


「あれ? どうしたの?」


 エレナはちんまりとしゃがみこんで丸くなっている。


「あ、カタル様」


 吐く息がかすかに白い。

 背の低さに紺色のローブも相まって、まるで黒うさぎみたいだ。


(どうしたの? ってのはカタルの言葉としてはちょっと軽すぎたかな)


 そう思ってると、エレナは物騒な言葉を口にした。


「はやく布教のご相談がしたくて」


 布教。

 盗賊団やらのゴタゴタですっかり忘れてた。

 オレのキチゲ解放を宗教儀式だと思い込んだこの小動物系修道女は、こともあろうかキチゲ解放を広めようとしてるんだった。

 聞けば、オレが来なかった昨日もここで待ってたらしい。

 え、こわっ。

 軽くストーカー入ってるじゃん。

 日本時代のオレは「美少女にストーカーされてみてぇ!w」なんて思ってた。

 でも、実際それを目の前にすると、さすがに得体が知れなくてちょっと怖い。

 それでも、今のオレは泣く子も恐れる鬼畜貴族カタルなわけで。

 相手にビビってるのを気取られてはいけないわけで。


「風邪を引かれても面倒だ。鍵を開けるから、さっさと中に入れ」


 カタルっぽく尊大に振る舞ってみる。


「ありがとうございます! カタル様……私ごときの体を気遣ってくださるだなんて……あぁ、なんという僥倖……!」


 エレナの熱視線を背中に浴びつつ扉の鍵を開け、一昨日ぶりのマイ防音室へと下りていく。


「しかし、よく三日も連続でウチの裏庭に忍び込めたな」


「はい、私、気配を消すのは昔から得意なんです」


 一瞬、彼女の声にくらかげがよぎった気がした。



 二枚目の扉を開いて部屋の中に入ると、エレナが身を乗り出して話しかけてきた。

 

「カタル様! よろしければもう一度見せていただけないでしょうか!? あのカタル様のお美しい神の儀式を!」


 あいたたたぁ~……。

 この子、神とか言っちゃってるよ。

 あのさぁ……布教とか神とかさぁ、正直これ以上オレの悩みのタネを増やさないでほしいんだよね。

 オレは今、毎日の暗殺と後継者問題、それから壊滅させちゃった盗賊団のゴタゴタで忙しいの。

 だからせめて、この部屋の中だけはオレの衝動キチゲ解放の癒やしの空間であってほしいわけ。


 そうは言っても、両手を組んでキラキラアイで見つめてくる美少女修道女のオーラは凄まじいわけで。


(うっ……!)


 考えてみたら、女の子と。

 しかもこんな超が付くほどの美少女と。

 こんな密室で。

 こんな近距離で話すだなんて。

 そんなイベント、オレの人生には一度たりとも存在してなかった。


 シ~ン。


 え、あれ? 何? この間。

 気がついたら、オレたちは向かい合ったまま無言で見つめ合っていた。

 ほんのりと甘い匂いが鼻をつく。

 自然と、なんとなくオレは手を伸ばす。

 その手はエレナの頬に触れそうになる。


 ……ハッ!


 そこで我に返った。

 なにをしてるんだ、オレは……!

 つい雰囲気に飲まれて触っちゃいそうになったじゃないか……!

 ふぅ~、危ない危ない……。

 そう思ってエレナを見ると。

 え?

 なぜか少し残念そうな顔をしている。


 あぁ……。

 だぁ~かぁ~らぁ~……。

 なぁ~んでトワといい、エレナといい、カタルの側にいる女はみ~んな決まりも決まって「誘われ待ち」「食われ待ち」みたいな感じなんだよ!?

 顔か!? 顔なのか!?

 イケメンってここまで人生イージーモードなのか!?

 カタルとオレでそこまで違うってのか!?

 人生不公平すぎるだろ!

 おフ◯ック!


 あぁ……自分の中のキチゲの上昇を感じる。

 が、だからといって「さぁ見せてください」と言われて見せるのもなんか違う。

 というか、やりにくい。

 期待されると、期待に応えなきゃというプレッシャーが生まれる。

 そのプレッシャーがストレスとなってさらなるキチゲを生んでいく。

 キチゲの螺旋階段の出来上がりである。

 そんなキチゲの輪廻はここで絶たなければならない。


「お前はひとつ勘違いをしている」


「──! すみません、私図々しく神に失礼なことを言ってしまいました!」


 ズザっと下がってひざまずくエレナ。


「私のごとき羽虫、いえ、虫けら以下の塵芥ちりあくたの分際が、身の程もわきまえず罪を犯したこと、なにとぞお許しください……!」


 急にめちゃくちゃ自分を卑下だして平伏してるエレナ。

 いやいや、この子ちょっと振り幅が極端すぎない?

