第8話 ラブホテルは百合の花だって咲かせる事が出来るんだ②

「これって。部屋に転移したって事なのかな?」


「う、うん。多分?大丈夫なんだよね?」


 宿屋の店員に手振りで案内されて扉を開くと。

 一瞬にして視界が切り替わり何処かの室内へと移動した。

 確かに話に聞く様なダンジョンとは全く違う。


 ノーラは堂々とした様子で周りを観察するが。

 カーラはノーラの肘を掴んで挙動不審で怯えている様だ。


「大丈夫でしょ。冒険者が塔から帰って来ないって話は聞かないし」


 不安そうなカーラの手を握って。

 ノーラは廊下を進んで部屋へと入った。


「普通の宿と比べて広いわね。清潔でベッドは大きいしソファーもあるし。これで一泊小金貨1枚なら安いのかしら?」


 ラブホテルの料金システムについては道中にルイスから聞いている。

 一番安いランクEの部屋で一泊小金貨1枚。

 一般的な宿屋には無い2時間の休憩だと半額の銀貨5枚。

 稼ぎの少ない平民では簡単に来る事は出来ない値段だが。

 それでも冒険者からの評判は異常に高いのだから何か秘密があるのだろう。


 二人なら余裕で寝られる真っ白なシーツの清潔なベッド。

 平民では中々目にする機会の無い高級そうな革張りのソファー。

 木目の綺麗な黒い机。

 照明は暖かみのある目に優しい色合いで。

 何だか良く分からない大きな板や雑貨も置かれているが。 


 これだけでも充分な価値があるのだろう。

 平凡な平民が小金貨1枚払って泊まるかは疑問だが。


 ノーラはそんな風に考えて部屋の中央へと進み。


「このベッド!凄いフカフカで柔らかいよ!」


 気になってベッドを触ったらしいカーラが声を上げた。

 活発で快活なノーラに対し、カーラは控え目な性格をしているので。

 大きな声を出す事自体が珍しい。

 それだけベッドを触った感触に驚いたのであろう。


「本当だ!ちょっと寝てみましょうよ!」


 ノーラもベッドを触り。

 自分の寝室や宿に置かれている藁のベッドと全く違い。

 押せば手が沈み込むぐらいに柔らかい感触だった。

 そんなベッドに横になれば。


「これはぐっすり眠れそうだわ」


「お姫様にでもなった気分だね」


 自らの体重で背中がベッドに沈み。

 まるでベッドに包まれている様な至福の心地良さ。


「このまま2時間なんてあっという間に過ぎちゃいそう」


「だねぇ」


 ベッドに横になって目を閉じる二人。

 二人は気付いていないが何故だか手は未だに繋いだままで。

 思わず寝落ちしそうになった所。


 ピンポーン


 部屋の中に聞き馴染みの無い音が流れて飛び起きた。


「何今の音」


 警戒して部屋を見回すノーラ。


「あれじゃないかな。ルイスさんが頼んでくれたお酒と料理。扉にある引き戸から受け取れるって」


 カーラは冷静にルイスの言葉を思い出してノーラに告げた。


「そうかもしれないわね。一応警戒して扉の前まで行くわよ」


 カーラの手を引いてベッドから下りたノーラは。

 ベルトからぶら下げたナイフの柄を握って慎重に扉へと向かう。


 警戒の意味は特に無く扉まで到達したノーラが引き戸を引くと。

 猛烈に食欲をそそる香りが漂った。


「何この美味しそうな匂い」


「ビーフカレー?って言ってたけど見た事の無い料理だね。異国の料理かな?」


 木のトレイには茶色いスープの入った皿と珍しい形のコップに入ったワインが載っていた。

 ノーラはトレイを扉の中に引っ張り込んで。

 カーラは引き戸を元に戻した。


 ゴクリと二人同時に生唾を飲む。


 そしてテーブルに運んで二人とビーフカレーのファーストコンタクトである。


「美味しい!辛くて苦くて複雑な味!」


「本当に美味しいね。この茶色いスープは辛いんだけど。こっちの白い粒々が仄かに甘くて良く合ってる。お肉も噛まなくても口の中でホロホロって解けちゃうくらいに柔らかくて。美味しいお肉の味もしっかり残ってるし野菜も柔らかいし。美味し過ぎてスプーンが止まらないよ」


