第7話 エレナ、解☆放!(後)

 修道女の名前はエレナ。

 孤児だったそうだ。

 若いながらも修道院では年少者たちのリーダー的な存在らしい。

 今日は修道院の自分のベッドに挟まれていたメモ書きに従ってここへ来たそうだ。

 そのメモ書きを見せてもらう。

 机の上にあった『トワだけは信用』のメモ書きと同じ紙、同じ筆跡だった。

 どうやらカタルの出したもので間違いなさそう。

 あとは『カタルが何の目的で彼女をここへと呼んだのか』なんだが……。


「それで今日私めをここに呼ばれたのは、一体どのようなご要件で?」


 そう、それがオレにもわからない。

 エレナはくりんとした無邪気な瞳をまん丸に見開いて、オレの答えを待っている。


「ああ、それなんだが……」


 ヤバい、何も思い浮かばん。

 マジでカタルはなんでエレナをこへ呼んだんだろう。

 ……単に手籠めにしたかったとか?

 エレナ可愛いもんな……うん。

 本当にアイドルみたいな愛くるしさ。

 ふと、目がいく。

 エレナの両腕に挟まれムニッとなってるローブの膨らみに。

 そして、思った。

 あれ? もしかして。

 カタルがエレナを食うつもりだったんなら……。

 オレ、今からエレナを食わなければいけないのでは?

 だってカタルとして振る舞う必要があるから。


「そ、そ、それはだな……」


 ヤバい、声が裏返る。

 そもそも考えてみたら、オレの人生においてこんな美少女と差し向かいで話したことなんか一度もなかった。

 ああっ……意識したら緊張が一気に押し寄せてくる……!


「あ、あの……ごほんっ!」


 ヤバッ……緊張で頭が真っ白になりかけてる。

 オレとは逆に、一通り自分語りをしてすっきりした様子のエレナは、まるで憑き物でも落ちたかのような純粋無垢な眼差しをこちらに向ける。

 思わずたじろぐ。

 だってオレには女性への耐性が一切ないんだから。

 そ、そうだ……ちょっと、一瞬だけ話題を変えよう。


「そ、そういえば、さっきのは見てどう思った?」


「さっきのって……カタル様がされてた変わった動きの……」


「そ、そうっ! それ!」


 いかん……どんどん地雷原に足を踏み込んでいってる気がする……。

 そう思って焦っていると、エレナが意外なことを言い出した。


「もしかして私めをここに呼んだのは、あれを見せるためだったのですか!?」


 …………は?

 ナニヲ言ッテルノ、コノ子。

 あ、いや……ここは勘違いしてくれてた方がいいのか……?

 う~ん、とりあえず……話に乗ってみるかぁ……?


「あ……ああ、そうだ! あれを見せようとお前を呼んだのだ! まったく……お前が早く来るから予定が狂ってしまった!」


「やっぱり! あの言葉と動作には宗教的なものが感じられました! やはりあれは儀式だったのですね!」


「そ、そのとおりだ! あれは立派な儀式なのだ!」


 ただしキチゲ解放という、な。


「私もやってみたいです!」


「…………は?」

 

 な、なにを言い出すんだ?

 キチゲ解放をやってみたい?


「えっと、こうですか? 粗チ……」


「わーわーわーわー!」


「……?」


 キョトンとした愛くるしい目でこちらを見つめるエレナ。

 いかんよ、きみ。

 こんな純粋潔白そうな子に「粗チン」だなんて言わせるわけにはいかない。


「あ、え~っとだな、その……さっきのは、オレ固有の文言なのであって、エレナにはエレナにふさわしい言葉があるはずなんだ。こう……心の奥底から湧き上がってくる魂の叫びのようなものが」


