第22話 依頼


「ええと……次の依頼書は……」

 

 ソラウ様にお手紙を返してから数日。

 締切が指定されており、なおかつソラウ様が「ここらへんは自由に使っていーよー」と言われていた宝石の祝石ルーナを依頼書通りに加工していく。

 条件が揃わないものは全部ソラウ様が帰ってきたら、ってことで。

 

「リーディエ様、ハンナ奥様から依頼書が来ておりますよ」

「ハンナ奥様から!?」

 

 昼食の時間帯。

 オラヴィさんが持ってきた依頼書を見ると、ハンナ奥様が欲しがっていた宝石の祝石ルーナの装飾品オーダーの依頼書だ。

 

「リーディエ様が朝に送った手紙を読んだソラウ様が、ハンナ奥様に直接『依頼書をリーディエ様に送るように』とおっしゃってくださったそうです」

「ソラウ様が」

 

 あ、そうか……ハンナ奥様に「依頼書を作成して、工房に送ってください」っていうのが正解だったのか。

 自分の考え足らずなところに情けなさを感じるけれど、ソラウ様がちゃんとハンナ奥様に助言してくださったんだ。

 

「私が依頼書を書いてくださいって言えばよかったんですよね。ごめんなさい、私……わからなくて」

「細工師として働き始めて二ヶ季程度なのですから、事務作業まで考えが及ばないのは当たり前でございます。なにより、リーディエ様にはまだそこまでの権限はございませんし」

「え、あ? そ、そうなんですか?」

「今ある依頼書は王都の装飾品店から有償で受けたものなのです。宝石の祝石ルーナでしたら、リーディエ様も問題なく細工が可能と判断なされたからでしょう。しかし、あくまでもまだ、ソラウ様の管理下。修行中の未熟な祝石ルーナ細工師。ソラウ様の監視下の下でなければ、勝手に依頼を受けることは許されません。ですから今回リーディエ様がソラウ様に相談なさったのは、正しい判断ですよ」

 

 オラヴィさんに微笑まれてほわ……と頬が熱くなる。

 そ、そうか。

 私、あれでよかったのか。

 

「正式な依頼書がありますから、本日中に作って本宅にお届けいたしましょう。次の夜会に着けていきたいとのことですから」

「はい! ……あの、でも……」

「はい? どうされました?」

「ルビーとサファイア、タンザナイトは色も違いますし……一度に着けるのは難しいんじゃないんでしょうか? あのー……レーチェお姉様に『装飾品はドレスの色と合うように選ぶ』と教わったので……」

 

 と、私が困惑すると、オラヴィさんにクス、と笑われる。

 

「さすがに一度に着けていかれることはないと思います。もし必要なら指輪、イヤリング、ネックレスの三点セットで依頼が来ると思いますが――祝石ルーナで作るとなると大きさなども合わせなければならないので、今回はとにかく急ぎで”三日分”ということでしょうね」

「あ! そ、そういうことですね!」

 

 なるほど!

 夜会なんてそんな毎日行くものではない。

 祝石ルーナの装飾品は珍しいみたいだから、一つでも持っていると自慢になるだろう。

 

「ハンナ様はご高齢のジェリー様の代わりに公爵夫人として、社交界で情報収集などをなさっておいでですから祝石ルーナの装飾品を身に着けているだけで仕事がやりやすくなるのだと思います。ですから、急ぎで欲しておられたのでしょうね」

「そうだったのですね。じゃあ……」

「先に昼食をお取りください、リーディエ様。空腹で集中力を欠かれてはいけません」

「わかりました。いつもありがとうございます」

 

 確かに、ご飯を食べてからの方がいいわよね。

 この依頼書は昼一番でやろう!

 オラヴィさんのご飯、美味しいから楽しみ。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇

 

 

 

「ソラウ様~、本当にまだ帰らないんですか~?」

「これより先は『ローゼル渓谷』ですよ!? 迷ったらもう戻れませんよ!?」

「大丈夫~。お前たちは森の前に待ってて」

「ソラウ様!?」

 

 そこは五ヵ国の中心部。

 影樹を一本伐採後、そのまま大陸中心にあるローゼル渓谷へと進んだ。

 王宮魔法師団の一部隊を与えられていたけれど、ソラウは彼らをローゼル渓谷を囲う森の入口に置いてズンズンと迷うことなく進んでいく。

 

(聖女の血筋ねぇ……)

 

 光の季節冒頭。

 父と異母兄、甥が最近学園でロキア王子の横で幅を利かせているという女生徒の話を思い出す。

 王都は歴代聖女の作り上げた巨大祝石ルーナの結界で守られている。

 だが、国王の誕生日パーティーで――その結界の中心にある巨大祝石ルーナのある城のダンスホールに魔物が入り込んだという話。

 

(あり得ない! ましてプロティファ王城の結界祝石ルーナは、俺が浄化を行って万全の状態。スライムやビッグマウスくらいの小物なら排水溝から地下水路に入り込むけれど、強力な魔物であれば強力な魔物ほど結界に拒まれる。グリフィンなんてランクCの大型種。王都の中に入れるわけがない!)

 

 もしもグリフィンほどの大型の魔物を王都に入れるのなら、なにかしらの折りに入れ、魔物奴隷紋を入れなければ。

 つまり――父たちを襲ったグリフィンは魔物奴隷だった可能性が高い。

 奴隷であれば死んだ時に奴隷紋は消えてしまう。

 証拠隠滅は容易い、ということだ。

 ただ、凶暴化したグリフィンを[ジャッチメント]で瀕死にできると言話はさすがに信じ難い。

 基本的に聖魔法の攻撃魔法は威力がとても弱いので、アンデット系の魔物以外にはあまり効果が出ないのだ。

 ソラウの[ジャッチメント]でも、グリフィンを瀕死にさせるなど不可能。

 生粋の”聖女”でなければ――

 

(確かめるのには『聖女の里』の聖女に聞くのが手っ取り早い。強い光の神の気配。[迷いの霧]の魔法も聖魔法師の俺にはなんにも関係ない。リーディエのことも……)

 

 溜息を吐き、改めて前を見る。

 この深く、濃い霧の奥にある真実。

 口元が緩み、ワクワクとした好奇心がソラウを突き動かした。


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