 いつになく饒舌なカーラにノーラが驚いたりしつつ。

 あっという間にビーフカレーを完食した二人。

 空になった皿を見て酷く寂しそうな表情を浮かべながら。

 コップに入ったワインを傾ける。


「あ、これも美味しい。いつものワインと全然違う」


「このワインを飲んじゃうといつものワインが薄く感じちゃうね。美味しい」

 

 平民が利用する食事処や酒場で提供されるワインは。

 ワインを水で薄めて提供している所が殆んどだ。

 ラブホテルではワインを態々薄めて不味くする様な事は一切しないし。

 そもそもの品質が違うのだから香りも味も良くて当然である。


 因みに。

 アイトの前世では20歳未満の飲酒が禁止されていたが。

 ノーラとカーラの世界では未成年の飲酒に対する規制は無い。

 そもそも成人する年齢が低いのでノーラもカーラも少女ではあるが立派な成人女性である。

 故にワインを飲むのは問題無い。

 そもそもダンジョン内は無法地帯であるのだが。


「このお酒と料理で一人銀貨1枚と銅貨5枚?」


「座り心地の良いソファーでゆったり食事が出来る個室を借りられて。寝心地が最高のベッドがあって。部屋代を合わせても一人銀貨4枚だね」


「安いわね」


「安いね」


 この段階で既に庶民の間隔でも安いと判定を下した二人。


「まだ他にも秘密があるんでしょう!廊下の途中に扉があったわよね!そっちも見てみましょうよ!」


「うん、そうしよう」


 ノーラはカーラと手を繋ぎ直し。

 未知の世界へと続く扉を開いたのであった。


「惜しい。料理と酒を頼んだのが裏目になったな」


「何が惜しいのでしょうか?」


 マスタールームでテレビモニターを見ながら。

 もどかし気なアイトと言葉の真意が分からず不思議そうなヒショ。


 テレビモニターに映る二人は今ソファーから立ち上がって脱衣所のドアを開けた所だ。

 赤毛の女がキョロキョロと脱衣所を見回してから中に入り。

 そのまま浴室のドアを開いた。


『これってお風呂じゃない!?一緒に入りましょうよ!』


「よし!」


 スピーカーから聞こえて来た台詞に。

 アイトは思わずガッツポーズを見せた。


 相変わらずヒショは置いてきぼりなのだが。

 アイトは時々こう言う状態になるので黙って事の成り行きを見守る。

 二人の長い付き合いは伊達では無いのだ。


「悪くない。悪くないぞ」


 流れとしてはまだまだこれからだと深く頷いたアイトは。

 ソファーに戻ってしばし待ちの姿勢を取る事に決めたのであった。



「こっちは何かしら?トイレ?」


 一切の汚れが無い便座に水が張られた便器。

 驚きなのはトイレなのに嫌な臭いが一切しない事だ。


「あ、ちょっとトイレ入りたいかも。お風呂はトイレ入ってからで良い?」


「勿論。あたし先に装備外しちゃうわね」


 カーラがそのままトイレに残り。

 ノーラは脱衣所で胸当てやベルトを外して。

 シャツとズボン、靴を脱いで下着姿になった。


「ひゃあ!」


 突然トイレから上がったカーラの悲鳴に。


「どうしたの!?」


 ノーラは急いでトイレのドアを開けた。


「あ、え、えっと。おしっこをしたら女の子はビデ?って言うのを押すと言いって書いてあったから押してみたんだけど」


 頬を染め。

 股間を両手で隠し。

 視線を彷徨わせながら説明をする。


「その。水が出てあそこを洗ってくれるみたいで。びっくりして声が出ちゃったの」


 ノーラから顔を背けて恥ずかしそうに言葉を続けたカーラ。


「あそこを水洗いしてくれるの?あたしもやってみたい!」


 ノーラは興奮気味に言うが。


「う、うん。えっと。ノーラ。この紙で拭いて流さないといけないんだって。だから。一旦外に出て貰っても良いかな」


 もうカーラの顔は真っ赤だ。

 幾ら付き合いが長くても排尿した物を見られるのも。

 股間を拭くのを見られるのも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 それに加えてカーラには他の感情も混ざっている様で。


