第3話 悪役貴族の生存条件
鏡に写った男──カタルは恐ろしいほどの美青年だった。
雪のような真っ白な肌。
室内なのに月の光を浴びたかのように煌めく銀色の髪。
(な……なんだこれぇ!? オレは
頬に手を当ててみると、鏡の中の美男子も同じ動きをする。
指先に伝わる感触はいつもと同じ。
しっとりとしていて少し脂っぽい。
(う~ん……?)
右を向いて、左を向く。
鏡の中のイケメンも左右を向く。
(これが……カタル? で、そのカタルの肉体にオレの魂とか精神的なものが憑依してるってこと?)
しかし、このカタルとかいう男……。
顔は整ってるにも関わらず、なぜだかモーレツに非情な印象を受ける。
(あっ……)
三白眼。
目が細く、黒目が小さい。
そのせいで、顔全体は整ってるのに冷徹な爬虫類のような感じがするんだ。
(う~ん、この血も涙も通ってなさそうな美青年。そりゃまぁ、たしかに男からも女からも忌み嫌われそうな風貌に見えなくもないけど……)
オレは体を起こすと、ふかふかの真っ赤な絨毯を踏みしめ歩く。
そして、ぼかーんと壁にかけられてる鹿の剥製の前を通り過ぎると、これまた悪趣味な装飾の施された全身鏡の前に立った。
そこに映っていたのは──やはり見知らぬ銀髪の美男子。
多分サテンだかシルクだかのサラサラつやつやとしたローブを着て、なんだか困ったような顔をして突っ立っている。
(ん~……やっぱりこれがオレ……なのか……? こんな冷徹美男子が、オレ……?)
バッ!
唐突にローブの前を開く。
カタルの生まれたままのあられもない姿が鏡に映し出される。
推定身長百八十二センチ。
筋肉質で足が長い。
まるで彫刻のような肉体だ。
だが……。
「フッ……」
オレは勝利を確信し、ほくそ笑む。
イチモツの大きさではオレの勝ちぃ~~~~!
いぇ~~~~い!
カタルざまぁぁぁぁぁ!
なにがイケメンだ、ばぁ~か! ばぁ~か!
イケメンなのに粗チン!
男としてはオレのほうがすごい!
ざまぁ!
オレが唯一カタルに勝っている点。
点というか棒。
それを振りかざして心の中でカタルにマウントを取りまくっていると。
スルリ……。
背後にいた侍女が急に服を脱ぎはじめた。
「えっ!? いや、ちょっと!? はっ!? なにしてんのっ!?」
侍女は「言ってる意味がわからない」といった様子で首をかしげる。
「
「どどどど、どうきん!? どうきんって、あの一緒に寝るやつ!?」
「はい、そうですが」
「ちょ、求めてない! 求めてないから! 早く服着て!」
「はぁ……」
侍女は気のない返事をすると、脱ぎかけていた服をゆっくりと着直していく。
しかも、なんか少し残念そうな顔をしながら。
(いやいやいや……なんなの、これマジ!? え? このメイドさん、いつでもどこでもそういうことしてくれるってこと? え、どうなってるのこの世界の倫理観。それとも、カタルだからOKってこと? っていうか、なんでこのメイドさん少し残念そうなんだよ! もうっ、なんなのカタルって! マジでなんなんだよ、こいつ!)
ということで。
まずはオレが転移? 憑依? してるらしいカタルって誰?
どんな男なの?
それを知るべく、この侍女から情報を収集することにする。
「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、なんでしょうか」
抑揚のない返事を返す侍女。
うん、なんか覇気がないのが気になるところだけど、聞いたら一応なんでも答えてくれそうだ。
よし、ではこの異世界(多分)の情報収集といきましょうか。
侍女への聞き込みでわかったことを記載していく。
まず、この太眉、タレ眉、タレ目でどこかボーっとしてる侍女の名前はトワというらしい。
年齢は十九歳。
ラインハルト家に仕える侍女で、主にカタルの世話をしてたそうだ。
それこそ上の世話から下の世話まで……。
おぉ……下の世話……。
なんというか……いきなりのNTR感だぜ……クハッ……。
え~、こほんっ。
トワのことはそれくらいにしておいて。
話を聞く限り、ここは異世界で間違いないようだ。
ほとんど滅亡してるけど、一応魔法技術なんかもあるらしい。
んで、オレは貴族。
ラインハルト家という子爵家の次男坊。
そのカタルについての情報を整理してみる。
■ カタルは何者かに毒殺された。
■ その原因は、三ヶ月後に正式決定されるという後継者争いの可能性が高い。
■ カタルは性悪、極悪、鬼畜すぎて敵が多い。
■ 反面、カタルはかなり有能でもだった。
■ ただ、それは「籠絡する相手をネチネチと周囲から固めていって逃げ場を奪っていく」というような厄介なタイプの有能さだった。
■ カタルは「所領を繁栄はさせるが、領民は不幸にする」と言われていた。
■ 三兄弟の中でカタルだけが腹違いの子であると噂されていた。
こんなところ。
腹違いの子ってのはあれだな。
兄と弟は金髪ブロンドヘアーだったのに、カタルだけ銀髪。
これは明らかにそれっぽい。
そんなのが有能、しかも次男だったら、そりゃ世継ぎ問題も荒れるよね。
にしても、このカタル。
知れば知るほど「殺されて当然では?」と思えてしまう。
なんでも反社勢力との関わりも深いらしい。
もうあれじゃん、こいつ。
ほら、あの、なんて言うんだっけ?
ああ、そうだ、悪役貴族じゃん。
悪役貴族。
正義に討伐されるタイプの悪の権力者。
今回死なかったとしても、どのみちいずれ殺されるタイプ。
はぁ……。
よりにもよって、なんでオレはこんな奴に……。
あ、そうだ。
今からでも元のオレ、殿沢風太として善人になって正しく生きたら死を回避できるとかないかな?
「なぁ、トワ? もしオレがこれから善人になったとしたら……」
「すぐに殺されるでしょうね。カタル様の周りには、ほとんど敵しかいませんから。善人になって隙なんか見せた日には、すぐにあの世行きかと」
「え、マジで?」
「マジです」
「すぐってどれくらいで?」
「秒です」
おぉ~……!
ぉぉぉぉぉ……!
なんというハードモード……!
つまり、オレはここでこれまで通り
しかも今から三ヶ月間のオレは、跡目争いで絶賛暗殺ボーナスタイム突入中だって……?
ああ~! ムリぃ~~~!!
なにそれ、ムリすぎる!!
ムリムリムリムリっ!
現代ストレス社会から解き放たれたと思ったら、今度は前世とは比べ物にならんくらいの異世界ストレス貴族社会じゃねぇか!
あ~~~、ヤダヤダ!
そうだ、キチゲ!
キチゲ解放してぇぇぇぇぇぇぇぇ!
「そういえばカタル様、秘密の部屋に行かれてみてはどうですか?」
「……ん? 秘密の部屋?」
「ええ、カタル様が裏庭の地下に造った、悪巧みをしたりあんなことやこんなことをされる門外不出の秘密の部屋です。行ってみれば何か思い出すかもしれませんよ?」
えぇ……? なにそれぇ……?
なんか人間の生皮とか壁に貼ってありそうで怖いんですけど……?
ま、とりあえず……一応行ってみるのは行ってみるんだけどさ……。
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