第3話 緊急情報公開

「ゔゃーーー!次私達にゃ!どうするのにゃ!」


 突然ミーコが叫んだ。

 突然の叫びで俺もびっくりしてしまった。


「落ち着きなさいミーコ、尻尾掴みますよ」


 ミカエルが冷静な目で左手をにぎにぎしながら言った。


 ミーコは尻尾を抱えて彩の後ろに回った。


「大丈夫だよいつも通りにやれば」


「そうだよ、楽しもう〜」


 俺も緊張していたがミーコとミカエルのやり取りで和んだ。


「にしても呼び出し遅いね…」


 彩がモニターを見る。


(さて、いよいよ最後のグループですが!)


 六角ちゃんがステージの真ん中に出て来ていた。


(ここでゲストの紹介ですー!)


 ゲスト!?


「あ!もしかして噂されたジューヌとか?」


 彩が目をキラリとさせた。

 彩はジューヌのファンなのだ。


「噂されてたけど結局来ないと言われてるにゃ」


「そうですね、そうすると誰でしょうね?」


 皆んなモニターを見る。


(この方ですー!)


 六角ちゃんが得意げに紹介するとステージ中央に誰かがテレポートして来た。

 人影は4人、当然演奏グループだろう…


(キャー!!!)


 観客がすごい勢いで騒ぎ始めた。


(皆さんこんばんわー!ジューヌでーす!)


 トップアーティストのジューヌだった。

 本当に来るとは…


(キャー!キャー!)


 黄色い声が凄まじい。さすがジューヌ。


(はいはい皆んな落ち着いてね)


 六角くんが観客を落ち着かせる。


(ゲストはなんと今をときめくアーティスト!)


 六角ちゃんが両手を上げて叫んだ。

 そして二人一緒に発表する。


(ジューヌの皆さんですー!)


 歓声がさらに大きくなった。


 ジューヌのボーカル、SARAが前に出るとピタッと会場が静まり帰った。


(皆んな私ら来ないと思った?でも来ちゃったんだな〜)


 また歓声が上がる。


(今日は新人さん達の祭典だからね、私らもまだまだ新人なのでよろしくお願いします)


 ジューヌのメンバー全員がお辞儀をする。


(スーパー新人!!)


 観客からの声に笑い混じりに歓声が止まない。

 SARAが手を挙げ静寂を促すとまたピタッと歓声が止まった。


(実は気になるグループが居てね応援したくて来ちゃいました)


(おおー!誰だろう!?)


 六角くんが大袈裟に驚く。


(それはね… 内緒だよ〜)


(内緒か〜!)


 六角ちゃんが突っ込む。


(それで今日は応援を込めて歌っちゃうよ!)


 ワーーー!!!


 SARAはそう言うと少し下りステージ中央に立つ。

 他のメンバーもいつの間にか準備が終わっていた。


(ミンナノ世界!聞いてね)


 ファンファーレに似た音が流れSARAは歌い出した。


 ミンナノ世界という曲はその名の通り、このゲームのオープニング曲だ。

 ミンナノ世界を始めるにあたって誰もが必ず聞く曲。

 派手なファンファーレから始まり急に穏やかな旅の始まりを思わせるゆったりととした曲調になりそして旅先で出会った仲間と様々な困難を乗り越えミンナノ世界を仲間と巡るイメージ。


「さすがジューヌ…素敵過ぎ…」


 彩もジューヌを見た瞬間にキャーキャー言っていたが今は感動してウルウルしている。

 観客もジューヌのリズム、完璧を思わせる演奏、そしてSARAの歌声に酔いしれていた。

 SARAは声量が凄くボイチェに頼らず生声で歌う。


 観客は青いサイリウムを一斉にリズムに合わせて振っていた。会場はまるで青い草原の様になった。

 実際にミナセカの中には青い草原が実在する。ミナセカの世界に初めて入ると最初の場所が青い草原だ。そこからミナセカの冒険が始まるのだ。

 今回のイベントでもブルーカーペットがあったのも新人アーティストを応援する意味があったのだろう。


 ジューヌはミンナノ世界を完璧にやり切った。

 会場が割れんばかりに歓声が上がる。

 SARAが前に出で言った。


(ミンナノ世界、どうだった?私も初めてこの世界に来た時は幻想的な青い草原を見て風を感じて感動したな〜)


 観客も同調した。


(そして今日、新たにアーティストを目指す人達。皆んな素敵だよね!キラキラしてる!)