「あ、あ。そうだよね!ごめん!直ぐ出るね!」


 あまりにも恥ずかしそうなカーラに。

 恥じらいが伝染した様に頬を染め。

 珍しくどもったノーラが慌てた様子でトイレを出た。


「あー、あたし馬鹿だ」


 トイレの外で呟き溜息を吐いたノーラは。

 脱衣所をウロウロしてカーラが出てくるのを待ったのであった。


「お待たせ。トイレの水を流すと上の所から水が流れて来てね。そこで手を洗うと良いんだって」


 カーラの説明にうんうんと頷いて。

 ノーラもトイレを済ませて脱衣所に戻ると。

 カーラも既に下着姿になっていた。


「向かい側に服を掛けておく所があったからノーラの分も掛けておいたよ」


「ああ、有難う」


 ノーラが大雑把な性格なのに対して。

 カーラは繊細で気が利く性格をしている。


 脱衣所の向かいにあるクローゼットには。

 高級服店で商品を吊るすハンガーが幾つも置かれていた。

 加えてもこもこと手触りの良い部屋着。

 白のガウンが二着掛けられていて部屋履きのスリッパもあった。


「部屋の中ではこれを着るとリラックス出来るんだって」


 そう言ってガウン二着を畳んで後で着る準備を済ませ。

 下着を外した二人は浴室に入った。


「見て見て!お湯が出し放題なんだって!」


 浴室に入ったノーラはいつもの調子を取り戻して燥いでいる。

 シャワーを手にして不思議そうな顔を浮かべ。

 悪戯っぽくカーラの体に湯を掛けたノーラ。


「う、うん。凄いね」


 カーラは反対に何処か気まずそうな雰囲気である。


 村などに住んでいれば別なのかもしれないが。

 幼馴染とは言っても街に住んでいる場合には裸の付き合いをする機会はそう多くない。

 寧ろ幼い頃に数回あったぐらいで。

 体が女らしく成長してから裸を見せ合う機会なんて二人には無かった。


 普段と様子の違うカーラに対しノーラは。


「えい!」


 カーラの成長した。

 少々成長し過ぎた胸を揉んでみた。


「へぁっ!?」


「カーラってやっぱり大きいよね。あたしなんて子供の頃からあんまり成長してないのに」


「え、えっと。ノーラのは綺麗だし可愛いと思うよ」


 遠慮なく。

 結構しっかり目に揉みしだくノーラ。


 カーラの胸は確かに大きく。

 実を言うと冒険者の中にはカーラを狙っている男も多い。


 見た目もそばかすがあって幼げで可愛らしく。

 正反対に全く幼げでない胸のギャップに多くの男がやられているのだ。

 ノーラと謎の力が巨大な防波堤になっているのでナンパをされる様な事はほぼ無いのだが。


「えー。大きい方が絶対良いじゃん。ほれほれ。ほれほれ」


 おじさんみたいな声を出しながら。

 ノーラは両手でカーラの胸を揉み。


「ノ、ノーラ。えっと、ね?」


 カーラは頬を染め。

 顔を背けて恥ずかしそうに。


「気持ち良くなっちゃってるから。ね?」


 恥じらうカーラの言葉にカッと顔が赤く染まったノーラ。


「ご、ごめん!えっと!そ、そうだ!体を洗う石鹸と髪を洗う石鹸があるんだって!使ってみようよ!」


 慌てた様子で話をはぐらかし。

 体と髪を洗った二人は。

 無言で湯船に浸かってから浴室を出たのであった。

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