第6話 専属契約

初日の授業が終わった放課後、約束通りマダム・オリアーナを探すために

ノア、アリル、パナメラの三人は街に出ていた。マダム・オリアーナはこの都市ではいくつかある歌団のまとめ役として知られているようでこの都市に住むアリルとパナメラも名前だけは知っているようだった。しかし、どこにいるのかや拠点はどこにあるのかなどについては知らないので聞き込みをしていくと場所はすぐに分かった。

場所はなんと学院がある通りの端で五階建ての大きな建物だった。学院がある通りは商業区画ほどに店があるわけではないが冒険者ギルドや錬金術ギルドなどの公的施設が多い。そして、その中にオリアーナ歌団と書かれた看板があったので早速中に入ると何やら大きな声を出している男がいた。


「だから!いつになったらマダム・オリアーナは戻ってくるのだ!」


受付の女性に大声で詰め寄る貴族らしい男がいた。


「申し訳ありません、マダム・オリアーナ様は現在不在のためご案内することができません」


受付の女性も臆することなく答える。


「私は男爵家のものだぞ!どうせ居留守を使っていることはわかっているのださっさと出せ!」


受付の女性が何度断っても駄々をこねる。すると、ついてきていたパナメラが一歩踏み出し騒ぐ男に近づいていく。


「見苦しいですよ、コネル男爵」


突然後ろから馬鹿にされ自分のプライドが傷つけられたのだろうかすぐにパナメラの方を向くとばつの悪そうな顔をする。


「パナメラ侯爵令嬢…」


しりすぼみに声が小さくなっていく。


「こちらの受付の方がいないとおっしゃっているのです、今日はあきらめてまた後日来ればよいでしょう」


貴族たらん態度にて目の前の男を戒める。普段の態度からは考えられないくらいの堂々かつ気品あふれるものだった。


一応、侯爵家令嬢よりも男爵当主の方が立場としては上なのだが結局侯爵家のもに何かあれば当主が黙っていないのであまり意味をなさない。

結局言われた男爵の男は逃げるように挨拶して出ていった。


「すごいねパナメラ!かっこよかったよ!」


「それにまさか侯爵家の娘だったとはねぇ、ノアほどじゃないにしろ驚いたわ」


パナメラのもとに近寄り先ほどの別人のような対応を褒める。


「えへへ、ありがとうございます~ああいうときは貴族のものとして毅然としなければいけないと散々叩き込まれてきましたから」


先ほどまでのかっこよい姿はなく褒められてにやにやしているパナメラだった。


「先ほどはありがとうございました」


にやついているパナメラのもとに先ほどの受付の女性が感謝の意を伝える。


「いえいえ、子供のころからああいう人を見てきましたが父の真似をしただけです」


「なるほど、我々オリアーナ歌団の調査でもラーズ侯爵家の方々が人気であるのも頷けますね」


受付の方がにこりと笑い謙遜するパナメラを褒める。


「調査?」


僕も気になってはいたがアリルが聞いてくれた。


「はい、我々のような職業は民衆の意見や人気、流行などを敏感にとらえなければ他の歌団に遅れてしまいます。ゆえにオリアーナ歌団では様々な調査を様々な方法で行っております」


三人でなるほどなぁと同じような顔をしていたと思う。もう少し踏み込んだことを聞いてみたかったが受付さんの顔にこれ以上はお答えできませんと書いてあるような気がしたのでやめておいた。するとその受付さんがパナメラから目を移し僕に耳打ちをする。


「失礼ですが、ティア様の弟様ではないでしょうか?」


いきなりこちらの目的とも合致するようなことを聞かれてしまったために思わず顔にどうして知っているのかというのが出てしまった。そしてその表情を見てか、またまたにこりと笑い付け加える。