 会場からはジュークも素敵ー!など叫ぶ声が聞こえる。


(ふふ、ありがとう。私はこの世界で歌い始めたのは当初のミナセカプロモーション動画を見たからなんだよね…)


 RED little ANGEL、RLA


 と会場から漏れた。SARAがRLAに憧れアーティストを目指した話は有名だ。


(そう、あの幻想的なキャラに圧倒的な歌声…)


 SARAはしばらく沈黙した。


(私もまだまだだけどあんな風に歌える様にやって行きたいと思います!)


 キュートな顔でウインクをしてガッツポーズをした。


(そして今日の新人さん達も自分達の目標に向かってすごい努力してる。皆んな応援して上げてね〜)


(それじゃあ!ラストの新人さんを呼んじゃおう!)


 夢の様にモニターを見ていた俺らは現実に戻った。


「え、え、ジューヌから呼ばれちゃうって事!?」


 彩が気絶しそうだ。


「しっかりするのにゃ!寝たら死ぬにゃ!」


 それは冬山の時だろう…


 ポーン!


「ゔゃ!」


 ミーコがまた驚く。


(ZEUSUの皆様、お時間になりました。ポートへご移動下さい)


 いよいよだ。


「さあ、参りましょうか」


 冷静に言うミカエルを見ると足が震えていた。

 彩はまだ夢の世界から戻って来てない。


「やったるぞーー!」


 俺もブルっていたがこの様な場面には些か耐性がある。奥から絞り出して気合いを入れた。


「は!」


 彩が戻って来た。


「う、うん。やったろう!行くぞー!」


「望むところです」


「ギター引っ掻き回すのにゃ」


 皆んな大丈夫そうだ。

 部屋のポートに移動する。

 当然の様に赤い手袋を肩に乗せジャケットの格好をして待機した。


(ステージへテレポートします。サークルから出ない様にして下さい)


 次の瞬間、歓声が耳と体に振動となって押し寄せて来た。

 ステージの中央に現れたZEUSUの4人はいつものポーズで観客もそれを見て歓喜している。


「皆んなもう知ってるよね!?ZEUSU!」


 SARAが紹介するとさらに歓声が上がる。

 ジューヌのメンバーが集まり俺たちを両側から挟む様に立つ。


「初めまして!ジューヌです!」


 SARAがそう言うと他のメンバーと共にウエルカムの格好をする。

 俺たちは完全に場に飲まれて動けないでいた。


「緊張してるにかな?私はSARA、ZEUSUのリーダーは… 」


 ミーコが彩の脇を突く。


「あ、う、わ、私です」


 すごい緊張している。


「確か、ゴンザエモンちゃんだっけ?」


「え、あ、はい!みんなはゴンって呼んでて」


「ゴンちゃんか可愛いのになかなか気合いの入ったキャラ名だね、そう言うの好きよ」


 SARAは彩に軽くウインクした。


「そしてギターのミーコちゃん!可愛いー!」


 SARAがミーコに抱きつく。


「ゔゃ!」


 ミーコは耳と尻尾を立てて驚いた。


「さらに、ドラムのミカエル君!唯一の男性キャラでこんな可愛い子達に囲まれて羨ましいー!」


 SARAがミカエルにも抱き着こうとしたのでジューヌのメンバーが止めていた。


「最後にボーカルのークロウ!」


 そう言うとSARAは今までと違い急に静かになった。


「あなたの歌を聴いた時は感動しました。握手してもらいますか?」


 何で俺だけ真面目?


 断る理由もないので握手をする。

 SARAは両手でがっしりと俺の差し出した右手を掴む。

 気のせいかSARAは震えている様だった。


「あなたの歌声はすごいパワフルでガンガン心に響くんです!今日は会えて感動〜」


 泣き出しそうなSARAをジューヌのメンバーが支えながら定位置に連れて行く。


 しかしあのジューヌのボーカルにあんな風に思われていたとは驚きを通り越して疑問にさえ思えてくる。どっかで会ったのだろうか…


「ご、ごめんね。感動しちゃってやらかした」


 テヘッとSARAが可愛らしげな仕草をした。

 それを見て会場から黄色い声が上がる。


「さて、今回最後を飾るZEUSUは2曲を聞かせてくれるよ。皆んなで楽しもう!」


 SARAはそう言うとメンバーとステージを去って行った。

 何かすごい持ち上げられた感じだがおかげで緊張は無くなっていた。


(なんか大変な感じになったけど楽しくやろう!)


