第7話 ラブホテルは百合の花だって咲かせる事が出来るんだ①

「街の外に出た者ならば気付いているだろうが。森の中に出現した塔はダンジョンである事が確定した」


 冒険者ギルドのギルドマスターであるバルナバスは。

 もしやサキュバスなのではなかろうかと疑惑を持ちたくもなった妻に空になるまで絞られて。

 未だ膝が笑っているので椅子に座りながら冒険者達に宣言した。


 格好は付かない。

 格好は付かないのだが。


 今はまだ立ったまま静態出来る自信が無い。

 膝は笑っているし腰砕け状態でもあるのだ。

 こんな状態で冒険者の前で威厳を示すのは不可能である。

 しかし。


 塔については多くの冒険者がその存在を気にしていて。

 新たな狩場となるか一攫千金を狙おうかと息巻いている冒険者も多い。

 なので一早く情報を共有する事が必要だった。


 馬鹿が馬鹿して馬鹿みたいに強いあの人型女モンスターに食って掛かったら。

 犠牲者が生まれる事は火を見るよりも明らかなのだから。


 事実。

 冒険者達はバルナバスの口から出たダンジョンの言葉に息が荒い。

 そして高揚した顔をして続きの言葉を待つ。


「良いか。最後まで話を聞けよ。あの塔はダンジョンで間違いない。但し。モンスターが居て罠が仕掛けてあって宝が手に入る。そんな常識的なダンジョンとはあまりにも違った印象のダンジョンだ」


 そう言って続けたバルナバスの言葉に。

 皆が怪訝そうな顔を浮かべ。


「つまりはどういうことだ?」


「モンスターもいないし宝も無い?」


「それって本当にダンジョンなのか?」


 次々に疑問を口にする。

 今までに前例の無いダンジョンなのだから。

 そうなってしまうのも仕方が無いだろう。


 バルナバスはしばしその様子を黙って見守り。

 結論を求めた皆の注目が集まるのを待った。


 そして数分後に注目が集まり。

 バルナバスはあのダンジョン。

 ラブホテルについての詳細を語り始める。


「あの塔は今までに無い未知のダンジョンだ。俺は昨晩。妻を連れてあの塔に向かった」


 「おお!」と歓声が上がる。

 バルナバスの妻ミキャエラは鉄拳の二つ名が付いた有名な冒険者である。

 そのミキャエラがダンジョンに潜ったとなれば情報の信用度が一気に増す。


 悲しいかなギルドマスターのバルナバスよりも妻の方が知名度が高いのだ。

 知名度においても尻に敷かれているのだ。

 この夫婦は。


「俺と妻が潜った。いや、入店したと言った方が正しいな。俺と妻が入店したあの塔はダンジョンであるのに宿を経営していた。宿の名は休息宿ラブホテル。はっきり言うが現役の頃に世界中を旅した俺と妻でも味わった事の無い感動を得られる宿だ」


