第6話 エレナ、解☆放!(前)

「なんなんだ、お前は?」


 どうとでも取れるこの言葉。


 お前は誰なんだ?

 お前は何をしてるんだ?

 お前は何を考えてるんだ?


 社畜時代に一番困ったのが、この「輪郭のぼやけた叱られ方」だった。

 具体的な指示でも出してくれればいいのに、わざわざ曖昧な言い方で怒ってきやがる。

 これをやられると、怒られたこっちもどうすりゃいいのかわからなくなってパニックになる。

 それを、オレはこの修道女に仕掛けることにした。

 ふぅ〜……オレはカタル。

 オレは鬼畜なんだ。

 そう自分に言い聞かせて。


「なにって……カタル様が私を呼び出したのではないですか……」


 ん? 呼び出した?

 カタルが?

 この可愛い小動物系修道女を?

 なんの用で?

 もしかして……。

 この修道服の上からでもはっきりとわかるお宝ボディー。

 それが目当てで……。


 ごくり。


 思わず生唾を飲む。

 いやいや、冷静になれ。

 ここが、オレがこの世界で生きていけるかどうかのターニングポイントだ。

 もうちょっとそれっぽいことを言ってみよう。

 それで様子を探ってみることにしよう。


「私が聞いているのはそういうことではない。なんなんだ、と言っているんだ」


 自分でも何を言っているのかよくわからない。

 でも、こういう叱られ方をしたことがあるのは覚えてる。

 案の定、修道女は当時のオレのように困惑し、顔から血の気が引いている。


「あ……もしかして私が早く来すぎたことに怒られているのですか……?」


 無言で修道女を見つめる。

 なるべく冷酷に見えるように。

 顔の角度をクイクイと調整しながら。


(あれ? こうかな? いや、こっちの角度のほうが見下してる感出るかも)



 ゴギュッ……。


 修道女の息を呑む音が響く。


「そ、それとも声をかけずに勝手に覗いてしまったから、その……」


「おい」


「ヒッ……!」


 ビクリと修道女の背筋が伸びる。


「さっきから聞いていれば、なんだその態度は?」


 めちゃくちゃな言い分である。

 自分がこんなこと言われたら間違いなくキレる。

 でも、これもオレが生き延びるためだ。

 理不尽だが、このままカタルになりきるしかない。


「あっ……うっ……」


「そもそもの話だが……」


 椅子に座っている修道女。

 その後ろに回り込む。

 ふぅ……。

 これで、顔つきやらに気を配らなくてよくなった。

 疲れるんだよな、鬼畜貴族を演じるの。

 ほら、だってオレ、普段ほとんど笑ったり、人と話したりしないから。


 カチャリ。


 手がランプの皿に当たって小さく音を立てた。


「ヒッ──!」


 修道女がビクリと跳ねる。


「なぁ? オレと貴様はそんなに親しかったか?」


 おっ、これいい質問じゃね?

 なんか叱りながらも相手との関係性をはかれそう。

 いいぞ、ナイスオレ。


「いいえ、親しくはございません……今、初めてお目にかかりましたから……」


 へぇ、初対面らしい。

 なら、この子からオレの正体がバレる可能性は低そうだ。


「そうだな、その親しくない相手。いくら呼ばれたとはいえ、そんな人物の所有地に勝手に入り……人のプライベートを盗み見し……そのくせ怯えて逃げようとまでする。なぁ……? 貴様、オレになんて言ったか覚えているか? あ〜、たしかこう言ったな。『あなた、本当にカタル様ですか?』」


 背後から修道女の肩に手をかける。

 ガチガチガチ……!

 修道女の震えが、手を通じて伝わってくる。


「なぁ、わかるか? オレがどうして怒っているのか?」


 よしよし、いい感じだぞ。

 自分のことは一切話さずに、相手に勝手に想像させる。

 うん、なかなかすごいじゃないか、オレ。

 まるで本物の(多分)カタルみたいだ。


「す、す、すみませんでした……!」


 ガタッ!


 修道女は床にひざまずくと十字架を両手で握り、額の前に掲げる。


「無礼をお許しください……! 私は、神に仕える身でありながら数々の罪を犯してしまいました……! あぁ……私は一体どのようにして償ったらよいのでしょうか……! カタル様……どうか私めに寛大な裁きを……!」


 んほほぉぉ~!

 こんな萌え系美女がひざまずいて涙を流さんばかりに許しを懇願する……。

 た、たっ、たまんねぇ~~~!

 どうよ、この圧倒的支配感。

 寛大な裁きを、だって?

 これって鬼畜なカタルなら即、手を出しちゃうみたいな流れじゃないの?

 ということは、カタルを演じてるオレが手を出しても……ごくり。

 いやいや……情欲に流されるな、オレ。

 今は情報を引き出すことのほうが優先だ。

 オレは、震えながら十字架を掲げる修道女の肩を優しく掴む。


「そんなところに膝をついていると風邪を引くぞ。それよりも座って話を聞かせてくれ。キミの名前、そしてどうやってここに来るように誘われたのかを。もちろんオレはわかっているが、改めてキミの口から聞きたいんだ。なにか誤解があってはならないだろ? ほら、じゃ、まずは自己紹介をしてくれ」


 おっ、多少強引だがなんとかいい感じで持っていけたか?


「罰を……与えてくださらない……? あの鬼畜と名高いカタル様が……?」


「罪は罰によって解消するものではない。仮にキミに罪があるとすれば、オレが一緒にそれを背負おう。だから気にせず話してくれ。キミが誰で、どうやってここに来たのか」


「はい……まず、私の名は……」


 よしよし。

 修道女は生気の抜けた猫のように素直に椅子に座って語りだした。

 これで一旦身バレの危機は乗り超えただろう。

 そう思い悦に入っていたオレは、この時まだ気づいていなかった。

 彼女の瞳の奥に宿る──狂信的な輝きに。

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