 彩がグループ音声で皆んなに話しかけた。

 皆、準備をしながら頷く。


「皆さん!こんばんわー!」


 彩が観客に向かい話す。


「こんなに沢山の人が来てくれたり、見てくれたり思ってた1000倍位びっくりです!」


 ゴンザエモンー!

 ゴーン!


 歓声が上がる。


「そしてジューヌが来てくれて応援してくれたよ!まじ嬉しいー!」


 ジューヌ!

 サラー!


「ジューヌの後なんて私ら要らんくないか?」


 要るぞー!

 聞かせろー!

 会場が聞かせろコールで揺れる。


「そんなに言われちゃあれだね、やっちゃうぞー!」


 やっちゃえー!

 やれー!


 彩、ノリノリだな。


「それじゃあ1曲目は私らの名前と同じ曲名、ZEUSU!」


 一斉に歓声が上がった。

 ZEUSUと言う曲ももちろんミナセカ内で使用されている曲で第三世界にあるクエスト、神になった者で流れる曲だ。

 小さな村に生まれたゼウスはある日突然神になれ、と啓示を受け修行の旅に出るが普通の村人であるゼウスは何度も死にかけ逃げ出す。

 自分だけでは無理と悟り仲間を募り神を目指す。

 その仲間が俺らプレイヤーで一緒に行ったはいいがゼウスのあまりの弱さに大変な苦労をさせられるというクエストだ。

 ところが最後の最後でゼウスは覚醒し倒すのは無理と思われた邪神を倒し神へとなる。

 その最終戦闘時に流れる曲だ


 激しいギターとドラムが特徴的な曲でミカエルとミーコの為と言って良い曲だ。


 1曲目が終わった。

 皆いつもより激しく、でも荒れる事もなく最高の演奏だった。


 会場もヒートアップしたその時だった。


「ビー!ビー!ビー!」


 突然警報が鳴った。


「え?何これ?」


 彩が慌てる、予定には無い事態らしい。


「緊急公開情報です!」


 女性アナウンサーの様なはっきりとした声が会場に響いた。

 いや、配信を観ている人達からのチャットを見ると第六世界全体にこのアナウンスが流れている様だった。


「緊急公開システムが発動されました。一人のアバター情報が公開されます」


「おい、これってあれじゃないのか?」


「要注意キャラを運営が公開するってやつ!」


 会場からその様な声があちこちから聞こえる。


◇… 第三世界管理室…◇


「なんだ!?緊急公開なんて聞いてないぞ?」


 管理室で六角フェスに参加していた増田チーフが声を荒げる。


「これおかしいですよ緊急告知システムってミナセカ全体にアナウンスされますよね?第六世界にしかアナウンスされてないし」


 スタッフの一人が言った。


「いや、あるんだよ…チーフ権限でエリア限定の緊急公開アナウンスが」


 誰なんだ?チーフ権限で出来るとは言っても各所に事前通達はあるはずなのに何もなくいきなりとは…


「ともかく各所に確認してくれ、六角フェスの担当とステージにいるZEUSUに音声連絡出来る様にしてくれ!」


 嫌な予感がする…

 違ってくれれば良いが…


  ×…………×


「緊急公開情報レベル3、責任者承認待ちです」


 ステージに居た俺たちも何も出来ずただアナウンスを聞いていた。


「ビー!ビー!ビー!」


「責任者承認、責任者は◯△×@€。これより緊急情報公開を行います。プレイヤーの方は公開された情報の扱いに注意して下さい。対象への誹謗中傷、危害を加える事は犯罪となります」


「対象のログアウトロックを開始します」


「ビー!ビー!ビー!」


 突然、ステージに居た俺の下から赤いサークルが現れた。


「え、… ?なんで…」


「カーちゃん!」


 彩が叫ぶ。

 赤いサークルの光が上に伸び、何も見えなくなった。


「見ろ!クロウの情報が公開されるぞ!」


 観客からそんな声が聞こえる。

 まさか、俺のリアルアバターが公開される?

