第15話

ふと珠美の脳裏に豊を試してみたいと思う感情が芽生えた。

自分を好きだと言っているこの人は、自分のためにどこまでしてくれるだろう。


それは珠美が好きで見ていた映画の内容でもあった。

好きな女性が誘拐されて、果敢にも助け出す男性。


内容はミステリー寄りだったけれど今ならそれが再現できるんじゃないかと考えたのだ。

だけど都合よく自分がピンチに陥ることは難しい。


だから……。



「私、どうしても欲しいものがあるの」



探るように豊へそう言ったのだ。



「欲しい物?」



豊は首を傾げつつも、珠美の言葉に耳を傾けている。



「そう、この香水なんだけど」



スマホ画面で高級な香水の写真を表示させて、豊へ見せた。

本当に欲しいと思っているものではなくて、単純に瓶が可愛くて写真に収めただけのものだった。



これを待受にしていたのだ。



「これってブランドものの香水だよな?」



豊が香水について知っていたことには驚いた。



「よく知ってるね?」


「母親が好きなブランドなんだ」



そういえば豊の家は裕福なのだと噂で聞いたことがあった。

母親はブランド物を好んで持つタイプなのかもしれない。




「私もこれが欲しいの。プレゼントしてくれない?」


「これって確か何万もするよな? 俺はまだ中学生だから……」


「やっぱり無理かな? じゃあ、付き合うのも辞めておこうかな」



ちょっとしたいたずら心だった。

自分のことを好きだと言ってくれる希少な男がどこまでしてくれるか、見たかっただけだ。


実際に香水がほしかったわけでもない。

香水を手に入れることができなかったとしても、努力したという証明がほしかった。



「いや、頑張ってみるよ」


「本当に?」



どうせ無理だと思っていた。

豊が言っていた通り中学生に購入できるような品物じゃない。


豊が試行錯誤している間に自分は答えを出すつもりだった。

それがまさか……。


数日後、珠美はまた豊に呼び出されて渡り廊下へ来ていた。

今日もそこは相変わらずひと気がない。



「これ、約束の香水」



そう言って差し出された香水の箱に珠美は固まってしまった。

受け取ることができずに、ジッと見つめる。



「どうかした?」


「ううん、なんでもない」



我に返って笑顔を浮かべて香水を手に取る。

それはラッピングもされていなければ、お店の袋にも入っていなかった。


だからこのときにおかしいと気がつくべきだったんだ。



だけど珠美は豊が自分のためにここまでしてくれたことに驚いて、気がつくことができなかった。

冷静になればおかしなところなんて沢山あったのに。



「ありがとう。私のために頑張ってくれたんだね」



なにをどう頑張ったのか、なんて考えなかった。

ただ豊の家は裕福だから両親に頼んだのかなとか、その程度のことしか思わなかった。


まさか香水を盗んでいたなんて。

それがキッカケになって千秋がイジメられていたなんて……珠美は知らなかった。


☆☆☆


すべてを吐き出した珠美は泣きじゃくっていた。

手の甲で何度涙をぬぐってもこぼれ落ちてくるそれは、机の上に水たまりを作っていた。



「まさか万引してきたなんて思わなかった。私はなにも知らなかったの!」



それは叫び声に近くて、どこかにいる千秋へ向けられている言葉だった。

奈穂は沈痛な表情でそれを見ている。


珠美はきっと悪気はなかったんだと思う。

けれど千秋から白羽の矢が立てられて、ここへ来てしまった。



「……どうして豊の気持ちを確かめるようなことしたの?」


「だ、だって……」



珠美は何度もしゃくりあげる。

その視界は涙で歪みっぱなしで、奈穂の顔もよく見えていなかった。



「私のこと好きって言ってもらえて、嬉しくて……」



それで、ちょっと試してみたくなった。

どれくらい好きなのか。

その気持が本物なのか。



今思えば滑稽だけれど、異性に告白された経験がなかった珠美には大きな出来事だったんだ。



「だからってそんな!」


「奈穂にはわからないよ!」



珠美の声に奈穂の声がかき消された。

珠美が奈穂を睨みつける。



「美人でスタイルもよくて、男子からも女子からも人気があって。そんな奈穂にわかるわけがない!」


「そんな……」



珠美の勢いに圧倒されて後ずさりをする。

珠美がそんな風に思っていたなんてショックだった。


珠美とはいい友達になれたと思っていたから。

だけど珠美の中ではそんな劣等感が育っていたんだろうか。


そう思うと胸が痛む。



「私は昔から好きになっても成就してこなかった。好きになった人には必ず別に好きな人がいた。その相手は決まって奈穂みたいに見た目のいい人気者で……」


「そ、そんなのただの偶然じゃない?」

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