第4話 カタルと秘密の部屋
トワに聞いた道順を辿り、裏口から
裏庭には夜の
ひんやりとした空気が肌を刺す。
ブルッ……。
(日本だと秋ってとこか)
トワに渡されたガウンを羽織ってきたものの、少し心もとない。
つっかけてきたサンダルから伸びた指先に芝生の草を感じつつ、薄暗い裏庭を奥へと進んでいく。
壁際に背の高い大樹が見えてきた。
トワから聞いた目印の木に違いない。
裏に回り込むと、そこには頑丈そうな扉が隠されていた。
ノブに手をかけてみる。
グッ……ガチャガチャ……。
鍵がかかっているようだ。
部屋から持ってきた鍵の束。
そこから一番それっぽいものを選んで鍵穴へと差し込んでみる。
カチャリ。
お、開いた。
──キィ。
かすかに軋み音を上げて扉が開いていく。
(ん……意外と重たいな……)
そのまま力を入れて扉を引くと、中から地下へと続く階段が現れた。
(うわ……なんだこれ……? なんか悪の組織の秘密の部屋とか……そんな感じの雰囲気がプンプン漂ってくるぞ……)
知らない世界の知らない場所。
しかも暗く肌寒い。
怖い。
正直下りたくない。
監禁部屋、偽造紙幣、麻薬製造、なんかヤバい禁忌の錬金術をしてるとこ。
イヤな想像が次々浮かんでくる。
でも。
それでも進むしかない。
カタルという男を知るために。
カタルを知らなければ。
そして、悪役貴族を演じなければ。
でないと、オレは敵対勢力に殺されてしまうらしい。
ということで、覚悟を決めて下へとおりていくことにする。
一歩。
また一歩。
すると。
(え、あれ?)
すぐに次の扉へと行き当たった。
(二重扉……?)
蝋燭の明かりを消さないように、束から合う鍵を探し出して扉を開ける。
ギィ──。
これもなかなかの重さ。
扉が開くと、中からカビの匂いが漂ってきた。
(うっ……)
一瞬怯みそうになるも、オレは意を決してゆっくりと下へと下りていった。
(ん? ここって……)
掲げた蝋燭に空間が照らさる。
そこは、およそ十二畳ほどの部屋。
しかし、思っていたようなものとは違う。
ガランとしていて物がない。
監禁された人も。
剥がされた生皮も。
製造された偽札や麻薬も。
禁忌の錬金術の装置もない。
ただのガランとした部屋。
あるのは、ただの分厚い木のテーブルと椅子が数脚。
いや、壁に布が貼ってある……?
部屋の四隅にあるランプに灯りを移していく。
壁には布だけではなく、綿や羊毛っぽいものまで貼り付けてある。
そして部屋の最奥には、分厚い絨毯が吊り下げられていた。
(なんだ? 絨毯の展示会でもしてたのか?)
テーブルの上の蝋燭に火を移すと、上に置かれた一枚の紙片を見つけた。
「ん? これは……?」
手に取ってみる。
メモのようだ。
『トワだけは信用』
……はい?
トワって……あの侍女のトワ?
オレが服を脱いだら自分も服を脱いでた、あの?
え? それで『信用』ってなに?
信用
それとも、信用
えぇ~……めっちゃ気になる……。
おいおい、一体どっちなんだよ……。
ちゃんと最後まで書いてくれよ……。
周囲が敵だらけのカタル。
そんな彼の近くに仕えていた侍女のトワ。
そのトワを信用……。
していいの?
しちゃダメなの?
おい! どっちなんだい、カタル!?
(ハァ……ここで頭を悩ませてても仕方ない。それより、この秘密の部屋とやらをもっと調べてみることにしよう)
布類に囲まれた壁を見ていく。
布、絨毯、羊毛、綿。
とにかく『もこもこ』したものや柔らかいものが部屋中の壁を覆っている。
部屋の中央には、大きめのテーブルと椅子が十脚。
それと、さっき見たメモ書きと、万年筆にインク。
それから、何も書かれていない紙の束がテーブルの上に粗雑に置かれている。
貴族というわりに高価なそうなものは見当たらない。
万年筆も安物っぽいしインクも水っぽい。
吊ってある絨毯も、分厚いが刺繍などはなく作りも荒っぽい感じだ。
見栄えよりも実用性重視?
ゴテゴテしたカタルの悪趣味な自室とは対象的すぎて違和感がすごい。
(なんだ……? カタルは一体ここで何をしていた……?)
吊るしてある絨毯をめくると、裏に通風孔があった。
ここから空気を入れるわけか。
でも、なんでわざわざこんな絨毯の裏に?