「魂の……叫び……」


「そうっ、普段溜め込んだ不満やストレス。それを言葉と動きに乗せて解放してやるのだ」


「なるほど、深い儀式なのですね……。ちなみに儀式の名前はなんというのですか?」


「名前?」


 キチゲ解放。

 言ってもいいのだろうか。

 そんな放送コードに乗せられないような名前、

 ま、でもどうせ言ってもこの世界の人間には伝わらないか。

 他に名前も思いつかないし。

 別に言っても問題ないだろう。

 エレナは、ワクテカした顔でオレを見つめている。

 オレは、カタルらしくかっこよく言い放つ。


「儀式の名前は──キチゲ解☆放だっ!」


「キチゲ解放……」


「ノンノン。キチゲ解☆放だ」


「キチゲ解☆放……なんというおもむき深く神聖な雰囲気の漂うお言葉……ちなみに『キチゲ』というのはどういった意味が込められているのでしょうか?」


「うむ、キチゲというのはある言葉の略でな……」


 あれ? これ言ってもいいのか?

 とりあえず『ゲ』の部分だけ説明するか。


「まず、『ゲ』はゲージの略なのだ」


「ゲージですか! なるほど!」


 あ、ゲージはこの世界の人にも伝わるんだ?


「あっ、ということは!」


 エレナがポゥっとした表情を見せる。


「もしかして『キチ』とはカタル様のような『鬼畜』を指した言葉なのでは!? 心の中に溜まった鬼畜ゲージ、それを言葉と動きに乗せて地獄に返す。そうして神の御子として穢れを祓い、神道を突き進む。ああ、なんという素晴らしく画期的な儀式なのでしょう! これを伝えて、邪教ナクロシア教団に押されていた私たち正教グロリセプター教会をお救いいただけると! つまりは、そういうわけなのですねっ!?」


 上気した顔で一気にまくしたてるエレナ。

 は?

 邪教……?

 正教グロリ……?

 え? なに?

 これ以上関わると余計ややこしくなりそうだ。

 さっさとエレナをここから帰そう。

 わけのわからない宗教団体とかかわり合いになるのはごめんだ。


「そ、そうだ、そうなのだ。実はそれでエレナをここに呼んだのだ。では、これでもう用は済んだということで……」


 しかし、エレナはオレの言葉を遮ると無邪気に言った。


「では、私が今からキチゲを解放するので見ていてくださいねっ!」


 え? ……は?

 この子がキチゲを解放する……?

 この小動物みたいな美少女が……?


「すぅ……」


 エレナは目を閉じ、両手を水平に広げる。

 次の瞬間──。

 オレは信じられないものを目にした。


「ファァァァァァァァァック! あ~、うんこうんこうんこ! 死ねボケコラカスぅ! おんどりゃナメとんのかボケがぶち殺すぞ!!!!! なぁ~にが神だボケが! こちとらそんなもん一ミリも信じとりゃせんのじゃぁぁぁぁい! こっちは修道院の他に行く場所がないから、ただ仕方なくそれっぽく振る舞ってるだけじゃぁぁぁぁい! それなのに女神だ聖母だとチヤホヤ持てはやしやがってぇぇ! ウザいんじゃ、このクソオス共がぁぁぁぁぁぁぁあ! いくら私が扇情的な肉体を持った美少女だからって、てめぇらエロい目を向けてきすぎじゃ! 今日もカタルとかいう得体のしれない男に犯されそうになったらぶっ殺してやろうと思って短刀隠し持ってきとったんじゃぁぁぁぁぁっぁぁい! ファァァァァァァァァァック!!!!」


 ……………………。

 え?

 なにこれ?

 オレ、夢でも見てるの?


 エレナは、おっ立てた両手の中指をしまうと、元の小動物な笑みをオレに向ける。


「ハァ……ハァ……どうでしたか? 私のキチゲ解☆放……」


 エレナの上気した肌から発された生温い熱。

 それにあてられる。


「あ、うん……まぁ、初めてにしてはなかなかだったんじゃないかな……」


 とりあえず、それっぽことを言ってみる。


 ニコッ。


 さっきまで悪魔のような悪態をついてきた女は、天使のような微笑みで続けた。


「ああ、なんて気持ちいいんでしょう! キチゲ解☆放っ! この素晴らしい儀式、これからもっと広めていきましょうね、師匠!」


 え、師匠?

 え、広め……?

 一体なに言ってるの……?

 え、このエレナって子……もしかして、結構ヤバい?

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