 全くそんな覚えはない…

 なんで…


(薫!聞こえるか!)


 これは個人音声チャット?

 そしてこの声に聞き覚えがある。


(増田さん…?)


(そうだ、久しぶりだね。ってそれどころじゃない!今君のリアルアバター情報が公開されようとしている。なぜこうなったか分らないが君が原因じゃない事は確認している)


(止める事はできないのですか?)


(それが人為的にセキュリティが操作されて止める事が出来ない)


 なんだそれ!

 あの時の事が脳裏に浮かぶ…


(増田さん…どうすれば…)


(薫、よく聞いてほしい。今回の事は仕組まれた事だ。俺もある程度想定して対策を準備していたがまさか情報公開までやるとは思ってなかった)


(今出来る事は装備の制御のみだ。だから君のリアルアバターにあの衣装をアップする!)


(あの衣装って、あれですか!?)


(そうだ、このままいけば君のリアルもミナセカの君も大変な事になるだろう。だから君という存在をここではっきりさせるんだ)


(存在ってあの時は色々あってやめるしかなかったんですよ!それを今更また同じ事をやれと?)


(同じ事にはならないさ、薫はこうしてまた来てくれたじゃないか…)


(そ、それは…)


(仲間が出来たんだろう?)


 確かに前の様に一人であったなら今こうしてステージには絶対居ないだろう。


(良い奴らじゃないか彩君が連れ出してくれたんだろう?)


 確かに昔の俺を知っているのは彩だけだ。

 それを知っているからこそZEUSUに誘ってくれたのかもしれない。


(好きなんだろう?歌が?)


(君は俺がそしてミナセカのみんなが認めた存在なんだよ。それは決してゲームの世界じゃないリアルなみんなに認められているんだ。)


(今がチャンスだ、リアルな君を認めさせよう!)


 そんな事…出来る訳…


(君たちZEUSUの2曲目、あれはまだミナセカでは公開していない曲なんだ。なんでだと思う?)


 2曲目は彩が持って来た曲だった、聴いた事が無い曲だったからみんな不思議に思ったけど運営に確認して問題ないって言ってたな。


(彩は増田さんと連絡していたんですね?)


(そうだ、彩君から相談があってね。最初は彩君が君の幼馴染とは信じられなかったが彼女は俺の所に直接来てね。薫をステージに上げたいと言って来たんだ。その熱意が凄かったよ)


 彩が…


(もう時間が無い、2曲目は君の為に作られた曲なんだ。ぜひあの日の君で歌って欲しい…)


 あの日の俺か… ステージに立つ覚悟ならZEUSUに入った時からもうある。

 そしてもしかしたらメジャーになってジューヌの様に素顔を出す事も覚悟はしていた。

 それが早くなるだけ。

 望んだ形では無いが今は支え思ってくれる人達が居る。

 いや、最初から支えてくれる人は居たのだ。

 気が付かないだけで…

 

 ふふ… 本当にの為の曲だ…


(わかりました。増田さんやってみます!)


(……)


(増田さん?)


(ああ、ごめん。何でも無いんだ、よし行くぞ!リラ!)


 懐かしいなその呼び方…

 増田さんの声が震えていた。増田さんも思うところがあるのだろう。


(はい!)


「ビー!」


「対象をDISCLOSE」


 サークルの赤い光が上に立ち上る。

 周りは何も見えなくなった。

 いや、何かメッセージが出ている。


 あなたの初期登録したアバターが公開されます。

 公開後一定時間ログアウトする事が出来ません。


 アバターの感覚が無い、ゲーム内に居るのは分かるが何も動かせず意識だけがそこにあった。


 足元から赤い光が消えて行く。

 代わりに見慣れた足が表示されて行く。

 やがて赤い光が完全に上に上がり消えた。


「制服!?」


 周りからそんな声が聞こえる。


 そういえば初期登録は高校の制服でやったっけ…


「女の子!?」


「これってリアルデータなんだよね?なんで女の子?」


「クロウは男じゃなかったのかよ!?」


 会場がざわつく。


「でもなんで金髪?アバターか?」


 段々と感覚が戻って行く。

 周りも見え始めた。


 なんで金髪かって?