地下室の通風孔って天井とかにありそうなものだけど。
通風孔を覗いてみる。
中はぐねぐねと無秩序に曲がっているようだ。
(あっ、これって……)
ピンと閃いた。
重たい扉。
二重扉。
布や絨毯で覆われた壁。
絨毯に隠された直線ではない通気孔。
そしてなにより。
──ここは、地下。
「もしかして防音室……じゃないのか?」
防音室。
物心ついた時からキチゲを溜めに溜めてたオレは、常に防音室の購入を検討していた。
防音室さえあれば、いくらでも叫び放題。
キチゲも解放し放題。
そんな夢みたいな設備、それが防音室。
でも、お高い。
最低でも、お値段百万円。
無理だよ、そんなの。
でも諦めきれないオレは、どうにか自作できないかとネットで調べまくってた。
だからこそわかる。
これは確実に防音室の構造だ。
壁に貼られた綿や布は吸音の役目を果たしてるし、通風孔が直線でないとこなんてまんまだ。
重たい二重扉なんかライブハウスそのものだし。
そう、ここは──。
カタルの作った防音室なんだ。
おいおい、なんてこった……。
めっきり命を狙われる悪役貴族に転生したと思って絶望してたら……。
なんと!
長年の夢だった『マイ防音室』を手に入れちまった!
テレテレッテレ~!
うおおおおお!
まさかの転生大勝利!!
やったぜ、ひゃっほ~~~!
ってことで!
さっそく溜まりまくったオレのキチゲを解放してやるぜぇぇぇぇぇぇぇ!
スチャッ。
オレは両足を開くと、両手を顔の前へと動かす。
さぁ、いくぜ!
オレの異世界初のキチゲ解☆放!
「ぶぉ~ん! ぶぉぶぉ~~~~ん!(ブブセラ) なんだっつーんだよ、このクソ世界! なぁ~にが『命を狙われる』だよ、ばぁぁぁぁぁぁぁぁか! バカバカっ! うんこ、うんこ~! つ~か、なんだよカタルって! へ~~~んな名前すぎんだろ! ダッサっ! ダサダサ! ダサダサ大車輪っ! つ~か、こいつなんでこんなにイケメンなんだよ! イケメンすぎてムカつくわ、クソが! バカ! バカカタルっ! しかも粗チン! 粗チンバカ! はい、粗・チ・ン! あっ、そ~れ、粗・チ・ン! あ、どっこいしょ、粗・チ・ン! そ~れ、よいっしょ、粗・チ・ン! 粗チン・パラダイス! あ、そ~れ、粗チン・パラダイス〜!」
冴えわたっている。
この異世界でも、相変わらずオレのキチゲ解放は冴えわりすぎている。
だって見てよ、この粗チン音頭。
そして粗チン・パラダイスを。
胸の奥底から湧き出してきたオレのこの熱い衝動を止められるものなんて、もう誰もいやしねぇ!
日本にも! そしてこの異世界にもだ!
なぁ~にが、カタルっ!
なぁ~にが、暗殺っ!
ばっかじゃね~の、クソ異世界!
そんなクソストレス、オレのこの華麗なキチゲ解放で見事に霧散させてやるZE!
オレにはもう「観衆」なんてものは必要ない。
なぜならばっ!
オレには、この『マイ防音室』があるからっ!
だからっ!
もうわざわざ街中でキチゲを解放せずとも!
いつでも!
好きな時に!
好きなだけ!
この熱いキチゲを解放することが出来るのだぁぁぁぁあ!
あぁ……!
なんて最高なんだ……MY防音室……!
「あのぉ~……」
声が聞こえた気がした。
いや、きっと気のせいだろう。
誰もこんなところに来るはずがない。
というか、来てもらっては困る。
今のオレは、誰かに見せるつもりでキチゲを解放しているわけではない。
心の準備が出来てない。
違う。自らキチゲ解放を見せつけるのと、キチゲ解放してるのをうっかり誰かに見られるのとはぜんぜん違うんだ。
うっかり見られるのは美学に沿っていない。
だから、なので、ということで、気のせいに違いないのだ。絶対に、うん。
タラリ……。
垂れ落ちてくる冷や汗を拭いながら、オレは自分を奮い立たせて粗チン音頭を踊り続ける。
「それ、粗・チ・ン……! あ、どっこいしょ、粗・チ・ン……」
ハァハァ……声が上ずる……。
「あのぉ~……カタル様、ですよね……?」
サァ~……。
(気のせいでは……ない?)
全身から一気に血の気が引いていく。
え……? ……は? うそ……だろ……?
ウソと言ってよママン……。
青ざめた顔でゆっくりと振り返る。
部屋の入口。
そこに、紺のローブを身に纏った金髪の修道女が立っていた。
彼女は、怯えた眼差しでこちらを見つめている。
え、あっ……鍵、かけ忘れ……。
「あなた……」
さらに最悪なことに、修道女はこう言葉を続けた。
「あなた本当にカタル様、ですか……?」
や、やっ…………やばぁぁぁぁぁぁあ!
キチゲ解放を見られたうえに、いきなり正体バレかけてんじゃん!
どうすんの! どうすんの、オレ……!?
いきなりのピィ〜〜〜ンチ……!
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