第16話
キッと鋭い視線が飛んでくる。
「偶然? 本当にそう思う?」
奈穂は答えられない。
それほど恋愛の興味のない奈穂には、恋人ができない、思いが通じない辛さがわからない。
そんなことを言えばきっと珠美は逆上してしまうだろう。
モテているから言えることだと責められるかもしれない。
だから、言えない。
「私は私のことを一番よく理解してる。私はブスでスタイルも悪くて、だから選ばれないの!」
「珠美……!」
否定したいけれどできなかった。
珠美になにを言われるかわからなくて、怖くて。
「そんな私のことを豊を好きだって言ってくれた。少しくらい試してみたっていいじゃない!?」
奈穂はもうなにも言えなかった。
なにかを言っても珠美にはきっと聞こえない。
ただ、珠美がつらい経験をしてきて、それが心の中にヘドロのように蓄積していたのであろうということは、理解できた。
「だから許してよ千秋! あんたにだってどうせ私の気持ちはわからないんだから!」
誰もいない空間へそう叫んだときだった。
教卓の上のナイフがカタカタと揺れた。
珠美がハッと息を飲んでそちらへ視線を向ける。
その目は怯えて揺れていた。
「いや……それだけは嫌!」
ナイフが珠美へ飛びかかってくる前に珠美は教室後方へ逃げていた。
机の下に身を隠す。
ナイフはそれに釣られるようにして珠美の元へ飛んでいった。
ビュンッと風音がする速さであっという間に珠美に追いついた。
「いやぁ!!」
珠美はナイフを振り払おうとがむしゃらに両手を振り回した。
その右手にナイフがベッタリと張り付いてしまう。
「嫌、嫌だってば!」
机の下から出てきた珠美が泣きじゃくって暴れる。
机にぶつかってあちこちになぎ倒しながらナイフを手から離そうと必死だ。
それでもナイフは珠美の右手から離れることはなかった。
「珠美……」
奈穂はどうにか珠美を落ち着かせたいが、ナイフを持って暴れているので近づくこともできない。
「どうして私が悪いの? イジメてたのは一浩じゃんそのキッカケを作って嘘をついたのは豊じゃん! 悪いのは私じゃない!」
悲痛な叫び声を上げた次の瞬間、珠美は自分の首にナイフを刺していた。
その場で動きを止めて棒立ちになる。
目だけが奈穂を見ていた。
「奈……穂」
枯れた声で珠美が呼ぶ。
奈穂は今すぐ視線を外してしまいたいのをどうにか堪えて、珠美へ近づいた。
珠美の体は指先がすでに灰に代わって消えていた。
「次は……奈穂の……番」
珠美はそう言い残すと、パッと灰を残して消えてしまったのだった。
最後の1人
奈穂はその場に座り込んで動くことができなかった。
ひらりひらりと、珠美の残骸となった灰が目の前にゆらめいている。
それはゆっくりと床に落ちて、動くのを止めた。
ついに残り1人になってしまった。
どうして自分がここにいるのか、考えていたけれどずっとわからなかった。
「……私はなにもしてない」
声に出してみるとどこか違和感があった。
一浩も豊も珠美も、なにかしらの形で千秋のイジメに加担していた。
本人にその気がなくてもだ。
それならきっと、自分も同類なんだろう。
千秋から見れば奈穂だって他の3人と同じだった。
だから今、ここにいるんだ。
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とても静かな教室内にカッカッと音が聞こえてきて奈穂は黒板へと視線を向けた。
『中武珠美は外へ出た』
いつもならその報告の後チョークは落下する。
だけど今回はまだ空中に浮いたままだった。
『私はちゃんと聞いてる。だからすべてを話して』
今思えば少し丸っこくて癖のあるこの文字は何度か見たことのあるものだった。
千秋の文字。
奈穂はここまで来てようやくそのことに気がついた。
でも、それに気がついたところで今更どうこうなるものじゃなかった。
奈穂はゆっくりと立ち上がると、ナイフを握りしめて自分の席へ向かった。
どうせここで自殺をすることになる。
それなら最初からナイフを握りしめておけばいい。
ナイフに追いかけられるなんて無駄な恐怖を味わう必要なんてない。
そして椅子に座り、教卓へ視線を向けた。
まるでそこに千秋がいるように目を細め、そして「ごめんね」と、小さな声で呟いた。
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