第4話  断じて違う

“第二の歌姫ティア”


この名前は一気に噂となっていた。

広場の有料席にいたものはもちろん。少し離れて立ちながら聞いていたものまで全員が噂するほどだった。


“あの娘はどこのものなのか”

“早く探してうちに取り入れるのだ!”


マダム・オリアーナとはその一回のステージのみの契約だった。これもまた鼻の利く貴族が調べれば簡単に分かることだった。


「大変なことになってしまった…」


朝の学院の廊下で独り言ちる。

歌姫ギルディアーナの代役として完全アウェーで歌った次の日廊下で張り出されていたクラス表をもとに第五階梯クラスへ向かっていた。

廊下でたむろする学生からもちらほら“歌姫ティア”の名前が聞こえてくる。


「はぁ…」


ここまで目立ってしまってはどころか有名人じゃないか!!

思わず顔がげんなりしてしまう。


「なーに朝からしけたつらしてんのよ!」


ふと顔をあげるとまぁ予想通り仁王立ちの赤い髪が朝の陽ざしを反射させていた。


「どうせ昨日あの後も全く見つからなかったんでしょう?」


「あーいや、まぁそうなんだよね」


アリルにだけは教えてもよかったかもしれないがもう少しことが落ち着いてから話した方がいいと思ったのでまだ伝えないでおく。正直、マダム・オリアーナさんにもう一度話がしたいしそのあとでもいいだろう。


「また探せばいいじゃない。そ、それに…」


「それに?」


アリルが相変わらず仁王立ちではあるが顔を逸らし少し顔を赤くしている。


「あ、あんたがどうしてもっていうなら、う、うちの実家に来て一緒に研究の手伝いをすればいいじゃない」


いつもとは違いかみかみだ。しかし研究か…もちろん興味がないわけではない。

むしろこの世界で生きる上で知っておいて損はないしもしも解決できたのならそれ以上にいいことはない。


「そうだね、学事に関係なく一度研究の様子とか見てみたいね」


正直家に遊びに行くくらいの感覚だったのだがそれを聞いた本人はそれはもう嬉しそうにして


「ぜ、絶対に約束よ!?破ったら許さないんだから!」


更に顔を赤くして詰めよってくる。今日のアリルはいつにもまして元気だ。


「さ、あんたもどうせ第五階梯クラスなんでしょ、行くわよ!」


スキップでもしそうな勢いだ。


そして廊下の一番奥にある教室に入っていくもうほとんどのクラスメイトは揃っているようだった。

新入生のクラスは全部で五クラスある。

第一階梯クラスから第五階梯クラスだ。たぶんアリルがここにいるということはこのクラスが魔法検査上位の者たちなんだろう。入れてよかった!



「あーーーーー!!!!!」


魔法検査の結果に今更ながら満足していると廊下のど真ん中でこちらを指さすピンク髪の少女が一人。背はアリルと同じくらいだが起伏の激しい感じだ。

こちらを指さしたままさらにもう一言。


「女子トイレ覗きだーーーーー!!!」


ああ、神よどうしてこうなるのですか。僕は普通に学院生活を送りたいだけなのです。



女子トイレ覗き?


断じて違う。




―ギルディアーナ邸―


「それで?ティアとかいう小娘はいつになったら見つかるわけ!?」


ギルディアーナ邸の一室。

見つからないという報告をしに来た人間にグラスを投げつける歌姫ギルディアーナがいた。世間では清廉なイメージだがここにはそんな姿はなく自分の思い通りにいかないがゆえに喚くまさに子供であった。


「申し訳ありません。多方面から調べて探しているのですが、対象の姿を見たという人はその当日だけという人が多く普段姿を現していないようなのです」


報告に来たものはありのまま本当のことを伝える。


「なら、普段は透明になってるとでもいうのかしら?」


この歌姫が納得するはずもなくまたまた声に凄みを持たせる。


「しらみつぶしでも何でもいいから探し出しなさい!」


御意と一言だけ残して一瞬にして姿を消す。もちろんその動きはただの人探しをする者の動きではない。


「全く私の邪魔をするとは………」


ギルディアーナは今まで欲しいままに富やら名声を手に入れてきた。

歌姫は一人。

これがギルディアーナという存在の価値をどんどん吊り上げていく。わがままを言って仕事を投げ出そうが誰も文句は言ってこないし、ステージに上がるのにもかなりの袖金を受け取っている。

しかし、今第二の歌姫が生まれてしまった。唯一の歌姫ではなくなりこの先自分がわがままを言おうものならそのすべてが第二の歌姫に流れてしまう。

そのようなことを許せるわけがなかった。

一刻も早く探し出し脅すなり汚い男どもに貸し出してやれば素直にいうことを聞くようになるだろう。

そう思い、高い金を積みこの都市の暗部では有名な“何でも屋”を雇った。

しかし、結果はその者によっても見つからないしめぼしい手掛かりですらない状態。ギルディアーナにはこの状況だけでも不機嫌になるには十分だった。


「くそが…」


頭に血を登らせていると部屋の扉がノックされる。


「ギルディアーナ様、第三皇子バッカン様がおいでです」


使用人が伝えてくる。


第三皇子バッカン。

国王の子供の一人でギルディアーナに多大な支援をしている人物。

毎日遊び惚けていて国民の間でも評判は悪いと言えた。

そしてもちろんギルディアーナにも下心で支援しており会うたびにデートに誘ったりしてくる始末。

ギルディアーナからしてみれば金を落としてくれる一人でしかないが会わないわけにもいかないのでなるべく肌の露出を抑えた服に着替えて応接室へと向かう。


「お待たせいたしました、バッカン様」


「おお、待ってたよギルディアーナ」


ギルディアーナが姿を現すと笑い全身を見やる。その姿に少しだけ残念そうな顔をするもおそらく久方ぶりに会うからだろうかすぐ笑顔に戻す。


「ようこそおいでくださいましたバッカン様、最近はなかなか時間が足りずに申し訳ありません」


もちろん会う時間などいくらでもあったが面倒なので断っていた。


「忙しいなら仕方ないよ、ギルディアーナは人気だからね」


そう言いながらスタイルのいいギルディアーナの体をチラチラと見ている。


「今日は特に用事はなかったんだけど来てしまったんだ」


“このタイミングの悪いやつが”などと思いながらも適当に20分ほど話をして帰るように促す。


「何か最近困っていることなどはないかい?」


「そうですね…今は困ったことなども特にないですし今度時間があるときにまたお会いしましょう」


多少失礼ではあるが何となく今は忙しいと伝える。


「あ、ああそうだね。また来ることにするよ急に押しかけてすまないね」


「いえいえ、ではまた」


そのままバッカンはギルディアーナ邸を後にした。


「早く見つけなければ……………」


王子がいなくなった後の部屋でつぶやく。

もしかしたらあの王子が第二の歌姫になびいてしまうかもしれない。

そうなると本当に最悪だ。第三王子といえど王子なのだ。

そのへんのものに比べると支援はけた違いに多い。


少々の焦りを持ちながらもできることは待つことのみなのでちょうど雲に日が隠れ

うす暗くなった廊下を歩きギルディアーナは自室に戻る。



















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