「マダム・オリアーナ様から受付全員にティア様とティア様の弟様の特徴が通達されており、もしいらっしゃった場合にはすぐに通すようにといわれております」


そういうと受付の内側、一枚の扉の方へ洗練された所作で手を向けると


「ご案内します」


その笑顔には本当に待っていましたよ?と書いてあるような気がした。



―コンコン―


「マダム・オリアーナ様、いらっしゃいました」


入れとの言葉におそらくオリアーナさんの執務室であろう部屋に入るとなんだか疲れた様子のオリアーナさんがいた。

促されるままにオリアーナさんの対面になる席に三人で座る。


「よく来てくれたね、まぁ知らない子も二人いるし自己紹介と行こうじゃないか」


みんなで少しだけ居住いを正す。


「あたしはオリアーナ歌団の団長を務めているオリアーナだ。ノアは久しぶりだね。」


自分の自己紹介を終えて視線を一番端に座っているパナメラの方へ向ける。


「わ、私はラーズ侯爵家次女のパナメラと申します!」


「僕は前にもお伝えした通りティアの弟のノアです」


「私はアリルよ、パウエル博士の娘といった方が分かりやすいかしら」


三人ともオリアーナさんに続いて自己紹介を行う。


「ほう、あの博士の娘だったとはねぇ可愛らしい顔をしているじゃないか」


パナメラのことは調査していたこともあり知っていたのだろう。アリルの自己紹介では少し驚いた反応を見せた。


「さて、いろいろ言いたいことはあるんだがまずはティアは来てないのかい?」


当然の質問だろう。弟が来る可能性自体もなくはないが本人が来る方が普通だと考える。ただしこれには言い訳を用意しておいた。


「姉は町中で騒がれているために家においてきました。そしてその代わりとして僕が着た次第ですね」


「まあ、確かにそこらじゅうで噂になってるしそれこそこの事務所にも何人の貴族が押し掛けてきたことか…」


先ほどの貴族みたいなのがたくさん来たとなるとそりゃ疲れる。オリアーナさんが入ったときに疲れた顔をしていたのもそれが原因だろう。


「うちの姉がすみません」


「いや、あんたのところのは何も悪くないよ。むしろこんなに火が付くとあたしらも思わなかったさ、ろくに外にも出れなくしちまって悪かったね」


お互いに頭を下げる。


「さてこの辺であたしから聞きたいことを聞こうかね」


オリアーナさんが目線で僕たちに問いかける。


「まどろっこしいのは嫌いなんでね単刀直入に言わせてもらうとあんたの姉さんと契約を結びたい」


おっといきなりだな。その辺の話を聞きに来たところだからちょうどいい。


「もちろんそっちの事情とかもあるだろうからその辺はできるだけそっちの都合に合わせるつもりだよ、仕事としてはうちらが場所なんかは全部用意するからティアにはそこで歌ってもらいたい。もちろんそこには売れたチケットの分なんかから給金も発生するし送り迎えなんかもこっちでやって安全に送り届けようじゃないか」


なるほど想像していた通りな感じだね。しかしそこまでこちらに優遇してくれることなんてあるのか?こちらにうまい話が多すぎる気がするんだよなぁ…


「その顔はもっともだろうけどねよく考えたら当たり前のことだよ」


また顔に出てしまっていただろうか…


「いいかい?今まで一人しかいなかった歌姫がもう一人生まれたんだ歌姫ってのはあんたが思ってる以上の人気なんだよ、しかもその最初の歌姫はとんだわがままのお転婆ときたもんだ。うちらのような仕事をしてるとドタキャンなんてされたら最悪なんだよ。んでその一人しかいなかった歌姫はもちろん専属契約なんて結ばない。その方がいろいろな団が競うように金を積むからね」


ここで一度区切り紅茶を含む。


「そんな事情もあってうちらの団からすると歌姫と呼ばれるような逸材が専属で契約してくれる機会は絶対に逃したくないんだよ。どんなに破格の条件だとしてもね」


たしかに風のうわさでも僕(ティア)が歌った時も決して安い値段の料金ではないと聞いている。だから貴族が聴きに来るとも。そして歌姫であればそれが飛ぶように売れるのだろう。その歌姫と専属契約できるならこの条件でもおかしくはないのか。


「なるほど理解しました。ですがちょうどよかったです。うちの姉もオリアーナさんのとこでこれからも続けたいと言っていましたので」


「本当かい!?」


先ほどまですました顔で話していたオリアーナさんが身を乗り出して確認してくる。


「え、ええ本当ですよ」


嘘をつく理由も、もちろんないので正直に答える。


「いやーそりゃよかったよ、正直受けてくれるかはよくて半々ってところだろうと思ってたからねぇ」


緊張から解放されたようにそして何となくだが初めて会った時のオリアーナさんの調子に戻ってきたような気がする。


「うち以外にもライバルの歌団はいるからねぇ、『薔薇ばら』とか『鈴鳴すずなり』とかね。どっちもうちみたいにいい条件を出すだろうしきっと今頃血眼になりながらさがしてるさね」


ライバルとなる団よりも先に契約を結べたのが本当にうれしいのだろう。ちょっと悪い笑顔が出てしまっている。


「よくうちに来てくれたよ、そしてよくあの時あたしに声をかけてくれたねノア

あんたのおかげでティアという素晴らしい逸材に出会えた。感謝するよ」


まっすぐに僕の目を見て感謝してくれる。


「詳しいところを詰めるのは本人が来てからにしておこう、今日はとりあえずこんなもんか…」


と言いかけたところでなにやら真剣な顔に変わり声を潜める。


「あまりこんなことは言いたくないんだけどもねぇギルディアーナが何かしでかしそうな雰囲気があるみたいだ。うちのもんがギルディアーナが良くないところと接触しているのを確認したんだよ、もしかしたらティアに何かをするつもりなのかもしれない」


ここまで言ってより一層瞳に力を込めて言う。


「うちとの契約が決まった以上責任をもってうちが…」


と言いかけたところで今まで黙って聞いていたアリルが口を開いた。


「大丈夫よ」


「………どういう意味だい?」


きっとティアを守ると言おうとしたのだろうオリアーナさんが怪訝な顔をしてアリルに問いかける。


「大丈夫なのよ、ね?ノア」


「うん、大丈夫だね。オリアーナさんお気遣いありがとうございます。ですがうちの姉はたぶん強いんです」


これを聞いたアリルが文句ありとばかりに


「どこがちょっとなのよ下手したらうちの学校で一番強いわよ」


「おや、となるとあの有名な生徒会長様よりも強いのかい?」


「あぁ、あの人ねまぁ直接戦ったわけではないから断言はできないけど勝つでしょうね」


僕はその生徒会長のことは知らないがきっと強い人なのだろう。さすがにその人よりも強いと聞いたオリアーナさんは納得顔で


「それなら少し安心だね。まさかそんなに強いとは思わなかったけどもねぇ」


少しだけオリアーナさんが不思議そうな目で僕の顔をみてくる。ただそこから先のことを突っ込んでくることはなかった。


そこからは他の団のことやこの団に所属している人。ギルディアーナがどんな感じで動いてくるかの話を聞いて今日のところは帰ることにした。






































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