 当たり前でしょ、本当は金髪なんだから…

 誰が言ったかいつの間にかリアルのは男って事になってたみたいだけど残念ながら女だ。

 金髪なのはハーフだから…これで随分と嫌な目にあったな。高校に入ってからは黒に染めてたけど…


(衣装行くぞ!)


 増田さんの声が聞こえた。

 そして青白い光の輪が足元から上がってくる。

 今度は赤い靴から始まる。


 懐かしいなこの格好。


 光の輪が上がりあの日の衣装を来た自分が居た。


 純白のウエディングドレスの様な衣装に手足を赤く、胸には十字架の様な意匠。

 そして背中には小さな真っ赤な天使の羽。

 サラサラと流れる金色の髪に白い肌が映え目尻の赤いシャドウが流れる様に引かれて幻想的に見える。


「え、あれってRLAのコスプレ?」


「今更RLA?」


「これってイベントの一部なの?」


 会場や配信メッセージは色々な憶測が飛び交う。


(増田さんと話したんだね)


 彩が混乱する会場の中で穏やかな声で言った。


(うん、色々…今までありがとう)


 彩が嬉しそうに笑った。


(おかえりRLA!)


 ただいま…


 言葉にならなかったが笑う彩を見て精一杯伝えた。


(さー!みんな!ラストの曲だよ!)


(全然理解出来ないですがリーダーがそう言うならやりましょう!)


 終始驚いていたミカエルだったが彩の声で何事も無かった様にスティックを回して構える。


(にゃー!聞きたい事は猫まんま山盛りだけど今はやるのにゃ!)


 ミーコも同様にギターを握りしめた。


(ありがとうみんな…)


(それがカー君の生声ですか。素晴らしい!)


(こっちの方が絶対いいにゃ!)


 情報公開と共にボイスチェンジも解除され本来の声になっていた。


 そうか… 今なら思いっきりやれるかな…

 ボイスチェンジを使って本気で歌ったら音が壊れてしまったんだよね。


(みんなごめんちょっと声出したい。ゴン、音くれる?)


(オーケイ!)


 彩がベースを構え一音を引いた。

 それを聴いた会場は今までの騒ぎが嘘の様に静まり返った。


 極々小さな発声で始めた。


「アー…」


 徐々に発声を強めて行く。


「アーー」


 さらに強く、喉に触らない様に慎重に。


「アーーー」


 喉が慣れて来た。

 さらに強く!


「アーーーー」


 会場にたった一人の声が地響きの様に震え津波の様に押し寄せた。

 聞いていた人はその声に震撼し驚愕する。


 発声を止めると無音の世界が広がっていた。

 誰も声を、音さえ出す事が出来なくなっていた。


 シャーン!


 突然シンバルの音が鳴り響く。

 ミカエルがスティックでタイミングを取る。


 カッ!カッ!カッ!


 それに合わせてゴンザエモン、ミーコも続く。

 今までの静寂が嘘の様に今度は観客から地響きの様な歓声が上がった。


「RLAだよ!こんな声出せるのRLAしかいない!」


「RLAって?」


「知らないのかよ?このミナセカが始まった時に居た歌姫だよ!」


「RED Little ANGEL…」


「RLAさ!」


 RLAを知る観客からはRLAコールが聞こえる。


 ゴンザエモン、ミーコ、ミカエルによる伴奏が穏やかなリズムとなりRED Little ANGELは歌い出した。


 ♪………


 小さな暗闇の中ぼんやりとした世界を見る


 そこは何もかもはっきりしない世界


 わかるのは自分の小さな羽だけ


 Little ANGEL


 おかしい世界おかしい存在このIrrational


 ずっと夢に見る大空に羽ばたく未来


 わかるのは赤い小さな羽だけ


 いつまでここに居るのだろう


 また虚無な明日がやってくる


 おー ー ー


 🎵低音だが腹に響く様な発声。


 アーーー!


 ♬音程が上がり響きと切実な旋律が反響する。


 この翼で飛べたなら飛び出すだろう


 見つめる灰色の空を破って!


