赤ん坊
女将さんに挨拶をし宿を出た。
日はほぼ沈んでいた。
「エアクラさん、ここからどれくらい歩くの?」
「森は嫌い?これからたくさん歩くから慣れてね?
うーーん……1週間くらいかなぁ、飛べるようになれば早いよ」
うわぁ…ちょっと予想してなかったなぁ…
今踏んでいるアスファルトの感触も1週間はお別れかぁ
お土産でも買っていこうかなぁ…
現実逃避をしていると遠くで若者が10人位電車から降りてきていた。意外と言っては失礼だが、若者にも人気があるのか。駅地図を見ながら喋っているため観光客だろう。奇抜な服装だが流行だろう。
エアクラさんが前を歩きながら枝葉を避けながら前に進んでいく。
キャリーケースを軽々と片手で抱えている。自分も持ち上げてみたが軽かった。
「そういえばちゃんと説明してなかったね」
歩きながら色々と話してくれた
「吸血鬼はね、力持ちなのよ。
血力は前に話したよね?吸血鬼独特の、血に宿ってるエネルギー。
筋力だけじゃなく血力も使って動くから俊敏だし力も強いの
これくらいなら力の使い方を覚えなくてもできるよ」
そう言いながらキャリーケースをお手玉のように投げて遊び始める、ガチャガチャと音がなり始め中身がぐちゃぐちゃになってしまう事に気付きしょんぼりしている。
「おさらい!血力はどこから来ているでしょうか!」
流石に覚えている、血臓といった心臓横の臓器から生産され血液に乗って全身を巡っている。
故に弱点となると言っていたな
「えらいえらい!じゃあちょっと座って休憩しながら血力を感じるところから始めてみようか!修行だね!」
座り、心臓の横を意識する。何か違和感を感じるがそれだけだ
全身を意識しても何も感じない。
違和感を取っ掛かりにするため更に集中する…
何か心臓の横に熱いものを感じ始めた、奇妙な感覚になって来ているが……
近くに野生動物がいる。目は閉じているが何となくそこに生き物がいると感覚が囁いてくる。確信は持てないものの確かにいる
集中力が段々と切れてしまいそこで中断する。
エアクラさんはこちらを見ながら「しょうがないよ、初めてでできる事じゃないし」とフォローしてくれる。
歩いては休憩し修行、歩いては休憩し修行、と何度も何度も繰り返した
「うーん、感覚的なものは難しいからね。私の血を飲んでみてまたやってみようか」
エアクラさんは自らの人差し指を浅く切り、こちらに差し出してきた。雫が1滴指の腹で膨れている。
どうやって血を貰おうかと逡巡していると急に口に指を入れてきた。
ムグっと変な声が出てしまい照れそうになるが胸が熱くなる、いや!これが血臓か!!
心臓の横に脈拍とは明らかに別の鼓動がある。
ドクンといった強いものではなく、痛いわけではないがズキズキ、ジクジクといった疼きのようなものがあるのだ。
口から指が抜かれたことにも気づかずに集中していた。
「エアクラさん!ありがとう!!!」
バッとエアクラさんが焦ったようにこちらを振り返る。
指を舐めていた……ように見えたが気のせいか。もしくは傷を舐めて治すみたいな感じなのか?
「う、うん!良かったね!次は全身の血力を感じて、全身に巡らせてみる練習だね!」
せっかく勢いに乗ってきたのでやりたいが集中力が続かない
「疲れちゃったから体動かしたくなっちゃった、待っててくれてありがとう、行こう」
歩きながら血臓を意識するよう、暇さえあれば練習をしていた。
男はいくつになってもこういった超能力には憧れるものだ、個人に能力があると言っていたが自分はどんな物だろうか。強い能力がいいなぁ
「そういえば個人能力ってどうやれば分かるようになるの?」
「そうねぇ、まだまだ先だと思う。一般的には血族能力を扱えるようになる方がずっと早いわね、でも【継戦】の血族能力は血を吸うことだからね、力……じゃなくて特性のほうが近いわね」
カイトが吸血鬼の血を吸えるのは普通じゃないって言ってたな
「そうよ?私達は【継戦】の血族と呼ばれてるわ、敵を倒し吸血する事で長く戦えるの。普通は戦いながら血力を回復するなんて出来ないからね。私達にジリ貧なんて事はあまりないわ。」
歩きながらエアクラは続ける
「でもね?最強って訳じゃないわ。他の血族みたいに派手な力はないからね。この前の【暴虐】のなんてわかりやすく力!って感じだったでしょ?」
ローディか、確かに派手だった。
「彼は【暴虐】でも特殊だけどね。多分短期決戦に特化してるんだと思う。男の子よねぇ」
子って歳じゃなかった気もするけど…まぁ吸血鬼だし、見た目の年齢は当てにならないのか
「さて、そろそろ野営の準備しちゃいましょうか!テント持ってきたからね!マナト君は訓練してていいよ!」
ガサゴソとトランクからテントなどを手際よく取り出し設営していくエアクラさん。申し訳なく思いつつも俺が自分で飛べるようになれば早く到着できる。つまり飛べるようになるのが第一優先であることは間違いないだろう、感謝を伝えて今は特訓に励むべきだろう。
倒木に腰掛け集中しようとしたとき目の前にエアクラさんが来る。指に血の雫が乗っており差し出してきている。
躊躇いながら口に含む、なんかとても背徳的なことをしている気持ちになる。
カッと血臓が熱く反応する、今回はそこから全身に熱いものが回ってゆくのを感じる。
寝起きに白湯を飲んだ感覚が近いだろうか。冷たい体を温かいものが巡っていく。何周も何周も巡りっていくものを意図的に加速させたり減速させたり。意外ということを聞いてくれるので楽しくなってくる。
「いい感じね。そうしたら体の一部に集めてみてほしいの。今からマナト君の目に私の手を当てるからそこに集めて、いくよ?」
ひんやりと目を冷たいものが覆う、エアクラさんの手だろう。
冷たいおかげで意識しやすくなった。目に血力を集める、集め過ぎたら破裂しそうになるんじゃないか、その心配は他所にどんどんと集まったものが吸収されていく。無限に吸収されていくように錯覚すら覚える。
「うん、いい感じ。そうしたらゆっくりと、ゆっくーり目を開けてみて」
フッと霧が晴れるかのように周囲の闇が消える、夜の森のはずだがまるで昼間の日陰のように鮮明に見える。
「これが血力による強化よ、吸血鬼が夜に活動できる理由の一つよ」
おお、本当にすごい。夜の闇が編集でもしたかのように明るく鮮明に見える。
葉の一枚一枚のディテールも細かく見える、解像度が高くなっている
風に吹かれて落ちてくる葉もブレないで見える、動体視力も高くなっているのか
「エアクラさんがローディと戦っているとき何も見えませんでした。どう戦っているのか不思議だったけど…なるほど、こういうことだったのか……」
クスリと笑いながらエアクラさんは
「まぁね、でもまだまだ君は吸血鬼として赤ん坊同然だけどね?」
と、可愛らしいドヤ顔で返してきたのだった
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