旅の始まり


「23番搭乗口でお待ちの皆様、大変長らくおまたせしました。搭乗開始になります。」


 空港の受付で発券されたチケットを持ち搭乗口から乗り込む


空港についてからエアクラさんが全てエスコートしてくれた、慣れている所作であった。自分は吸血鬼になる前は乗ったことがあったのだろうか?慣れたことは身体が覚えているはずだが不安だった為慣れてはいないのかもしれない。


なにはともあれ吸血鬼になってからは初フライトだ。




「朝はやっぱり眠いね、飛行機は2時間かからないくらいだけど寝ようかなぁ……」




エアクラさんはまぶたをこすりながらあくびをしている。


席につきシートベルトを締めるとエアクラさんは寝てしまった。




グッ!と身体にGがかかり驚くとエアクラさんもおっかなびっくりしていた。


「この大きなものが飛ぶんだもんね、何回乗ってもなれないのよ。」


 




 怖がりながらエアクラさんが呟いていた、手を握ってきた。震えている。


自分で飛べるのに?と疑問に思っていると自分の羽で飛ぶのはいいが飛行機は怖いとのことだった。




 機体が上空にあがり安定すると、まぁ墜落しても死なないんだけどね。そう言いにへらと笑い、そして眠ってしまった。




座席から外を見る。視界が一面全て青に覆われている。青空に海、どこまでも青い。




忙しくて暇がなかったが思い返すと色々とあったのだ。感傷に浸るのも致し方ない。……とは言ってもまだ4日程度しか記憶が無いのだが。




 吸血鬼の事もそうだが自分の事が分からない、これが想像以上に恐怖を感じるのだ。


 何も分からない、名前しか覚えてないのだから。出生地、趣味、友達、両親、恋人。


何一つ覚えていない。自分とは何か、何を持って自分なのかなんて哲学的な思考にもなるだろう。


 家族はいるのだろうか、心配をかけてしまっているだろう。


結婚はしているのか?結婚指輪していないからおそらくしていないのだろうがなぜか左手の薬指をさする癖があるのだ。


……離婚済み、なのか?


 一人で考えていると不安に押しつぶされそうになる、アイデンティティの確立は人間にとっても吸血鬼にとっても必要なのだ。


ギュッ、とエアクラさんの手を握る力が強くなり安心する。






そうだ、一人では無いのだった。エアクラさんは自分を吸血鬼にしたのを後悔している様だが俺は気にしていなかった。










ガダンッ!!


急な衝撃が身体を襲う!何事かと周囲を見ると着陸していた。


考え事をしている途中で眠ってしまっていた。




「エアクラさん、着いたよ。…………おーい、エアクラさーん?」




 ハッとした顔をしたかと思えば顔が赤くなっていく。


寝顔見られちゃった……眠くて忘れてたけど恥ずかしい…と言っているが自分も寝ていたと伝えると、ならいっかとケロッとしている






 荷物返却口で大きなキャリーを受取り、電車にのる。


札幌で乗り換えどんどんとコンクリートが減っていき大自然が割合を占めるようになっていく。




今は夏だが冬であれば雪が一面を覆っていたのだろうか。




終点まで乗っていたが乗客は自分達だけだった。




「長旅お疲れ様、今日は1回泊まっていこうか。ここから先は歩きでしか行けないから疲れを少しでもとっておかなきゃだしね!」




日も暮れてきていた。歩くと言ってもどうやら森や山の中を通っていくとのことだった。閑静な田舎町だが旅館などはちらほら目につく。




 チェックインを済ませ食事はお店で食べることにした、山の幸が名物らしい。




「地酒とかもあるのかな?エアクラさんはそっちの方が楽しみでしょ」


笑いながらそう言うと


「もー、マナトくんは私のことどう思ってるの!」


とほっぺを膨らませながら笑っている。






「あらあら、二人ともラブラブで良いわねぇ。ご飯ならそうねぇ、道をまっすぐ歩いて薬局のところ曲がると食堂があってそこが美味しいわよ」






 女将さんに感謝をし歩き始めた。食事は非常に満足行くものであり、旅館も温泉付きで最高であった。








「出発は明日の夜にしましょう。練習するなら人に見られたくないしね」




朝一度起きてしまいそうだがここからはハードになると言われ二度寝してでも夕方まで寝る事を勧められた。


女将さんには2泊分払うからチェックアウトは夕方にすると伝えていたが1泊分でいいと言ってくれたらしい。








おやすみなさい、と二人の声が重なり電気を消した。

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