第24話

「どうぞ?」



ベッドから降りるには松葉杖が必要だ。

千秋は奈穂達を確認することなく、そう答えた。


一浩の手が戸の伸びる。

奈穂はゴクリと唾を飲み込んで緊張をごまかし、珠美は豊の手を強く握りしめる。


そして一浩は戸を開けていた。

スライド式の戸は音もなくスムーズに開く。


ベッドの上で突然の来客に驚いていた千秋が、一浩の顔を見た瞬間表情をこわばらせた。

それから次々と入ってくるクラスメートたちに今度はとまどいの表情を浮かべる。



「みんな……来てくれたんだ」



千秋が無理をして笑っているのがわかって、奈穂の胸が痛くなった。



「ごめんな、俺の顔なんてきっと見たくないと思うけど」


「そ、そんなことないよ」



一浩の言葉を否定しながらも、その笑顔は軽くひきつった。

このメンバーに会うことが千秋にとってストレスになっていることはわかっている。


だから、目的は早く済ます必要があった。



「私達、千秋に謝らないといけないことがあって来たの」



奈穂が早口になって言う。



「謝る?」



千秋は一瞬一浩へ視線を向けて、それから首を傾げた。

一浩が謝罪するのはわかるけれど、他のメンバーが謝罪する理由がわからないと言った様子だ。



「その前に聞きたいことがある。千秋はあの日のことを覚えてるか?」


「あの日って、事故が遭った日のこと?」


「そうじゃなくて、教室に閉じ込められたときのことだ」



豊からの質問に千秋はますます首を傾げた。



「教室に閉じ込められたってなに? そんなことがあったの?」



興味深そうに豊を見つめている。

4人は互いに目を見交わせた。

千秋はあのときのことをなにも知らないみたいだ。



だからこの4人で来てもピンと来ていない様子なんだろう。



「あれは千秋の仕業じゃなかったってこと?」



珠美が怯えた様子で呟いた。



「私の仕業? なんのこと?」


「千秋、気にしないで。きっと、私達だけが経験した特別なことだったと思うの。その経験があったから、私達は今4人でここに来ているの」



これ以上混乱を招かないように奈穂が口をはさむ。

あの出来事は実際に起こった。


交通事故で意識を失っている千秋の心の悲鳴が、あの現象を起こさせたのかも知れない。



「このメンバーって珍しいよね。みんな、仲良かったっけ?」



千秋の問いかけに奈穂は黙り込む。

そろそろすべてを告白するべきだ。


奈穂は自分たちの身に起きた奇妙な出来事を、千秋に聞かせたのだった。



千秋は話が進めば進むほど驚いた表情を浮かべ、時折黙り込んで、時折怯えた表情を一浩へ向けた。

話を聞いている間、きっと色々な感情がせめぎ合っていたことだろう。



「最後は私の番だった」



奈穂がすべて知っていてなにもしなかったことを千秋に謝罪する。



「千秋のイジメは私達4人が深く関わっていたと思う。本当にごめんなさい」



頭を下げる奈穂に続いて他の3人も頭を下げた。

説明をしている間にも何度も謝ったが、それでも足りない気持ちだ。



「ナイフで首を刺した時、すごく痛かったし苦しかった。死ぬのかもって思って、怖くて仕方なかった。こんな気持を千秋はずっとしてたんだよね」



珠美が目に涙がにじませて言う。

千秋はなにも返事をしなかった。


イジメの発端となった人物たちがこうして頭を下げている様子を、どんな気持ちで見ているだろうか。



ただ自己満足だと怒られても仕方ないことをしていると思う。



「私が交通事故に遭った日、たしかに靴を隠された」


「俺が隠したんだ。本当にごめん」



一浩が誰よりも深く頭を下げる。

千秋はそんな一浩を少し冷めた目で見つめていた。


まだ、許すとは聞いていない。

いや、謝罪をしただけで許されるなんて思ってはいけないんだ。


そして千秋はポツポツと、交通事故があった日のことを話始めたのだった。


☆☆☆


その日は朝から憂鬱な気分で家を出た。

今日も2年B組の教室へ行けばきっとイジメを受ける。


それがわかっていながら学校へ向かうのは、どうしても気が重かった。

どうしてこんな気持で学校へ行かなければならないのか、その理不尽さを吐き出す場所もない。


重たい足をひきずるようにして学校へ向かう。

いつもは道の花壇にうえられている花々を見たり、空の様子を眺めたりしながら登校するけれど、イジメが始まってからは常にうつむいて歩くようになっていた。


千秋の視界に写っているのは灰色のアスファルトばかりだ。

色とりどりに輝いていたはずの毎日は、いつの間にか灰色に染まってしまった。


その原因も、直し方も千秋にはわからない。

このまま永遠に学校に到着しなければいいのにと願ってみても、その願いが聞き届けられたことはなかった。



学校の門が見えてきた瞬間千秋は大きくため息を吐き出した。

今日もこの牢獄のような建物の中で1日を過ごすことになる。


誰とも話さず、誰とも目を合わさず、まるで透明人間になったように振る舞わないといけない。

昇降口の前まで来るとストレスで心臓がドクドクと跳ね始めた。


それを押し殺して靴を履き替える。

以前上履きにラクガキされていたことがあるけれど、今回は大丈夫だったと胸をなでおろす。


買い直して新品同様となった上履きをはいて階段を上がる。

そんな千秋の横を沢山の生徒たちが追い越して行った。


千秋の足は依然として重たくて、階段を上がるのが一苦労だったのだ。

行きたくない。


教室に入りたくないと全身で拒絶している。

だけどそれができないのが問題だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る