第20話 光の季節のお茶会で(4)


 それからしばらくは、私がハルジェ伯爵家にいた頃の生活について根掘り葉掘り聞かれた。

 物心ついた時から使用人として家の掃除や洗濯をやらされたり、キッチンに立たされたりしていたこと。

 一番上の姉が最低限の文字の読み書きを教えてくれて、侍女として行儀を身に着けさせてくれた。

 しかし、次女とお養母様、お養父様は私を家族として扱ってくれない。

 長女は来年卒業して嫁入りなので、そうなったら手紙を送るから、と。

 

「んまあ……それ本当の話? ああ、疑っているわけではないのよ? でも、そんな扱いをするのならどうしてあなたを引き取ったのかしら? 養女として貴族籍に置いたのなら教養を受けさせるのも義務よねぇ?」

 

 ハンナ様が頬に手を当てて首を傾げる。

 貴族が養子を取るのは比較的よくある話らしい。

 けれど、それは「跡取りがいないから」男の子を引き取ったり、女の子を引き取る場合は「王子や高位貴族の嫡男の第二夫人や第三夫人に嫁がせるために」という理由がほとんど。

 当然王族や高位貴族の妻にさせるには教養を受けさせるのが当然のこと。

 

「けれど、王子殿下は今十六歳でしょう? 長女のレーチェ嬢はあなたと同じ十八歳というし、無理ではないけれど近づけるつもりならば教養は受けさせるはずだわ。他の高位貴族の嫡男は十八歳の子はいなかったわよね。十八歳の女の子を引き取る理由はないわ?」

「そ、そうなのですか……?」

「そうね。すでに十八歳の娘がいるのならもう一人引き取る理由がないわね。――つまり、あなたを引き取る理由が他にあったのだと思うわ。あなたの扱いがあまりにも普通ではない。あなたの生家について、わたくしたちの方で調べても構わないかしら?」

「え?」

 

 ソーサーにカップを置いたジェリー様が穏やかに微笑む。

 私の……生家……?

 

「あ、あの、私……あの……自分の出自はなにも知らなくて……」

「そうなのね。でも大丈夫よ。それならそれで調べる方法はあるから。ただ、リーディエ様が嫌ではないかしら?」

「嫌だなんて、そんな……」

 

 そもそも、私の生家ってどこにあるのだろう?

 私の本当の両親って生きているんだろうか?

 私の本当の両親って、お養父様とどんな関係だったのだろう?

 少なくともお養父様は慈善事業で子どもを引き取るような人ではない。

 こんなことを言うのは、十八年間育ててもらった恩を仇で返すようなものかもしれないけれど……。

 

「ちなみに、ご両親についてなにか手がかりのようなものはお持ちなのかしら?」

「え? い、いいえ……自分の持ち物は……下着や肌着、メイド服くらいです」

「そうなの。ご両親に繋がるものはなし、ね」

「お体に痕などはつけられていないわよねっ!?」

 

 突然、ハンナ様が身を乗り出す。

 体に痕……は――。

 

「私がどんくさくて仕事を上手くできなかった時に、腕や背中を無知で叩かれることはありましたけれど……痕になっているかどうかは、自分ではわからなくて」

「まあ! なんてひどいことをしていたのかしら!」

「私が不器用だったのが悪いのです。それに、お養父様の言っていたこともわかるのです。実家はあまり裕福ではありませんでしたから、私のような獄潰しを養うのも大変だったと思いますから」

 

 と、言うとハンナ様は頬を膨らませる。

 けれど、私の言葉にジェリー様は持ち上げたお菓子を口元で止めた。

 

「裕福な暮らしではなかったの? それはリーディエ様が物心ついた頃から?」

「え? ……さ、さあ……? 家の経済状況はちょっとわからないですね……」

「使用人は何人くらいいたのかは覚えているかしら?」

「使用人ですか? 私を含めて十二人ですね」

「その方たちは長くお勤め?」

「はい。入れ替わりなどはなかったです。高齢で辞められた方が三人……」

 

 なんでそんなことを聞くのだろう?

 不思議に思いながら答えると、ジェリー様は優しく微笑みながら「あらあら、そうなのねぇ」とお菓子をかじる。

 反対にハンナ様は「おかしいですわね」と明後日の方向に視線を向けた。

 ど、どういうことなの?

 

「屋敷のことをね、管理するのは女主人のお仕事なのですよ。だからねぇ、使用人の数でそのお家の経済状況がだいたいわかるのよ」

「え」

 

 そうなの!? す、すごい!

 やっぱり貴族の女性って強要が合ってすごいんだなぁ。

 そして、私ってやっぱりまだまだなんだなぁ!!

 

「辞めた方や、仲のよかった使用人のお名前を教えてくださるかしら?」

「は、はい。ええと――」

 

 ハルジェ伯爵家の使用人の名前を全員挙げていくと、ジェリー様の背後の侍女がメモに取っていく。

 それが終わるとハンナ様が「では」と笑顔で話を変える。

 

「さっきのお話なのだけれどね? 祝石ルーナの装飾品を作ってほしいお話なのだけれど」

「あ、は、はい。あの、でも、私、まだまだ未熟でして……指名依頼についてはソラウ様に相談しなければいけなくて……」

「ああ、そうよねぇ。いいのいいの、材料はこちらで用意するし、いつでもいいの! ……でもぉ、ワタシも公爵夫人でしょう? 早めに欲しくって……。ソラウ様にお口添えいただけないかしら? お願い。リーディエ様が夜会に行く時に、一緒に行ってあげるから!」

「え、えーと……」

 

 ソラウ様、そういうの普通に無視しそうだなぁ。

 とは、思うけれど……今日みたいに融通を利かせてくださったのだし……。

 

「ソラン様にお聞きしてみます」

「よろしくお願いねぇ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る