 バルナバスの言葉に深く頷くのは蒼剣の誓いの4人。

 彼らは骨身と骨の無い一部の部位に染みてラブホテルの素晴らしさを知っているのだ。


「興味があれば行ってみると良い。蒼剣は俺なんかよりも詳しいだろうから後はお前らから頼めるか」


「勿論ですよ」


 キリっとした表情で引き継いだネイトが独演会を始め。

 ラブホテルの魅力が冒険者達の間に一斉に広がったのであった。



「昨日の今日で随分と客が入る様になったな」


「素晴らしい成果ですね」


 ラブホテルのマスタールームで。

 アイトとヒショはソファーに座ってエントランスの様子を観察していた。

 既に客室には5人の客が入っていて。

 更に3人がエントランスに並んでいる。


 因みに客室の5人の内。

 4人は初めてラブホテルの客となった例のソロプレイヤー達である。


「それにしても」


 アイトは若干不満気な表情を浮かべ。


「全員20代ぐらいの男でソロプレイってのはどうなのよ」


 別に良いのだが。

 ラブホテルは仕事で部屋を借りたい時や出張先のホテルに使われたりもするので別に良いのだが。


「これじゃラブホテルじゃなくて設備の整ったビデオボックスじゃん」


 アイトが言いたいのはこれであった。

 前世の日本でもデュエットするならラブホテルで。

 ソロで遊ぶならビデオボックスでとある程度住み分けは出来ていたのだ。

 外の世界にはビデオボックス何て物は無いので仕方なくはあるのだが。


 皆テレビモニターに映る女のあられもない姿を見て自分自身を慰めるばかりなのだから。

 アイトがビデオボックス状態と感想を抱いてしまうのも当然だ。


「これからラブホテルの魅力が広まっていけばカップルの来店も増えるのではないかと。まだ焦る時間ではありません」


 ヒショ励まされてどうにか自分を納得させたアイトは。

 忙しそうにしているエマの姿を見て。

 今後の改善案をヒショと相談するのであった。



「白光。お前ら塔には行ったか?」


 冒険者ギルドにて。

 蒼剣の誓いの魔術師ルイスが白光と呼ばれる二人組に声を掛けた。

 ルイスは朝からラブホテルに行き休憩を利用して。

 艶っ々になってから街に戻って来ていた。


「興味はありますけど。あたし達の稼ぎじゃ行けませんよ。ね?ノーラ」


「う、うん。そうだね。カーラ」


 ノーラとカーラ。

 ヤーサン出身の二人は幼馴染の二人組女冒険者パーティーである。

 パーティー名は白光の百合と言い。

 知り合いの冒険者からは白光と呼ばれている。


 ノーラは赤毛の髪を後ろで纏めた気の強そうな顔をしていて。

 カーラは茶色いおさげ髪で気弱そうな顔をしている。

 一見相性の悪そうな二人だがその実。

 喧嘩の一つもした事が無い仲良しパーティーである。


 白光は家の手伝いをしてから小遣い稼ぎに採取依頼や雑用依頼を熟す少女達で。

 所謂冒険ガチ勢では無い。


 ルイスの問いに対して。

 二人とも冒険者の間で話題になっている塔に興味はあり行きたいと話には上がったが。

 お洒落や化粧など、何処の世界でも女の子とは金が掛かるので現実的には厳しいだろうと結論に達していた。


 ルイスは返事を聞いてから言葉を続け。


「俺が奢ってやるって言ったら行くか?」


 白光にとってとても魅力的な提案をした。

 だが。


「何が目的ですか?」


「ちょ、ちょっと」


 ノーラは訝し気な目をルイスに向ける。

 蒼剣のメンバーであるルイスにそんな態度を取ったカーラに。

 慌てた様子を見せるカーラ。


「目的は調査だな。ここ数日で塔に行った冒険者は多いが男ばっかりだ。今後の為に女が休息宿ラブホテルに対してどんな感想を抱くかが知りたいんだよ。勿論俺は部屋に入らん。お前ら二人で部屋に入って後で感想を教えてくれれば良い」


 これは更に魅力的な話になった。

 ノーラはダンジョンである塔の中が休息宿ラブホテルなる宿屋である事を聞いていて。

 ルイスが変な下心を持って誘って来たのだと勘ぐった。

 奢りと言って宿に連れ込んでいかがわしい行為に及ぶのではないかと。

 しかし。


 ノーラとカーラの二人きりで部屋に入るのであれば話は別だ。

 内側から鍵を閉めてしまえばルイスが部屋の中に入って来る事は無いだろうし。

 ルイスの金で話題の宿を体験出来る。


 そう考えればルイスの目的は言葉通り調査なのかもしれない。


「あたしは良い話だと思うけど。カーラはどう?」


「う、うん。ノーラが良いなら私も良いと思うよ」


 ノーラはルイスの提案を受け入れる事に決めて。

 ルイスと白光の百合は冒険者ギルドを出て塔へと向かったのであった。



「お?お?おお?」


 昼になり客足が落ち着き。

 ヒショの太腿に頭を乗せてソファーに寝転がりながらテレビモニターを観察していたアイト。


 エントランスの入口が開き。

 入って来た客を見て間髪入れずに起き上がる。


「女の子来たじゃん!女の子!来たじゃん女の子!」


 超局地的に異様な盛り上がりを見せるアイトの周囲1ミリ。


「あら?この方は仲良し4人組のうちの一人ですね」


 ヒショは冷静に入店した3人の顔を見て一人がリピーターの男である事に気が付いた。


「3Pかな?3Pが始まるのかな?」


 異様な盛り上がりが冷める様子の無いアイトはテレビモニターに齧り付く。

 物理的に。


『こいつらを休憩で入れてやって欲しいんだ。ランクEの部屋で食事にビーフカレーとグラスワインを二人分だと幾らになるかな?』


 リピーターの男がエマに話掛けて。


『それでしたら銀貨8枚になります。お支払いはお部屋を出る時になりますが宜しいですか?』


『ああ、問題無い。それじゃあ銀貨8枚渡しておく。酒と料理はピンポンと音がなったら入口の扉にある小さな引き戸から受け取れるから食ってみろ。滅茶苦茶旨いぞ。部屋を出る10分前になると連絡が来るから扉の傍にある硬貨の投入口に金を投入すると扉の鍵が開く仕組みになってるからな』


 男が連れの二人に説明をして。


『お酒に料理もなんて随分羽振りが良いですね。わかりました。では戻ってから感想をお話しするって事で良いんですね?』


『それでいい。未知の宿を思う存分楽しんでくれ』


『あ、ありがとうございます!』


 男に礼を言って。

 女二人は客室へ続くドアを開けてエントランスから転移した。


 男はエマに礼を言って振り返り。

 ニヤリと口元を歪ませたのであった。


「ふーん。そう言う事ね」


 アイトは男の表情から何かを察して笑みを浮かべる。


「どういう事でしょうか?」


 ヒショが不思議そうに首を傾げるのに対し。


「見てれば分かるよ」


 アイトは一言そう言ってソファーに座り直し。

 女二人の入った部屋の観察を始めたのであった。

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