 あ~、でもまぁ、言うことを聞かすならこの流れに乗っといたほうがいいのかな?


「よい。お前を許そう、修道女エレナ」


「あぁ……カタル様……なんと慈悲深いお方……」


 エレナが恍惚の表情で見つめてくる。

 普通、こんな美少女にこんな目で見られたら嬉しいはずなのに不思議とちょっと怖い。


「まず、このキチゲ解☆放は、やれと言われてするようなものじゃない。己の衝動が極限まで高まったときに、自然と『出る』ものなのだ」


「自然と、出る……。なるほど、儀式は強制されるものではなく、自分自身の中から出てくるもの、つまり己の罪の自然発露と懺悔ということなのですね。そうですね、たしかに懺悔は矯正されてするものではありませんものね」


 え、なんか勝手に解釈してるんだけど……。

 でもここは早く帰ってもらうために乗っかっていくとしよう。


「そうだ。キチゲ解☆放は常に自由であるべきなのだ。ただし日常生活の中で急に解☆放をしては、様々な問題が起きてしまう。だから……」


「ここで儀式を行われてるというわけですね!」


「その通ぉ~り! わかったら……」


「なるほど、つまりここは罪を解☆放することのできる唯一の場所、つまり聖地。だから神は、ここでのみ解☆放を行うようにと私に申し付けたのですね!」


「お……? そ、そうだ」


 え、言ったっけ? そんなこと。


「そして、神が目指すのは、いついかなる時でも解☆放することのできる真なる自由な国家だと!」


 ……ん?


「そのために、この国の宗教を対立させて揺らがせ、そこに付け入ろうと機を伺っていた! そういうわけですね!」


 んんん……?


「わかりました! 神のお導きのままに、この不肖エレナ、人生のすべてをキチゲ解☆放教の布教のために捧げさせていただきます!」


 え、ちょっと待って。

 いくらなんでも一人で暴走し過ぎじゃない、この人?


「……キチゲ解☆放……教、だと……?」


 おいおい、動揺しすぎてそこしかツッコミきれなかったぞ。


「あぁ、すみません、また私ったら勝手に……!」


「よい、許そう。ただ、キチゲという言葉自体が禁忌を含んでいてな、大々的に打ち出すわけには……」


「本質は隠す! そういうことなのですね! なんと奥深くおもむき深い教義なのでしょう! 不肖エレナ、恐れながらブルータリティ・ゲージ・リベレーション教会という名を提案させていただきますわ!」


 ブルータリティ……?

 たしか鬼畜って意味だったか?

 で、ゲージはゲージ。

 レベレーションは解放か。

 うん、まぁとりあえずはいいんじゃないか?

 協会は協会だよな?

 組合とかそういう意味の。

 宗教がどうとかってのは一旦引っ込めてこれたってことかな。

 そもそもキチゲ解放なんかを広めようとしても、この子一人でどうかできるようなものでもないだろう。

 なので、この場は適当にあしらっておくに限る。

 気分良くなってもらってさっさとおかえり頂こう。

 オレは早くここで一人になって一日四暗殺で溜まりに溜まったキチゲの解放をキメたいんだ。


「ブルータリティ・ゲージ・リベレーション協会か……悪くない。さしずめブルリベ協会ってところか」


 ブルリベ協会。

 はい、今日はこの名前を持ってお帰りください。


「ええ、ブルリベ教会! あぁ、カタル様の素晴らしい教義がこれから広まっていくのですね!」


「教義? いや、これ協会なんだよね?」


「ええ、教会です!」


 ……?

 なんかちょっとアクセントが違う気がする。


「これからはなんでも私にお命じくださいませ、神様カタル様教祖様!」


 ……?

 え、なに?

 教……祖……?


 こうしてオレは自分でも気づかないまま、ブラックスパイン領を今後席巻していくこととなる新興宗教ブルリベ教の教祖へと祭り上げられていたのだった。

 この暴走ぶっとび修道女、エレナによって。

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