 なぜ飛べない!この羽は何の為に…


 おかしい世界おかしい存在このIrrational


 そう赤い羽の天使なんていない…


 🎵再びゆったりとしたリズム


 光が見えたんだあの灰色の空の中に


 暖かい光が私を包み心を震わせる


 諦めていた希望がじわり湧いてくる


 行けるのかな私もあの青い空に


 声が聞こえたんだLittle ANGEL


 その翼はあなたの心


 広げて見なさいRED Little ANGEL


 ♡薫の衣装に付いていた赤い小さな羽が大きな翼になり羽ばたいた。


 ああー ああー


 これが私の翼 赤い そして大きな翼


 羽ばたこうこの世界から


 ああー あああー


 あなたはずっと見てくれていたのね


 見ていなかったのは私


 あなたはずっと待っていてくれたのね


 踏み出せなかったのは私


 飛び出そうあなたの為に自分の為に


 羽ばたこうあの青い空に


 あなたが待っているのだから…


 ………

 ……

 …


 歌い終わったが会場は静かなままだった。

 ただ皆ZEUSUのそしてRED Little ANGELの音に圧倒されていた。


 静寂の中それを破る声が聞こえた。


「お帰りー!RLA!」


 観客の一人が叫んだ。

 それを気に会場は今までに無い歓声とお帰りと言う言葉が飛び交う。

 今まで自称RED Little ANGELを装う人は多く誰もが本物はもう居ないと思っていた。

 けれど目の前に居るのは本物なのだと誰もが実感していた。

 会場、配信、聞いていた人達が思ったのは圧倒的な感動と言う思いだった。


(みんな…)


 ミナセカ当初のみに出ていた私をみんな覚えてくれていた。そして…


(やったね!カーちゃん!)


 彩がギターを片手に最高の笑顔をしている。


(ま、まさか本物のRLAだったなんて何なのー信じられなーい!)


 猫ロールプレイを忘れて素になっているミーコ。


(いやはや、さすがの私も信じられませんね。しかしそうですかこれではカー君だけと言う訳には行きませんね)


(どう言う事?)


 ミカエルに尋ねた。


(実は私もリアルは女の子なんですよ)


(………)


(((えーーーーー!)))


 歓声鳴り止まない中3人の驚く声が響いた。


 RLAの出現、ミカエルの告白と共に六角フェスは終了した。

 今回の緊急情報公開についてその場はイベントサプライズで一部予定外の事が発生したと言う内容で説明があった。

 会場での混乱を避ける為だったのだろう。

 後日ミナセカ運営責任者による不祥事だった事が正式発表された。

 また緊急情報公開についても批判が多くあったが公開権限の見直しを発表し落ち着いたようだ。

 不祥事よりもRED Little ANGELの復活が話題となった事が大きいようだった。


 ◇ 六角フェスから1ヶ月後 ◇


 キンコンカーンコーン…


「ねえ、あの人やばく無い?」


 一人の少女が門から校舎に向かっていた。


「あれって染めてるのかな?すっごい金髪!生活指導の先生も固まって動いて無いよ」


 少女はその学校の制服を着ていたが髪は見事な金色をしておりキラキラサラサラと歩く度に優雅に揺れている。

 もちろん染めてなどおらず少女は生まれた時から綺麗な金色の髪をしていた。


「薫ー!」


 少女が向かう先で千切れんばかりに手を振っている少女がいた。


「おはよう!」


 明るい声で挨拶をしている。


「おはよう、彩」


 彩と呼ばれた明るい少女はうんうんと頷く。


「やっぱり薫はこっちが普通だよ!」


 その言葉に思わず込み上げて来るものがあった。


「俺… 私もそう思う!」


「そうそう、その俺っ娘よりも絶対こっちの方がいいよ!また一緒に居られるね」


 彩は薫に腕を組んで校舎に入って行った。

 遠巻きで見ていた者が言った。


「あれってもしかしてRLAなんじゃ?」


「RLAってなにさ?」


「ミナセカやって無いの?ニュースにもなってたよ」


「ああ!ゲームからデビューしたアーティストだっけ?」


「ええ!ここの生徒だったんだ…?」


「ZEUSUってバンドのボーカルでしょう?クロウだっけ?」


「いいや!」


 RED Little ANGEL

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赤い翼の鴉は金色に輝く りるはひら @riruha-hira

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