第21話 異次元ポスト


 ――夏の前期。

 光の季節が終わり、気温が一気に上がる。

 雨が多く、湿度も高い。

 ソラウ様は影樹の討伐を行い、その後片づけ、後処理に追われて夏の中期まで戻れない、というグチグチとした手紙が届いた。

 それに対して「お疲れ様です。私は先日第一夫人ジェリー様と第二夫人のハンナ様とお茶会をしてきました」と近況を書いた手紙を返事としてお送りする。

 ちなみに、その中に一応「ハンナ様にルビーの祝石ルーナの指輪とサファイアの祝石ルーナのイヤリングとタンザナイトの祝石ルーナのペンダントを作ってほしい、と頼まれたのですが、作ってみてもいいでしょうか?」とお伺いも入れてみた。

 なんて言うかなぁ?

 少なくとも、嫌そうな表情をしていそう。

 

「シニッカさん、ソラウ様にお返事を書いたのですが……」

「お出ししておきま――あ、せっかくですからリーディエ様がご自分でお出ししますか? 異次元ポストに入れるてみます?」

「異次元ポスト?」

 

 シニッカさんに聞いてみると、満面の笑顔で「面白いんですよ」と私の手を引いて書斎に連れて行ってくれた。

 そこにあったのは庭に設置される小鳥のエサ入れのようなもの。

 なんだろう、これ?

 

「リーディエ様のご実家にはありました?」

「いいえ。初めて見ました。これはなんですか?」

「異次元ポストという魔道具です。魔石は聖魔法師に[祝福]で浄化されたあと、魔道具師により魔道具に加工されるのはご存じですよね?」

「はい」

 

 魔石――魔物から採集される穢れた魔力の籠った石。

 その穢れを聖魔法師が[祝福]で浄化するのだが、それにさらに[祝福]をかけると祝石ルーナになる。

 浄化し穢れを取り払っただけで魔石の属性と魔力だけを使用するのが魔道具。

 その魔道具を作る職人を、魔道具師という、

 私は高価な魔道具に触らせてもらうことがなかったため、魔道具に溢れているソラウ様のお屋敷では驚くことばかり。

 特に空調を整える魔道具や、トイレに水を流す魔道具。

 お風呂の浴槽に自動で熱いお湯を流したり、料理を作る時に自動で火を放つコンロを見た時は「こんな便利なものがこの世にあるなんて!」と仰天した。

 魔道具を見ると、私の実家時代が違うんじゃ……と可哀想に思えてきた。

 実家にいた頃は毎日お風呂に入る習慣はなく、またお風呂に入る時はお養父様やお養母様、お姉様とマルチェが入ったあと、残り湯で体を拭くくらい。

 対するソラウ様のお屋敷ではほぼ毎日お風呂に入れる。

 お湯は捨てることなく、魔石に吸わせればいい。

 さらにお掃除もシニッカさんの[洗浄]や[清浄]の魔法で済ませる。

 箒や雑巾で掃除しないんですか、と仰天して聞いた私を「それは――平民の掃除の方法ですね」と若干言いづらそうに告げられて衝撃を受けた。

 むしろ、貴族籍のあるハルジェ伯爵家がそんな様子であることに、オラヴィさんとシニッカさんは引いていたくらい。

 つまり、貴族なら魔道具を持っているのが普通。

 伯爵家ならば水回りの魔道具は揃えているのが常識だと思っていた――とのこと。

 先日ジェリー様とハンナ様に話をして思ったけれど……ハルジェ伯爵家って……私の育ってきた場所って……本当に超貧乏!?

 ……なんてことを思っていたけれど、こんな魔道具もあるなんてソラウ様の屋敷がやっぱりすごすぎるのでは?

 

「リーディエ様?」

「あ! す、すみません。えっと、異次元ポスト、でしたか? これはどうしたらいいんですか?」

「この穴の中に書いたお手紙を入れるんですけれど、その前にこの名札の部分に宛先を書くんです。ソラウ様、と書いて……これでソラウ様のところに届くんですよ」

「これだけで、ですか?」

 

 小屋の上の方に指でソラウ様の名前を書くシニッカさん。

 インクもなにもつけていないのに、名札部分にちゃんと名前が浮かび上がるのはなぜなのだろう?

 聞くと「魔力で文字を書くんですよ」と教えてくれた。

 

「魔力があれば誰でも送り先を書くことができるんです。魔力の持ち主の記憶から登録してある魔力の持ち主に送られるんですよ。宛名を消す時も、ほら」

「わあ」

 

 宛名を消す時も魔力を込めればいいらしい。

 シニッカさんに「やってみますか?」と言われてワクワクしながら書いてみる。

 で、できたー。

 

「はい。宛名が決まったら箱の中に入れるだけですよ」

「は、はい。やってみます」

 

 でも、シニッカさんの言う「面白い」って、なにが?

 不思議に思いながら手紙を細長い穴の中に入れようとした瞬間、箱が突然ガバっと口を開けてバクン! と手紙を食べてもぐもぐ咀嚼まで……!?

 

「ええええええ!?」

「ね! 面白いでしょう!?」

「だ、大丈夫なんですか、これ!?」

「大丈夫ですよ~。手紙が届く時も摘まみを魔力を込めながら開くと届いているんですよ。そうだ、リーディエ様も魔力登録しておきましょう。そうすればリーディエ様も蓋を開けられるようになりますし、確かお姉様と文通予定なんですよね? お姉様の嫁ぎ先にも異次元ポストがあるはずですから、リーディエ様個人にもお手紙が届くようになると思いますから」

 

 というのも、魔力登録を行っている個人が開けた時にしか手紙が現れない、のような設定もあるらしい。

 基本的に”家名”で届くけれど、さっきのように”個人”に宛てた手紙は宛先の個人が扉を開けないと溜め込まれる。

 

「ソラウ様はおモテになるので、拒否設定をしている登録魔力も多いのですが……」

「拒否設定……」

「たまに脅しや怪しいお手紙も届くのですよ。ですから、ソラウ様の個人異次元ポストには屋敷に登録済み魔力か、王宮登録済み魔力の送り先からしか届かないんです」

「あ、ああ……」

 

 色々ご苦労されているんだなぁ。

 

「時々覗いてみてくださいね。きっと面白いですよ」

「は、はい。わかりました」

 

 でも、シニッカさんの”面白い”のツボが結構怖かったので蓋を開けるのがちょっと怖い。


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