第20話

「うん。夜中にみんなでここにいたよね?」


「やっぱり、あれは夢じゃなかったんだよな?」



一浩の言葉に奈穂は唸るような声を上げた。

夢じゃなかった……と、思う。


だけど断言はできない。

昨日の出来事はあまりに現実離れしているから、夢だと思った方がずっと現実的だった。



「この教室に4人で閉じ込められて出られなかった」



珠美が思い出したように身震いをした。



「そうだね。床を破ってみたらそこには暗闇が広がってた」


「そうだ。どこにも出口なんてなかった」



豊が同意する。

ここにいる全員が同じ夢を見ている。


寸分たがわぬ悪夢を。



「チョークがひとりでに動いて黒板に文字を書いて行ったの」


「時計の動きがすごく遅くて朝が来なかった」


「ナイフが俺の手に張り付いて離れなかったんだ」



「なぜかみんな制服姿だったな」



昨日の出来事をそれぞれが口に出して夢ではなかったと再確認していく。

みんなが記憶していたものは細部に渡って共通していて、あれが現実で起こったことだったと知らしめていく。



「それにこれ、見ろよ」



一浩がズボンの裾を指差した。

そこには汚れて穴が開いている。



「昨日床を剥がしたときに引っ掛けて破いたんだ。怪我は治ったけど、制服はそのままだった」



そういえば奈穂も制服だけは汚れていたと証言する。

他のふたりも同じ状況だったようだ。


この制服だけが、昨日の出来事を象徴しているみたいだった。



「じゃあ、昨日みんなが告白したことも全部事実ってことだよね?」



奈穂の問いかけに全員が黙り込んだ。



否定したくてもできない事実。

押し黙ってしまいそうになったとき、一浩が頷いた。



「そうだ。俺が千秋をイジメてたことはまぁ、全員が知ってたことだしな。お前たちはなにを告白したんだ?」



1番最初に現実世界へ戻った一浩はその後の出来事を知らないままだ。

3人は目を見交わせてそれぞれがなにを告白したのは一浩に話すことになった。


同じように恐怖を経験した一浩に黙っておくのはあまりにも卑怯だ。



「はぁ!? 千秋のカンニングは嘘だっただと!?」



豊からの告白で一浩が大きな声を上げる。

その顔は一瞬で真っ赤に染まった。


今にも豊に殴り掛かりそうだったので、奈穂は咄嗟に間に割って入っていた。



「落ち着いて一浩。それにも理由があったの」


「理由ってなんだよ! そんな嘘つくのに理由なんてあるかよ!」



豊のことを信じ切っていた一浩にとってはこれが一番衝撃的な告白になるかもしれない。



「一浩だって事実確認もせずに千秋をイジメたんでしょう!? それなら、豊だけを責められないよ!?」



奈穂が必死に言うとようやく落ち着いて話を聞く体制になった。



「ごめん一浩。俺、どうしても千秋のことが怖かったんだ」



そして豊は自分が香水を万引したことも告白した。

すべてを聞き終えて一浩は脱力して椅子に座り込んでしまった。



「なんだよそれ、万引ってよぉ……」


「そ、それは、私のせい、だからっ」



珠美が引きつけを起こしてしまいそうな状態で語りだす。

豊から告白されて舞い上がってしまったこと。


豊の気持ちを試すために無茶なお願いをしたこと。

その結果、千秋イジメにつながってしまったこと。



「なんだよそれ、そんなことで俺はあそこまでしたのかよ」



一浩は自分の両手を見つめる。

自分が千秋へしてきてしまった数々のイジメを思い返しているのかもしれない。



「だけどそうだな。俺だって豊の言葉を鵜呑みにする前に事実確認をすればよかったんだ。そうすれば、千秋がカンニングなんてしてないって、わかったのに……」



一浩は見つめていた両手で頭を抱える。

どれだけ後悔しても過去を変えることはできない。



やってしまったことを、なかったことにはできない。

その罪の重さが一浩の胸にのしかかってきていた。



「私は……」



奈穂が静かに口を開いた。



「本当は見てたの、全部」



豊が万引をしたことも、一浩が最初のイジメをはじめた瞬間も。

そして豊が珠美を好きなことにも感づいていた。


この中のひとつでもなにか違う行動を起こしていれば、千秋が交通事故に遭うこともなかったかもしれないのだ。



「なんだ、結局見られてたのか」



豊が重たいため息と共に呟いた。



「うん。だけど私には千秋みたいな勇気がなかった。だから、見なかったフリをしたの」



見て見ぬ振りをするのは一番たちが悪い。

誰かがそう言っていたことを思い出して奈穂はうつむいた。


自分はこの4人の中で最も安全圏にいて、そして卑怯な存在だと感じた。

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